「小説とYouTubeをかけ合わせ、本の中の虚構世界を拡張。現実をアトラクションに変え、より不気味な体験を提供する」と語る雨穴氏「小説とYouTubeをかけ合わせ、本の中の虚構世界を拡張。現実をアトラクションに変え、より不気味な体験を提供する」と語る雨穴氏

「出版界のバンクシー」「ネット界の江戸川乱歩」......。そんな称され方で注目されているのは、チャンネル登録者数73.7万人の覆面YouTuberで作家の雨穴(うけつ)氏。

今年10月に発売された初の長編ミステリー小説『変な絵』は、Amazon、楽天ブックスで総合ランキング1位を獲得し、発売1ヵ月半で32万部の売り上げを記録。小説に挿入された複数の「絵」を通して謎を解いていく「スケッチ・ミステリー」という新たな手法で、これまでにない不気味な読書体験を提供する雨穴氏の創作と素顔に迫る!

■本当に怖い絵は「怖がらせる絵」ではない

――タイトルを見て、「世の中の変わった絵画を紹介する本?」と思いましたが、全然違いました。ストーリーの鍵となるオリジナルの9枚の絵が小説内に挿入されていて、それを描いた登場人物、描かれた経緯などを探っていくことで衝撃の真実にたどり着くという斬新なスタイルのホラー小説でした。

雨穴 私はウェブライターでもあるので、ネット記事のように、文章と写真の両方を効果的に活用する手法が得意なのかもしれません。

例えば、私がライターデビューしたギャグ系ウェブメディア『オモコロ』では、真面目な文章でフリをつくり、くだらない写真でオチをつくるという手法がよく使われますが、本作では、それをホラー小説、ミステリー小説という領域に応用できたと思っています。

――絵があるからこそ可能な謎解きの仕掛けも満載。真実がわかったときのゾッとする感覚も強烈でした。絵もご自身で描いているとのこと。

雨穴 私の中の「怖い絵」の定義は、ドロッとした血や、ギョロッとした目ではないんです。それは「怖がらせようとしている絵」だと思っていて。本人はただ描きたい絵を描いただけなのに、他人が見ると怖い......それが、私にとって本当に怖い絵。

そんな怖さを表現することを意識しています。漫画だと、袈裟丸(けさまる)周造さんの『廃屋の住人』などの怖さに影響を受けていると思います。

――ひとつひとつの章が短編として成立していながら、最後に3つの章が絡み合い大きなストーリーになりました。そういった構造や伏線は、どのように考えているのですか? 

雨穴 最初から全体構想があるわけではなく、書き進めながら考えています。なので、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。前作の『変な家』(飛鳥新社)は風呂敷を畳むのに苦労してしまったりもしたのですが、今回はかなりきれいにまとめられて、自分の中では100点に近いと感じています。

――その完成度は1ヵ月半で32万部突破という勢いにも表れています。ホラー小説としては異例の売り上げ、そして幅広い層からの支持。どうでしょう?

雨穴 本作は純粋なホラーというよりは、謎解き要素やちょっと笑える要素もあり、「ホラー風味のいろんなものが混ざったエンタメ」。だからホラーファンだけでなく、子供や10代から30代の若者、主婦も含め老若男女問わず楽しんでいただけているのだと思っています。

――さまざまなメッセージが込められているようにも感じる本作。物語を通して読者に何を伝えたいのでしょうか?

雨穴 私の思いとしては、単純に「本を読む楽しい時間を多くの方に提供したい」というだけです。もちろん、深い思想やテーマは、書こうとせずとも自然とにじみ出るものだと思うので、何かを感じ取っていただけたとしたら、非常にうれしいことです。

■現実をアトラクションに。小説×YouTube

――YouTuberとしても活動している雨穴さん。本作ではYouTubeを活用し、第一章を丸ごと公開するほか、本作をテーマにした楽曲も発表するなど、「小説×YouTube×音楽」のかけ合わせに挑戦されています。

雨穴 意識的に取り組んでいるというよりは、魅力的なエンタメに無料でアクセスできる時代に、文学の教育も受けていない自分が「お金を出して買いたい」と思える作品をつくるために試行錯誤して、この形に至っています。

