細密に描き込まれた展示作品と並ぶ田名網敬一氏 細密に描き込まれた展示作品と並ぶ田名網敬一氏

■ニャロメ、バカボンのパパが極彩色に!

東京・渋谷にあるPARCO MUSEUM TOKYOに於いて『TANAAMI!! AKATSUKA!!/That's All Right』展が開催中だ(1月21日~2月13日)。

60年代からアーティスト、グラフィックデザイナー、映像作家など、ジャンルにとらわれない創作活動を展開し、86歳の現在も精力的に制作を続けている田名網敬一(たなあみ・けいいち)氏による、赤塚不二夫作品を大胆にフィーチャーした作品が並ぶ。

バカボンのパパが、イヤミが、ひみつのアッコちゃんが、田名網ワールドと融合し、見ているだけで元気がもらえるような刺激的で破天荒な作品群に圧倒される。

田名網氏は幼少期に漫画家に憧れ、赤塚不二夫氏にもリスペクトを抱いていたという。今回、赤塚作品とのコラボレーションが実現したことで、その創造性が炸裂!

会場には、このスペシャルコラボ作品や、『天才バカボン』に登場する"顔が家になってしまった男"を着想源とする極彩色の茶室、さらに田名網氏のオリジナル新作など約30作品が展示されている。

会場に出現した赤塚キャラの茶室。中にもオブジェが......(写真/パルコミュージアム) 会場に出現した赤塚キャラの茶室。中にもオブジェが......(写真/パルコミュージアム)

田名網敬一氏と赤塚不二夫氏という、不世出の天才同士のコラボレーションは、どのようにして実現したのだろうか? 実は、2人を結びつけたのは「グラビア」だった。

週刊プレイボーイや週プレNEWSのユーザーなら、数々のグラビアアイドルたちに"お世話になった"ことだろう。だがこの「グラビア」という言葉が、印刷の手法に由来することをご存じの方は少ないかもしれない。

印刷には、グラビア、オフセット、インクジェットなど、いくつかの種類がある。その中でグラビア印刷は、金属製のロールの表面に版を作り、そこに4原色のC(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)、K(ブラック)のインクをつけて大判のロール紙に印刷するもので、他の印刷手法に比べて色の微細な濃淡や陰影などの再現性に優れている。また、大部数の印刷にも適している。

こうした特性により、週プレを始めとする、多くの雑誌の口絵ページではグラビア印刷が用いられ、そのページに登場する女優やアイドルが「グラビア」という言葉と結びついたのだ。

そんなグラビア印刷が、2021年末をもって主要な雑誌から姿を消した。他の印刷技術の進歩、コスト削減、補修部品の入手難など、理由はいくつか考えられるが、いずれにせよその長きにわたった歴史に幕が下ろされた。翌2022年には、印刷会社のグラビア印刷機自体の解体も始まった。

その終焉の直前、「グラビア印刷の技術をなんらかの形で後世に残すことができないか?」と考えた人物がいた。集英社のデジタル事業部で「金八」と呼ばれる岡本正史である。

「マンガを、受け継がれていくべきアートに」というビジョンのもとに始まった集英社マンガアートヘリテージ事業の一環として、最後のグラビア印刷によるアートプリントを制作し、そのプロセスも動画で記録するプロジェクト。この企画にふさわしい作品の制作者として、白羽の矢が立ったのが田名網敬一氏だった。

田名網氏は、伝説の雑誌『PLAYBOY日本版』のアートディレクターを1975年の創刊から約10年間務めた大御所。「金八」からの申し出に「ぜひやりたい」と応じ、「赤塚不二夫さんとのコラボレーションはどうだろう」と提案した。

赤塚不二夫氏の娘でフジオ・プロダクション社長である赤塚りえ子氏にコンタクトを取ると、りえ子氏も赤塚作品の引用を快諾。

田名網氏は早速、グラビア印刷用の作品制作に着手する。入稿まで限られた時間しかなかったにも関わらず、創作意欲に火がついた田名網氏は、20点を超える作品を仕上げる。その中から6点を選び、それぞれ111枚、計666枚のグラビア印刷が行われた。

グラビア印刷の技術の粋を凝らしたこの6点のアートプリントは、6発の銃弾を詰めた拳銃の弾倉にちなみ『REVOLVER』と名付けられ、集英社マンガアートヘリテージのWEBサイトを通じて販売される。

田名網敬一「Tanaami!! Akatsuka!! / Revolver1 (鏡と鏡のあいだ)」©Keichi Tanaami Courtesy of NANZUKA ©Fujio Productions Ltd. / Shueisha Inc. 「最後のグラビア印刷」と言っても過言ではないオリジナルプリントの1枚 田名網敬一「Tanaami!! Akatsuka!! / Revolver1 (鏡と鏡のあいだ)」©Keichi Tanaami Courtesy of NANZUKA ©Fujio Productions Ltd. / Shueisha Inc. 「最後のグラビア印刷」と言っても過言ではないオリジナルプリントの1枚

プロジェクトのための制作は完了したものの、田名網氏の創作意欲はここで終わらなかった。ネオシルクという技法や、ラメのように煌めくガラスを細かく砕いたマテリアルを用いながら制作を継続。赤塚ワールドと田名網ワールドが絡み合った作品群が続々と完成する。『TANAAMI!! AKATSUKA!!/That's All Right』展では、その成果を存分に堪能できる。
 
このエキシビションに合わせて、これらの作品を収めたA3版の大型画集も刊行される。この画集自体はオフセット印刷によるものだが、富山県にある印刷現場に田名網氏が赴き、印刷機にみずから特色インクを流し込む"ライブプリンティング"も敢行。

流し込まれたインクは、時間とともに徐々に混じり合うため、すべての印刷結果に微妙な違いが生じる。限定999部の一冊一冊が、すべて異なる仕上がりのページを含む実験的な画集となっているのも魅力的だ。(※展覧会場限定発売。特殊な本のため、全国書店での販売予定はありません)

グラビア印刷機の終焉がきっかけとなり実現した、田名網敬一氏と赤塚不二夫氏との世紀のコラボレーション企画。これはアート展を超えた、歴史的な事件と言っても過言ではない。