ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

この連載「ハマりメシ」などがその典型で、僕の仕事は基本、好きなものを飲んで食って、それを原稿にするというパターンが多い。そして、誰にでも好みというものがあるから、油断していると飲食の内容は偏りがちになる。僕ならたとえば、毎日食べても飽きないカレーばっかりを食べることになる。そうすると、この連載の内容はどんどん「街のなんでもないカレー食べ歩きブログ」のようになっていってしまう。それはそれでいいのかもしれないが、まだそこまで思いきれる域に達していないので、やはりどうしても意識する。

つまり、ふらりと入った町中華で、隣の人がうまそうにカレーを食べていたとしても、ぐっとこらえて、聞いたことのないメニューを頼んでみたりすることも多いのだ。ものすごく楽しいし、自分のなかの選択肢を広げる行為でもあり、ありがたい。それを「苦労」などと言ったら、四方八方から「なめんな」「ふざけんな」という声が飛んでくることだろう。  

だけど、僕が純粋にこの世でいちばん好きな料理は、やっぱり「カツカレー」なのだった。たまには欲望のままに、カツカレーをがっつがっつと食いたい。ビールも合わせて飲みたい。気づけばこの連載も、今回が年内最後の更新となる。カツカレーを愛する者として、「カツカレー締め」をしておくべきだ。少し早めの「年越しカツカレー」と言ってもいいかもしれない。  

さて、そんな節目カツカレーをどこで食べようか。駅前の「マイカリー食堂」は大好きだけど、チェーン店はちょっと節目っぽくない。せっかくだから地元ならではの個人店で食べたい。確実にありつけるのは、昔ながらのそば屋や中華屋。となると......「辰巳軒」だよなぁ。

「辰巳軒」「辰巳軒」
辰巳軒は、地元石神井公園では知らない人のいない店だ。同じ通りにある「ほかり食堂」とは、ともに昭和14年創業の超老舗。かつて、石神井に住む檀一雄の家に、一時期身を寄せていたという坂口安吾が、両店から「ライスカレーを100人前」頼んだという事件は、石神井に伝わる伝説のひとつ。残念ながら、ほかり食堂のほうは、ついに今年、80年以上にもおよぶ歴史に幕を下ろしてしまったが。

メニューサンプルの味わい  メニューサンプルの味わい  

この日は、午前11時半のオープンとともに入店した。と思ったら、すでに数組の先客があり、さらに、15分もしないうちに店内は満員となった。すごい人気だな。  

もちろん、注文は迷いなくカツカレー&瓶ビール!

「ビール(大)」(600円)「ビール(大)」(600円)

すぐに瓶ビールが届く。届けてくれたのはいつもの女将さんではなく、若い女性の店員さん。厨房のなかには大将ひとり。体制が変わったのだろうか。  

ここは酒を頼むと必ず、小皿にかっぱえびせんのサービスがあるのがたまらない。そのかわいらしい佇まいと、"やめられない止まらない"のかっぱえびせんを、ほんの少量だけ食べる美味しさ。キリリと冷えたビールの炭酸が、喉を心地よく刺激する。

メニュー表の一部  メニュー表の一部  

メニューを見ると、カツカレーだけに値上げされた痕跡がある。確か前は750円だったか。だがむしろ、このご時世に他を値上げしていないことのほうがすごいし、カレーが650円に対し、カツカレーが800円というのもおかしいほどに安い。もっと上げてもいいんじゃないだろうか。

「カツカレー」(800円) 「カツカレー」(800円)

少し待って、熱々のカツカレー到着。いやはや、神々しい......。  

そういえば、近年は飲み利用ばかりで、ここでカレーを食べるのはかなり久しぶりだ。さてさて、と、まずはカツ抜きのカレーライス部分を食べる。すると、こんなにだったっけ! と驚くくらい、もったり度が高い。日本風もったりカレーの好きな僕にとってこれ以上嬉しいことはなく、それにしても、僕の知る限り他に比類する店のないくらいのもったり度だ。辛さはあまりなく、代わりに甘酸っぱさが際立ち、これも僕の大好きなタイプ。あぁ、こんなにもうまかったっけ。辰巳軒のカレー。  

そしてカツだ。見てのとおり、ここのカツカレーのカツは、食べやすい小サイズに切って、ごはんの上に満遍なく散りばめてある。量もたっぷりで、食べても食べてもひと口ごとにカツ入りなのが嬉しい。そしてまた、辰巳軒はとにかく揚げものがうまいのだ。他のお客さんの多くも、フライものの定食などをうまそうに食べている。ラードがふわりと香るサックサクのカツが香ばしく、また、カレーの粘度が高いから、時間が経ってもびたびたに侵食されてゆくようなことがない。食べはじめから食べおわりまで、ずっとサクサク。あぁ、なんて完璧なカツカレーなんだろうか。

この世に存在する完璧なもののひとつこの世に存在する完璧なもののひとつ

まったりと濃厚なカレー、サクサクのカツ、白メシの三重奏。と、今年のカツカレー締めに最高のチョイスができた自分。そんな幸せに浸りながら、ビールをぐびぐび飲みつつ、大満足で完食した。  

あぁうまかった。うますぎた。もはや頭のなかは早くも、新年の"カツカレー初め"のことでいっぱいだ。

閉店してしまった「ほかり食堂」の建物閉店してしまった「ほかり食堂」の建物

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