結果的には、自分でも今回の取り組みは作品の世界を立体的に味わえる新しい手法になっていると手応えを感じています。

例えば、小説の第一章で重要な役割を果たした登場人物のブログ「七條レン 心の日記」が、ウェブ上にも実在していたり、前作、本作ともに登場する栗原さんと私が電話で会話をするYouTube動画を公開したり。小説という虚構の世界の境界を溶かし、現実をアトラクションに変えるような体験の提供ができているのでは、と考えています。

――YouTubeのコメント欄からも、作品世界にハマっている人の多さが見てとれます。

雨穴 YouTubeを見てから著書を買ってくださる方も多く、中には「普段は本を読まない」という方が小説の楽しさを知ってくださったりもしているようです。

一方で、小説で知ってYouTubeを見てくださる方もいて、チャンネル登録者数も本作を発刊してから増え続けています。どちらから入っていただいても違ううまみがある設計にすることは大切にしていますね。

――ちなみに、今後も新しいかけ合わせの構想はありますか?

雨穴 ......今思いついたアイデアでもいいですか? ミステリー小説にパズルの付録をつけて、読者は物語を読みながらパズルを完成させていくんです。すると、小説には書かれていないあるメッセージに気づくことができ......。というのはいかがでしょうか。

――今思いついたのがすごい!

■なぜ覆面? 素顔に迫る!

――ところで、なぜ覆面で活動されているのですか?

雨穴 ウェブライターとして活動し始めたとき、私が実際に何かを体験している写真など、リアリティを出すために出演したほうがよい仕事があることを知りました。

ただ、私としては、筆者の情報は必要最低限に抑えて、記事によけいな影響を与えないようにしたいという思いもあって。そこで、白い覆面、黒いタイツで身を覆い、目と口だけを出すという現在の姿が誕生しました。

――ペンネームの由来は「雨」「穴」が好きだからとのこと。

雨穴 晴れより曇りや雨が好き。明るい場所より暗い場所が好き。そういうタイプなんです。

――小説も絵も、YouTube出演も楽曲制作も。「マルチな才能」という言葉がぴったりですが、どのように育ってきた?

雨穴 子供の頃にさかのぼれば、図工の時間だけは人気者というキャラで、何かをつくることは好きでした。ちなみに自分では、怖い絵でなく、カラフルな絵を描いていたと思っています。

――音楽面ではどうでしょう?

雨穴 サザンオールスターズの桑田佳祐さんに憧れてミュージシャンを目指したり、映像クリエイターや漫画家を目指したり。だいたいのことは1年程度で諦めてきたんですが、その分中途半端ながらスキルはたくさんあるんです。

――まだまだ謎に満ちていますが......最後に、今後の展望を。

雨穴 『変な絵』は韓国、中国、タイ、台湾などアジアでの翻訳版のオファーもいただいているので、当面は「スケッチ・ミステリー」というスタイルを世界中の方々に楽しんでいただけるよう、また新しい仕掛けを考えていけたらと思っています。いずれは絵のないミステリー小説も書いてみたいです。

●雨穴(うけつ)
ホラーな作風を得意とするウェブライター。YouTuberとしても活動中で、登録者数は73.7万人を超え、YouTubeの総動画再生回数も8650万回を突破。白い覆面と黒い全身タイツが特徴。書籍デビュー作『変な家』(飛鳥新社)は、30万部を超える大ヒット! 原案を務めたドラマ『何かおかしい』(テレビ東京)シリーズも話題を呼んでいる

■『変な絵』
双葉社 1540円(税込)
ホラー作家兼YouTuberの作家自身初となる11万字書き下ろし長編小説。見れば見るほど、何かがおかしい? とあるブログに投稿された「風に立つ女の絵」、消えた男児が描いた「灰色に塗りつぶされたマンションの絵」、山奥で見つかった遺体が残した「震えた線で描かれた山並みの絵」。いったい、彼らは何を伝えたかったのか――。9枚の奇妙な絵に秘められた衝撃の真実とは!? 今、最注目の作家が描く、戦慄のスケッチ・ミステリー

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