『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、「パンプキンスパイス」について語る。
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食欲の秋、到来! スーパーに行けばサンマ、マツタケ、ギンナンなどの秋の食材が目に留まり、レストランやデパ地下ではクリやサツマイモを使ったスイーツが目立ちます。日本には秋を代表する味覚がたくさんありますが、アメリカで秋の味覚といえば、ずばり「パンプキンスパイス」。
この時期になると、ラテやフレーバーティーをはじめ、スイーツや芳香剤まで、全米がパンプキンスパイスであふれ返ります。この約20年、驚愕(きょうがく)するほどアメリカの秋を支配しています。
パンプキンスパイスは、シナモン、ナツメグ、ショウガ、メース、クローブなどを組み合わせたミックススパイスの一種。カボチャの風味を引き立てるために使われ、サンクスギビング(感謝祭)の伝統的なデザート、パンプキンパイには欠かせないものです。
建国からおなじみのスパイスなのに、なぜ全米が急に取りつかれたのか。火つけ役は、2003年に登場したスターバックスの「パンプキン スパイス ラテ」でした。
スパイスを加えたパンプキンパイをモチーフにしたこの商品は、SNSマーケティングの台頭と重なり、すぐさま大ヒット。米スタバだけで累計6億杯ものラテを販売。データ分析機関ニールセンの調査では、関連商品を含むとパンプキンスパイスの経済効果は年間5億1000万ドルにもなるそうです。
マクドナルドやクリスピー・クリーム・ドーナツといったチェーン店はもちろん、今やタバスコやカップヌードル、オレオやスパムなど、便乗しなくていい商品も期間限定でパンプキンスパイス味を発売しています。
食品以外だとリップクリームや歯磨き粉、香りをつけたほうきやドッグフード、猫砂まで、まさに猫もしゃくしもパンプキンスパイス。遭遇した中で一番クレイジーだったのはパンプキンスパイス味の水。もう脳がバグりそうです。
なぜこんなに人気なのか。そもそもアメリカでは、秋が好きな人が多いのがひとつの理由かと思います。新学期が9月から始まることもあり、日本の4月に等しい「始まりの季節」特有のワクワク感が街中を漂い、ハロウィン→感謝祭→クリスマス/ハヌカ/クワンザなどのホリデーシーズンの到来をも知らせてくれる。
歴史的に見ると、中世からシナモンやショウガなどは冬季の食材の保存と体調管理のため重用されてきたので、欧米のホリデーシーズンにはやたらと出番が多い。私が育ったようなアメリカの寒い地域では、このスパイスの香りを嗅ぐと「外は寒いけど家の中はぬくぬく幸せ」現象を連想してホッとするし、一年中暖かい地域では、各ショップの「パンプキンスパイス始めました」で秋の訪れが感じられる。文化や宗教の多様性や広い国土のせいか、季節限定品が少ないアメリカだけど、パンプキンスパイスの定着は必然だったのかもしれません。
日本では去年、スタバのパンプキン スパイス ラテが突如15年ぶりに再発売されました。その数週間前、香川・直島にある日本を代表するパンプキン作品、草間彌生(やよい)氏の『南瓜』が台風の直撃で破損しましたが、今年のパンプキン スパイス ラテ発売期間中に復元。関連があるのか、偶然なのか。信じるか信じないかはあなた次第です。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。パンプキン スパイス ラテの復活と『南瓜』の復元の関連性を、当の本人は信じていない。公式Instagram【@sayaichikawa.official】