ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
高田馬場にある昔なじみの編集プロダクションに、午前中から打ち合わせに行く。某出版社の編集さん2人も交え、1時間ほど。話は驚くほどすんなりまとまり、また新しくおもしろい仕事が始まりそうで、とてもありがたいことだ。
打ち合わせ後、しばし編プロの編集さんと雑談。ちょうど昼どきだったので聞いてみた。「このあとメシでも食って帰ろうと思ってるんですけど、このへん、なんかいい店ありますか?」。すると編集さんが答える。「あ~......『長崎飯店』とか、絶対パリッコさん好きだと思いますよ」。
聞けば駅前にある老舗町中華で、長崎名物の「ちゃんぽん」と「皿うどん」が名物なのだとか。確かに、僕はここしばらく前から異常に「かた焼きそば」が好きになり、本場の味だというその皿うどん、絶対に食べてみたい。
さらにそこには「皿うどん合盛」というメニューもあり、なんと、揚げた細麺と揚げていない太麺のハーフ&ハーフなのだとか。そんなの、常にいろんな味を少しずつ食べたいと考えて生きている、意地汚い僕のためのメニューじゃないか! と、さっそく向かってみることに。
が、時刻は昼の12時をちょうど過ぎたあたりで、到着すると店内は満員。しかも、数人の待ち客までいる状態。今日はこのあと予定もあるし、出直しだな。まぁ、今後の楽しみがひとつ増えたということで。
けどじゃあ、今日のお昼はどこで食べようか。口はもう、パリパリの揚げ麺モードになってしまっている。地元へ帰ってリンガーハット? いや、味を知っている店じゃあ今日はちょっとつまらないしなぁ......。なんて歩いていると、道ばたのなんだか目立たない位置に、謎の看板を見つけた。
「麺爺の油そばをバリっバリに焼いてみました!」
そもそも「麺爺」がわからないのに、その「油そば」を「バリっバリに焼いて」みたと言われてもなぁ......き、気になる! さらにあたりを見回すと、どうやらその店は、東西線の高田馬場駅に続く地下道を入ったすぐの場所にあるらしい。「麺爺」は店名のようだ。こうして一度気になってしまったのも何かの縁だし、今日はここにしてみるか。
入店し、券売機の前でまずはメニューを検討。ボタンに「焼き油そば」とあって、それが正式名称らしい。「カレー」「煮干し」「激辛」などのバリエーションもあるが、初めてなのでここは「オリジナル」で。トッピングもいろいろあるけど、いきなりあまり突飛なものをプラスしてしまうのもなんだしな。「超おすすめ!」とある「卵黄」だけ、頼んでみるかな。
白壁を基調とした店内に、真新しい木製カウンターやテーブルが並び、どうやらかなり新しい店のようだ。カウンター内にある厨房に、ガタイよく、ちょっと強面なご主人。僕と同世代くらいだろうか。黙々と調理する姿がかっこいい。それから、女性の店員さんがひとり。そちらに食券を渡すと、すぐにジョッキまでキンキンに冷えた生ビールが運ばれていた。ポン酢風のドレッシングがかかった、ねぎもやしのおつまみサービスが心憎い。
まぁ、朝から大した作業はなにひとつしていないけれど、とにかく新しい仕事に乾杯だ! 冷たさでくちびるがひっつきそうなジョッキをぐいっと傾け、食道から胃袋へ向かって、つめた~い生ビールを流しこむ。......っふぅ~!
続き、かなりのスピード感で焼き油そばが届く。これがなんとも独特な見た目で、一見、丸く焼き固められた中華太麺の塊でしかない。具とか......入ってるよな......?
