ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

一部の酒飲み仲間たちが、冬場になると決まってSNSでこんな発言をしているのが、実は毎年気になっていた。

「今年も福しんのニラそばの季節がやってきた!」

「福しん」は知っている。主に東京に店舗展開する中華チェーンで、僕の地元にもある。「ニラそば」はその期間限定メニューで、毎年冬の定番らしい。投稿に添えられた写真を見ると、まぁ、シンプルにニラがたっぷりと入った中華そばのようだ。

たまに家でインスタントラーメンなんかを作る際、冷蔵庫の野菜室を覗き、ニラがあまっていたりすると、それを細かく刻んでどっさりのせて食べることがある。大変うまい。要するに、あれでしょ? 「今年も始まった!」と、大さわぎするほどのことなの? という気持ちがある一方で、こうも毎年目に入ってくると、気になる気持ちも蓄積されてゆく。それに40歳も過ぎ、「なにそれなにそれ? 僕も仲間に入~れ~て!」と、素直に言うことに対する躊躇もなくなった。よし、今年は食ってみっか! 福しんのニラそば!

我が家から行きやすい福しんは、西武池袋線の「大泉学園店」と「石神井公園店」のふたつだ。数日前、ちょうど大泉へ買いものに出る機会があったので、ついでに大泉の福しんへ行くことにした。ところが店の前に到着すると、なんと大泉学園店、昨年末で閉店してしまったらしい。え~、ほんとに? あそこによくいた女性の店員さん、いや、店長さんだったのかな。めちゃくちゃ仕事のできる、"接客業の神"って感じの人で、大好きだったのに。突然にもう、二度と会うことはできなくなってしまったのだろうか......。

だけどとにかく、昼メシは食べたい。近くには「ぎょうざの満洲」も「日高屋」もある。けれどもこうなれば意地だ。失意のなか僕は西武線に乗り、石神井公園の福しんへと向かった。

「福しん 石神井公園店」「福しん 石神井公園店」

良かった、こっちは閉店してない。何気なく生きているとつい忘れがちになってしまうが、街に福しんがあることのありがたみを、あらためて噛みしめる。店頭にニラそばの看板があることも確認し、いざ入店。

うつむきがちに扉を開けた僕に、「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ!」と声がかかる。ん? この声は? ぱっと顔を上げるとそこには、大泉学園店にいたあの店員さんの姿が! どうやらこちらに異動になっていたようだ。まさか、二度と会えないとがっくり肩を落としてから15分後に再開できるとは。相変わらず、常連らしきお客さんたちの好みを把握し、それぞれの世間話にも明るく対応しつつ、テキパキと働かれている。たぶん、石神井、そして旧大泉の常連たちが入り乱れている状態なのだろう。石神井の福しんのますますの反映を祈りつつ、さてニラそばだ!

ニラそばは税込み670円で、「普通」から「1辛」「2辛」......「5辛」まで、辛さが選べるらしい。辛さはひとつ足すごとにプラス20円で、初めて食べる場合、注文できるのは5辛まで。ただ、一度それを食べきった客は、さらに何辛まででも辛さをプラスすることができるようだ。

僕は辛いものに目がなく、たまに一緒に食事をしている友達に引かれることもあるほど。とはいえ、いわゆる激辛マニアというような人々ほどの耐性はぜんぜんない。さてどうするか。無難に3辛? とも思ったけど、せっかくの初ニラそば。中途半端はなんだし、ここは、5辛いっちゃえ。

で、こんなにも酒がすすみそうなメニュー。当然ビールも飲みたい。そこでまたまた悩みが発生する。福しんの生ビールは480円。ところが、そこに餃子が6個がつく「生ビールセット」は、なんと550円。破格だ。

ただ、福しんに来たからにはどうしたって「ウンパイロウ」も食べたい。漢字で書くと雲白肉。四川料理の定番前菜で、薄切りのゆで豚にタレをかけて食べるシンプルなメニュー。福しん飲みといえばの定番で、豚好きの僕としては、究極のつまみのひとつ。ウンパイロウは250円だから、ビールと合わせると730円か。生ビールセットと比べるとだいぶ高級品だ。けど、ラーメン1杯とつまみ2品はちょっと多いから、選べるのはどちらかひとつ。う~ん......よし、僕もいい大人。思いきって、ウンパイロウ&ビール、お願いします!

