マッチングアプリにリモート飲み会、ユーチューバーなど、現代的なモチーフをふんだんにちりばめた小説の短編集、『#真相をお話しします』が話題を集めている。
モチーフの新しさに加え、読者をあっと驚かせる大どんでん返しが仕掛けられた5つの作品は、いかにして生み出されたのか。ミステリー界にニューノーマルをもたらした気鋭、結城真一郎氏に創作の背景を聞いた。
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――新刊『#真相をお話しします』が発売から1ヵ月ほどで累計11万部に到達するなど、大変な反響を呼んでいます。
結城 所収の5作品のうち、最初に描いた「惨者面談」は2019年に執筆した作品ですが、当時から「いつか短編集にまとめられたらいいな」というイメージを持っていたので、結果としてたくさんの方に読んでいただけてうれしいです。
――目を引くのは、やはりマッチングアプリやユーチューバーといった、極めて現代的な題材を取り入れている点です。これにはどのような狙いが?
結城 ミステリーというのは長い歴史を持つジャンルなので、たいていのトリックやテーマはすでに出尽くしています。では、自分はどのようなフィールドであれば戦えるのかと考えを巡らせてみると、現代にしか存在しない題材を持ち出すしかなかったんです。
Zoomやマッチングアプリを題材にしたミステリーなんて、江戸川乱歩やエラリー・クイーンには書きようがないですからね(笑)。
――現代の作家が先人に対抗する、唯一の手段であったと。
結城 あとは、そうした題材を用いながら、そこで生じるユーザーの心理や行動原理のようなものを織り交ぜていけば、おのずと今しか書けない作品になるはずだと考えていました。
――しかし逆に、こうして現代的な題材を用いることで、作品が早く古びてしまうのではないかという懸念はありませんか。
結城 そこは最初から割り切っていました。作品が古びたら古びたでそれはやむをえないことであり、それよりも今せっかく同じ時代を生きている読者の皆さんを、最大限に楽しませる方向に振り切ってもいいのではないかと。
――また、題材だけでなく、いずれの作品も冒頭からラストまで、読み手を一切飽きさせない構成が印象的です。
結城 そこは意識していた点のひとつです。というのも、今回の短編集は普段本を読まない人も含め、できる限り多くの人に手に取ってほしいという思いが強く、そのためには冒頭で読者をいかに引き込むかが鍵だと考えていたからです。
淡々と時系列を追うような展開ではダメで、音楽でいえばいきなりサビから始まるようなインパクトを心がけながら、さらに毎ページ何かが起こりそうな雰囲気を保つよう工夫したつもりです。
――その、「普段本を読まない人に届けたい」という思いを持たれたのはなぜでしょう?
結城 若い世代の活字離れが喧伝(けんでん)されるようになって久しく、「大学生の半数が年に一冊も本を読んでいない」といったトピックをよく見かけます。しかし、僕自身が学生時代から東野圭吾さんや宮部みゆきさん、伊坂幸太郎さんなどの作品を楽しんできた人間なので、こういうコンテンツに触れる機会がないのはもったいないと常々感じていました。
日頃は僕も暇さえあればユーチューブばかり見ているので、本が動画より優れているなどと言うつもりはありません。ただ、せめて一度だけでも読書にチャレンジしてもらう、端緒が作れればと考えたんです。
――出版業界からすると、結城さんの登場は救世主ですね。
結城 そうでしょうか(笑)。でも、何冊か読んでみた結果として、「やっぱり動画のほうがいいや」となるなら、それはそれで別にいいと思いますし、小説でユーチューブを打倒できるとは考えていません。しかしせめて、可処分時間をさまざまな娯楽に割り振るなかで、読書という選択肢も悪くないんだということを、ひとりでも多くの人に知ってほしいですね。
――その意味では、ここまでの反響を見ると、その目的は順調に達成されているといえます。
結城 ネットに上がっている感想を見ていると、ミステリーファン以外の方にも届いている印象はあります。これまでに発表した3作と比べ、だいぶ裾野は広がったと思います。でも、今回の一冊だけで多くの人が読書の楽しさに目覚めるなんてことはありえないでしょう。
まずはひとつ、頑張って小さな風穴をあけて、その穴をほかの作家の皆さんと一緒に広げていく作業が必要だと思っています。
――反響の声を拾ってみると、どんでん返しが連続する点に、とりわけ多くの読者が喝采(かっさい)を送っています。こうした仕掛けには何か特別なこだわりが?
結城 純粋に自分が面白いと感じ、なおかつ読んだ人が面白がってくれそうなことを突き詰めていったら、結果的に5つともそういう作品になったということですね。仕掛ける側として、「びっくりさせてやろう」というイタズラ心のようなものは常に忘れないようにしています。
――今回、プロモーション戦略の一環として、所収作のひとつである「#拡散希望」が刊行前にウェブ公開されました。
結城 この作品を先に無料公開したことで、本の発売前からSNSなどで多くの方に感想を上げていただきました。単純に、こういう手法を採ると多くの人の目に届けられるのだなと実感しましたし、何よりも驚いたのは、これを読んだ韓国の出版社から、翻訳のオファーがあったことです。
東野圭吾さんのような大家ならともかく、まだまだ無名の自分の作品にこういう反応があることに、あらためてウェブの拡散力のようなものを感じています。
――次回作以降もこうした現代的な題材を積極的に取り入れていかれますか?
結城 いえ、毎回同じようなものばかり書いていると思われたくないので、できるだけいろんな手法に手広く向き合っていきたいですね。もしかすると、10年後くらいにまたそのときの題材で同様のミステリーをやっても面白いかもしれませんが、基本的には次に何が出てくるかわからない作家だと読者に思わせる存在でありたいです。
その上でいつか、東野さんや伊坂さんのように、「普段あまり本を読まないけど、結城真一郎の作品はいくつか読んだことがある」と言ってもらえるような存在になれれば理想的です。
●結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)
1991年生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒業。2018年、『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し、2019年に同作でデビュー。2020年に『プロジェクト・インソムニア』を刊行。同年、『小説新潮』掲載の短編小説「惨者面談」がアンソロジー『本格王2020』(講談社)に収録される。2021年には「#拡散希望」(『小説新潮』掲載)で第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。同年、3冊目の長編作品である『救国ゲーム』を刊行し、第22回本格ミステリ大賞の候補作に選出される
■『#真相をお話しします』
新潮社 1705円(税込)
家庭教師の派遣サービスを行なう大学生。営業で訪れた家で異変に気がついて......(「惨者面談」)。子供が4人しかいない島で、僕らは「ゆーちゅーばー」になることにした。ある事件を境に島の人々はよそよそしくなり......(「#拡散希望」)など5篇を収録。ユーチューバーやマッチングアプリ、リモート飲みなどの現代的なテーマを取り込み、発売わずか4日で重版が決まるなど、今注目を集めるミステリー界の新星による話題作