目の前にある食べかたを説明した貼り紙には、「一、へらでバリバリと割る」「二、麺下の具と混ぜる」「三、まずはそのまま豪快に」「四、味変を楽しむ」「おすすめ味変 花椒粉→胡麻油→食べラー→米酢」とあるので、そのとおりに食べすすめてみることにしよう。
バリバリバリと麺を割り、ゆっくり上下を返してゆくと、麺のフタによって閉じこめられていた香りたちが、湯気とともにぶわっと立ち上る。濃厚な醤油ベースのタレの香り、ちゃんとたっぷり入っていた具材であるチャーシューと玉ねぎの香り、蒸された中華麺の香り。
たまらず、よく焼けた部分の麺を引き上げ、わしわし......おぉ~、これは、うまい! 事前に味を想像できていなかったぶん、それをはるかに超えてきた。パリッと香ばしい麺は今日の気分にぴったりだし、太めでもちもちとした、焼けていない部分の麺もすごくいい。というか、あれ? 期せずして今、長崎飯店でありつけなかった「合盛」と同様、ふたつの味わいの麺の、いいとこ取りを楽しめちゃってるじゃないの。
甘めで脂多めのコロコロチャーシューが、麺に絡んで口のなかへ吸いこまれてはじゅわっと消える感覚が、何度味わっても楽しい。絶妙な火の通り具合の玉ねぎも、この布陣に加わる野菜としてベストと思える働きをしている。それにしても、なんてビールに合う料理なんだろうか。
思わずぐいぐい箸がすすんでしまうが、そうそう、味変もきっちり楽しんでおかなければ。まずはえ~と、あ、花椒粉か。どれどれ......お、ぐっと本格中華味。かつ、爽快な痺れが加わって印象が変わるな。食べかたのおすすめには書いてなかったけど、卓上にはある「和山椒」も、こっちはこっちでいい。
続いてごま油。まぁ、これは間違いない。お次はラー油。卓上の「自家製食べる辣油」と書かれた壺を開けると、ざっくざくの揚げにんにくのインパクトがすごい。こんなの絶対うまいに決まってるじゃん。どさどさどさとかけ、全体を混ぜてズルズル~......いやぁ、なんて楽しい料理なんだろう、焼き油そば。
しかしながら当然、調味料を加えれば加えるほどに、味は濃くなってゆく。そもそも、もとがガツンとくる味の料理なので、もうあまり若くない僕としては、後半にかけて、だんだん舌が疲れてくるような感覚も出てきた。まぁ、思いっきり味変をしまくってる自分のせいなんだけど。隣の常連らしき女性は、トッピングに「白湯スープ」を頼んでいた。なるほど、このへんで優しいとろみのあるスープ投入という手もあるのか。
だがしかし! 僕だって手ぶらなわけじゃない。そう、卵黄だ。最後はこいつで全体をまろやかにコーティングし、食らいつくしてやろうじゃないか!
と、またまた味わいの変わった焼き油そばをぞんぶんに堪能し、さらに最後の味変、米酢でさっぱりと食べ終えて大満足。
ところでこの連載は、その週に食べた食事のなかでも、特にそのときの体調や気分にバシッとハマったメシを記録することがテーマ。ゆえに、事前に店候補を選び、あらかじめ取材依頼をして、というような工程を踏めるはずもない。
そこでお会計のタイミングでご主人に聞いてみる。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。こちらのお店の感想、WEBの記事に載せたりしても大丈夫でしょうか? もちろん、変なことは書かないので......」
すると、調理中は常に手もとから目を離さず、寡黙な仕事ぶりだったご主人の目がカッ! と開き、僕の目をまっすぐに見る。
しまった......この質問、地雷だったか......。もしかして、飲食店の店主でたま~にいる、レビューサイトやSNSにトラウマのあるパターン......?
「い、いえ、もし大丈夫ならというだけで......」と言いかける。するとご主人は、そのまま僕の目を見据えながら、ゆっくり、そしてはっきりとこう言った。
「感じたままを......お書きください」
そして、にこりと笑顔になる。わはは! な~んだ。ドキドキした。というかもうだめ。僕、この人、大好きなんですけど!
帰り際、次回「ウニクリーム」の無料トッピング券までもらってしまったことだし、また早めに、高田馬場に用事ができないかな~。