「生ビール」「生ビール」
サービスのザーサイ小皿が嬉しい生ビールを、まずはぐびり。間髪を入れずウンパイロウがやってくる。そうそう、これこれ。

「ウンパイロウ」「ウンパイロウ」

福しんのウンパイロウって、店舗によってけっこう味つけに幅がある気がするんだけど、石神井店は、しっかりと強めの甘辛味で、ラー油系の辛味がぴりりと効いてうまい。ゆでもやしと輪切りのねぎ、2種の野菜のアクセントが、ゆで豚をさらにうまくする。やっぱりいいな、福しん飲みは。

「ニラそば 5辛」(670円+100円)「ニラそば 5辛」(670円+100円)

そしてついに、ニラそばとのご対面。大きめのどんぶりに満ち満ちた真っ赤なスープ。そこに浮かぶたっぷりのニラ。センターの純白ねぎとの対比が美しい。

いざ、まずはスープをすする。その瞬間に、さっきの「要するにインスタントラーメンにニラをたっぷり入れたようなもんでしょ?」発言を恥じる。なんだこれ、爆裂にうまいぞ! そもそも、スープは醤油ベースじゃないんだ。みそか? ごまの風味もかなりある。坦々麺的な。めちゃくちゃコク深くて濃厚。そこに、油断してすすりこみ、のどに当たると思いっきりむせこみそうな辛さが加わる。

で、れんげですくってもすくっても、口に入ってくるたっぷりのニラ。そのパワフルな旨味とシャキシャキ感がいい。さらにさらに、驚いたことに、スープのなかには大量の、細切りチャーシューの切れっぱしのようなものが浮かんでいる。これが予想に反し、ふわっふわ食感なのだ。とにかく、夢のような美味しさだ。これか、みんなが騒いでたニラそばってやつは。いや、素直に参りました。感服です。

多層的すぎるスープのうまさ多層的すぎるスープのうまさ

のどごしのいいシンプルな中太ちぢれの中華麺もいい。すするたびにうますぎスープをたっぷりと絡めとり、箸を口に運ぶ手が止まらない。いや、書いていて自分でも、そこまで絶賛する? 福しんを。とは思うんだけど、だってうまいんだもん!

ぷりぷりの麺ぷりぷりの麺

合間合間にウンパイロウやザーサイも挟みつつ、生ビールを飲み干したあたりで、まだまだニラそばは残っている。ここは「福しんサワー」いっとくか。あれはもはや、縁起物みたいなもんだ。

「福しんサワー」(330円)「福しんサワー」(330円)

福しんサワー、それは酒界の徒花。福しんの看板のカラーをイメージした、真っ青なオリジナルサワー。ひとりカウンターでこれを飲んでいると、やたらと悪目立ちするのでちょっと恥ずかしいんだけど、他のサワーが350円のところ、330円なのでつい頼んでしまう。味は、いわゆるクエン酸サワーに、懐かしのチューペットのような甘さをほんのり足したような......いやもう、福しんサワーとしか言えない味。福しんに来たら、やはり1杯は飲んでおきたい。

にんにくを投入にんにくを投入

ニラそばに卓上のにんにくを投入し、いよいよラストスパート。完全なるパワーフードとなったその味わいと、合うんだか合わないんだかわからない甘酸っぱいサワーの組み合わせも、福しん飲みならではだ。ニラ&にんにく&クエン酸パワーで、日々の疲労がリセットされてゆく。

お会計をお願いすると、例の店員さんが、そう頻繁に通っていたわけでもない僕の顔など覚えていないだろうに、笑顔で話しかけてくれた。

「ありがとうございました。お客さま、5辛以上もまだまだいけそうですね!」

さすがの接客神。加えて、ニラそばが本気でうまかったので、絶対にまた近々食べに来たい。ただ、あのうまいスープ、次はシンプルに「普通」でも味わってみたいんだよなぁ。5辛の次に普通を頼んだら、日和ったと思われてしまわないかしら......。

パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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