ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

出版社の担当編集さんと対面の打ち合わせをする必要があり、その場所に目白を指定させてもらった。

なぜかといえば、取材のためにとあるチェーン店に行きたくて、サイトを検索したところ、目白が最寄りのようだったから。つまり、その打ち合わせのあとに寄れば効率がいいと考えたわけだ。ところがそれは、ふだんからうっかりミスの多い僕の完全なる勘違いで、目白にそのチェーン店は、姿も形もないのだった。

ものすごく意味がなかったし、わざわざ目白まで来てもらった編集さんにも申し訳なさすぎる。ところがその編集さんは打ち合わせ後、「いえいえ、ふだん来ることのない街に来られて楽しかったです。せっかくなので書店に寄って帰ります!」と、爽やかに宣言して帰ってゆかれた。まったく、仕事上で付き合わせてもらっている人々に、僕は恵まれすぎている。

時間はちょうどお昼どき。あてが外れて、さてどうするか。とりあえず、ここから西武池袋線の椎名町駅は、歩いても行けるくらいの距離だということを知っている。そうすれば電車1本で家まで帰れるし、まずは椎名町まで行ってみよう。途中に気になる店があれば、入って昼メシにしよう。

そう思って歩きだすが、あっけなく椎名町の駅前まで着いてしまった。「南天」の肉そばも久しぶりに食べたいし、「正ちゃん」で刺身定食をつまみに軽く一杯というのも悪くない。けどな~、久しぶりの椎名町。なんか今までに入ったことのない良さげな店はないかな~と、駅周辺を徘徊していると、気になる店を発見。

「定食&居酒屋 三和」 「定食&居酒屋 三和」

遠目からでも目に飛び込んでくるギラついたパトランプのついた看板に、「定食&居酒屋 三和」という文字。「カラオケあり」とも書いてある。メニューやのぼりなどに「定食」要素がなければ、完全に夜がメインのカラオケ居酒屋だ。けれどもこの定食推しっぷり。どうやら空き時間を利用したとかではなく、カラオケ居酒屋と定食屋の、気合の入った二毛作店らしい。こりゃおもしろい。入るしかない。

カオス感漂う外観 カオス感漂う外観

「店内 カラオケできます♪」の文字がむしろ浮いている 「店内 カラオケできます♪」の文字がむしろ浮いている ここだけ見ると完全に定食屋 ここだけ見ると完全に定食屋
広々とした店内の雰囲気は、まるっきりカラオケ居酒屋だ。一角にステージがあって、その上にミラーボールがあって、音響設備にも気合が入っている。それでいながら店内は大盛況で、各テーブル席でみんな思い思いの定食を食べているのがおかしい。

せっかく昼飲みができる店だからと、僕はひとまず生ビールを注文。届くのを待っていると、偶然にも先客たちがいっせいに食事を食べ終わったようで、レジ前に長い行列が。それを眺めながらキンキンの生ビールを飲んでいる自分のシチュエーションが、これまたおかしい。

「生ビール」(500円) 「生ビール」(500円)

ぐいっとビールを飲んでひと息つくと、あっという間に店内は僕ひとりの空間になってしまった。なんなんだ、この状況は。

ポツーン ポツーン

しかしながら、このあまりにも愉快な状況こそが最高の調味料。もはや、なにが食べたいかではなく、今ここで目の前になにが届いたらいちばんおもしろいか? を基準にメニューを考えはじめてしまい、結果、ふだんはあまり頼むことのない「鯖味噌煮」を注文。ところが残念ながら品切れで、とっさに大好物の「牛肉豆腐」をチョイスした。

う~ん、もうちょっとこう、「ホッケ開干し」とか「酢豚」とか「焼きうどん」とか、いつもと違うものを頼んでみてもよかったかな......。けどまぁ、そもそも僕は肉豆腐偏愛家であることだし、初めてとしてはいいチョイスだったと思うことにしよう。

「牛肉豆腐」 「牛肉豆腐」 定食セットで800円 定食セットで800円
やがてやってきた肉豆腐は、オーソドックスなすき焼き風タイプ。木綿豆腐のうえにたっぷりの牛肉と、玉ねぎ、しらたき、生のきざみねぎという布陣だ。味加減はばっちりで、よく煮えた牛肉や玉ねぎなどの具材と、さっと煮の豆腐の組み合わせがいい。

セットは、サラダ、漬物、みそ汁、生玉子と、かなり大盛りのごはん。しまった、初めての店って、ついごはん少なめと伝えるのを忘れてしまうな。しかし、これで800円。やはり定食に対して本気の店であることがわかる。

さて、ここでちょっと悩むのが、生玉子の使いかただ。さっと溶いて、すき焼き風に肉豆腐をつけながら食べるのも、そりゃあうまいだろう。もしくはもう、どばっとかけてしまう? が、これはあくまですき焼きではなくて肉豆腐。目の前でぐつぐつ煮えているわけでもないから、温度も味も薄い印象になってしまう可能性は否めない。となるとこっちか。

玉子かけごはん 玉子かけごはん
肉豆腐や漬物をおかずにしばらく白メシを堪能したら、そこに溶き玉子と醤油をかけて玉子かけごはんにしてしまう。これにより、あくまでおかずの受け皿であった白メシが、一瞬にして酒のつまみに進化する。まぁ、僕が定食飲みでよく使う手だ。ただし今回は、その先にももうひとつ、さらにお楽しみの策を用意してある。

というわけで、現状の構成をつまみにビールを飲みすすめ、ビールを飲みきったところで、追加の「抹茶サワー」をオーダー。

「抹茶サワー」(350円) 「抹茶サワー」(350円)

ここまでで、お盆の上の残りがごはんと肉豆腐だけになるようにしておき、ふたつを合体! ちょっとはしたないけれど、「牛肉豆腐&玉子かけごはん」を勝手に生み出し、ラストスパートはこいつと抹茶サワーの大決戦タイムというわけだ。

牛肉豆腐&玉子かけごはん 牛肉豆腐&玉子かけごはん

ちびちび、ズズズ、もはやぼろぼろになった豆腐と、肉や豆腐のかけらの混ざった玉子かけごはんが、ものすごくいいつまみになる。すかさず抹茶サワーをぐびり。あぁ、なんだかこの店、めちゃくちゃ楽しいな。

と、大満足してごちそうさまでした。酒やつまみも全体的にかなりリーズナブルなようだし、今度は夜のカラオケタイムにも来てみよう。

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