ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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午前11時半、雨のひばりヶ丘。早めの昼メシを食べようと街を徘徊していて、「ニューコタン」の前を通りかかった。
自分の住む西武池袋線の石神井公園からわずか4駅。数年前に大規模な再開発はあったものの、それでもまだまだ古い個人店が多く残っていることもあり、この街に来る機会はわりと多い。そのたび、ほんのりと気になっていたのがニューコタンだった。
のれんも営業中の札も出ていないし、店内の照明も暗め。あまりこう、「はりきってお客さんを迎えよう!」というような勢いは感じられない。というか失礼ながら、デザインなどの専門用語で言うところの「彩度」が、全体的に低い。
だけど、そこが完全に僕好みだ。なにより、もとは真っ赤だったのが色あせてしまったと思われる看板の、各文字のフォントのレトロ感、そして「New コタン」という店名。どんな老舗も、開店当初は必ず"ニュー"だったのだ。見た瞬間に、ノスタルジーまじりのいろんな感情がぶわーっと押し寄せ、胸をしめつけられる。
時間的にもタイミングもちょうどいいし、今日初めて、入ってみよう。ニューコタンに。
外観の印象にたがわず、どこか"殺伐"といった空気感すらある広々とした店内。大きなコの字カウンターを中心に、テーブル席も多数、余裕を持ってゆったりと配置されている。町中華といえど都心部とはまた違う、西東京ならではの作りと言えるかもしれない。
カウンターのなかは広い厨房になっている。大きな中華鍋3つを中心に、システマティックに調理器具が並び、どこも手入れが行き届いている。そこに、スポーティーなTシャツにキャップ姿の、寡黙なご主人がひとり。その様は、まるで宇宙船のコックピットに佇む船長だ。
手もとのメニュー表に目をやると、麺類だけでかなり種類が豊富。かなり迷うけど、気になるのはやっぱり「ニューコタンラーメン」かな。
続いて、裏面も確認。すると、麺類もすごかったがこっちはもっとすごい。定食、一品、どんぶり、カレー、それから酒類がかなり豊富なことも嬉しい誤算で、町中華で出会えるのはわりと珍しい、ホッピーがあるじゃない!
さらにどうしても気になるのが「もつ煮込み」「ホルモン焼き」「ナンコツ」「ノドモト」「ナンコツノドモトセット」などの、ホルモン系メニューの充実っぷり。なぜなんだろう。飲み客の増大に連れ、つまみが増えていったパターンかな。
もう完全に「一杯やっちゃおう」スイッチが入ってしまった。となるとつまみは、やっぱりナンコツノドモトセットが良さそうだよな~。けど、店内の貼り紙で推されている、ホルモン焼きも気になる。それから、初めての中華屋なので、やっぱりラーメンもちょっとでいいから食べてみたいんだよな。その欲は100円の「スープ」で満たす? う~んう~ん......とうなっていたら、ついにベストと思われる選択肢が見えてきた。
「ホルモン焼き定食」。わずか800円で、ライスとお新香、そしてそして、「味噌汁または半ラーメン」がついてくる! ここでみそ汁を選ぶ人なんてもう、超越者でしょ。僕はまだまだその域には達していない。とにかくこれで、ホルモン焼きとラーメン+αを確保できたわけだ。それに加えてナンコツノドモトセットを。とも思ったけど、さすがに過剰かもしれない。ここはどちらかひとつで様子を見よう。ナンコツが500円で、ノドモトが350円。うん、ノドモト。それと「ホッピーセット(白)」をお願いします!
ふぅ~、午前中から頭をフル回転させた(メニュー選びでだけど)あとに飲むホッピー最高! またここ、ナカがかなり濃いめで、ホッピーが約3分の1くらいの量しかグラスに入らなかった。これは「ソトイチナカサン」コースもやむを得ずか......。
続いてホルモン焼き定食の、半ラーメン以外が到着。きゅうりのぬか漬けの、大きさに見合わぬ皿のサイズがなんだかいい。
ホルモン焼きは豚もつと玉ねぎを炒めた、ぱっと見ごくシンプルな一品。そんなふうに、何気なく、若干油断しつつひと口、口へ運んでみて、正直、ものすごくびっくりしてしまった。
素直に、めっっっちゃくちゃうまい! なにこれ! もつはふわんふわんでくさみなく、しゃきしゃき感を絶妙に残した玉ねぎの炒め加減もいい。それらが、あらかじめ漬け込んであるのだろうか? 醤油の味や、みその雰囲気や、焼肉のたれっぽさもあるような......なんかもう、謎にうまいとしかいいようのないたれによってコーティングされている。お世辞抜きで、僕がこれまでに食べてきた豚もつの料理でいちばんうまいんじゃないだろうか? まぁ、僕の記憶力はあてにならず、常にいちばんが更新されていってしまうんだけど。
とにかくひと口食べて驚き、自然と続けて口へと運んだのは、ホッピーじゃなくて白メシだった。その相性の良さといったら! これはもう、まごうことなき超一流絶品料理だ。全体的にそっけない空気感で油断させておいて、すごいな、ニューコタン。これがツンデレというやつか。
ラーメンは正統派の東京醤油という感じで、とてもシンプルな味わいだったけど、それもまたいい。
ノドモトは、豚の喉近くのナンコツ肉のよう。カリカリの食感と、肉っぽい部分の旨味、ご主人が仕上げに慎重~にかけていたきめ細かい塩が、それらを引き立ててうまい。沖縄の雪塩とか、そういうこだわりの塩っぽい感じ。
ホッピーのナカをやっぱり2回おかわりしつつ、幸せな昼前飲みをぞんぶんに堪能。最後はもちろん、ホルモン焼きのあのうまいたれを一滴も残さぬよう、白メシの上へ。卓上のおろしにんにくも、ここでいっちゃえ。
ニューコタンで勝手に作った「ホルモン&ノドモト丼」。言うまでもなくそれは、幸せでしかない味だった。
それにしてもあのホルモンのうまさ、あ~びっくりした。
帰り際にあらためて看板を見てみると、いちばん下に小さく「肉の卸問屋栃木屋直営」と書いてあった。
一見どこにでもありそうな町中華でありながら、ホルモン系の料理が妙に充実しててうまい理由、そういうことだったのか。