ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

午後2時半、京王井の頭線の永福町駅で1時間ほどの空き時間ができた。遅い昼メシを食べたいが、時間的に空いている店は多くなさそうだ。まぁ、とにかくうろついてみて、どうしても見つからなければそこらで弁当でも買って、駅に隣接したショッピング施設「リトナード永福町」の屋上「ふくにわ」で食べればいいか。などと考える。あそこ、なんだかのんびりした空間で好きなんだよな。

ところで永福町といえば、僕にとっては、駅から歩いて15分ほどの「和田堀公園」内にある釣り堀「武蔵野園」へ行くときにしかほぼ用事のない街だ。武蔵野園は釣り堀であるものの、併設の食堂の充実っぷり、そして水上に浮かぶビニールシート張りのテラスというシチュエーションの天国っぷりが奇跡的な店。なので、そこで釣りをしたことはなく、ただ飲みに行くだけなんだけど。

ゆえに、公園のある北口側にしか降りたことがない。が、そういえば改札を降りるとすぐに、南口側にものすごく味わい深い雀荘の看板が見えて、あの一帯が気になっていたんだよな。よし、今日はあえて南口に降りてみよう。

と、駅南口側に出ると、北口とは対照的にかなり寂しい街並みで、特に飲食店はほとんど見当たらない。ただ、例の雀荘「麻雀 朋(なかま)」の入った建物はやはり渋く、そしてその1階は「萬福飯店」という中華屋になっていて、しかも営業中の札が出ている。これはもう、一択だな。

「中国料理 満福飯店」 「中国料理 満福飯店」
外観の雰囲気からして、ラーメンやチャーハンに加えてカレーライスなども出しているような、いわゆる"町中華"系の店かと思って入ったら、どうもちょっと違うようだ。小さな店だが、例のあの、なんていうんだろうか、本格中華料理店にある、くるくる回るテーブルの席が2卓あったりして、メニューにも、数えきれないほどの聞いたことのないような中華料理名が並び、かなり本格的な店のよう。なかには、「宮保田鶏」(1900円)なんてメニューもあり、なんとこれは「カエルの辛味炒め」だそう。完全にうっかりとだが、なんだかすごい店に入ってしまったようだ。

天井ではファンが回る 天井ではファンが回る
とはいえ、女将さんと思われる接客担当の女性はものすごく気さくだし、もちろん手頃なメニューもある。ホワイトボードに親しみやすい文字で書かれたこの日の日替わり定食は3種類で、ラインナップは以下。

・炒青菜 チンゲン菜炒め
・麻婆茄子 マーボーナス
・肉片豆腐 豚肉とトーフの塩味煮

どれも税込み1045円だ。なかでも、肉豆腐に目がない僕のこと。「肉片豆腐」にあらがいがたい魅力を感じてしまうのは、ごく自然なことだろう。まず「豚肉」がいちばん好きな肉だし、豆腐を「トーフ」と書くなんともいえないうまそうさ、さらに「塩味煮」のシンプルさ、どれをとってもいい。というわけで、今日のランチは初めて聞いた料理「肉片豆腐」の定食に決まり!

合わせて瓶ビールを頼むと、「定食のつけあわせを先にお出ししますね」と女将さん。なんて酒飲みの気持ちをわかってくれる人なんだろうか。んでまた、厚みがありジューシーなザーサイ、ピーマンやにんじんなどの野菜となめたけをあえたような小鉢、どちらもものすごく美味しくて、この店がただものじゃないことがいきなり伝わってくる。

目の前には井の頭線永福町駅のホーム 目の前には井の頭線永福町駅のホーム ピーマンの苦味となめたけのまろやかさが最高に合う  ピーマンの苦味となめたけのまろやかさが最高に合う

それからほどなくして、メインの肉片豆腐も運ばれてきた。「ごはんはおかわり自由ですから」と女将さん。あぁ、もう、女将さんのひと言ひと言に、いちいち嬉しくなっちゃうな。

「肉片豆腐」定食 「肉片豆腐」定食
さてさて、生まれて初めて対峙する肉片豆腐なる料理。これがまぁ、なんというかこう、まず見た目からして、僕の好みにドストライクすぎる! ざっくりと大きめに切られたたっぷりの絹豆腐に、豚肉、白菜。それらを、シンプルな中華風のとろみ餡が包み込んでいる。

間違いないにもほどがある 間違いないにもほどがある
スプーンで豆腐をすくい、ぱくり。うおー! その清楚な見た目に反してこれは、ものすごく旨味がガツンとくるな! バカ舌なのでたとえが間違っている気がすることは承知の上で、中華風のおこげってあるでしょう? ああいう感じの、なんというか、たまらない香ばしさをも感じるような。

すかさず白メシをはふっといくと、これがまたふわふわで甘く、そのコンビネーションたるや、まるで『キャプテン翼』の翼くんと岬くんだ!(未読なのでただのイメージ)

豚肉には片栗粉をまとわせてあるのかトゥルンとした口当たりで、そのぷりぷりむちむちとした食感にうっとり。白菜の甘味と、シャキシャキ感を絶妙に残した炒め加減にもおそれいる。

あぁ、こんなにも僕好みの料理よ。存在してくれてありがとう。と、この世に僕を産み落としてくれた両親に対する感謝にも近い想いを抱きつつ、肉片豆腐、白メシ、ビールのループを夢中で堪能する。

気づけば、味変が大好きで、ふだんならば卓上の調味料をあれこれ足して料理を食べがちな僕が、もうほとんど皿の上のものを食べつくしてしまっていた。が、残りわずかなごはんと、豚肉、豆腐に加え、大皿の上にはたっぷりの"うまいとろみ汁"が残っている。もちろん、一滴たりとも残すわけにはいかないお宝。というわけで、それらを融合。

最後は汁かけメシ風に  最後は汁かけメシ風に
あぁ、うまいうまい、うまい! うま~い! もはや、うまい以外の語彙が出てこない。
お会計時に女将さんに聞くと、この肉片豆腐はレギュラーメニューではないものの、しばらくはお店で出す予定だそう。え~、やだ! メニューから消えたらショックすぎ! これはもう、とにかくまた食べにくるしかないな。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】