ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

夜遅くに高円寺で仕事が終わる。高円寺は20代~30代の始めくらいまで、毎晩のように入り浸っては酒を飲んでいた街だ。なんだか今夜は、そのころの空気感を懐かしみながらひとり、シメの酒を味わいたい気分。

当然ながら街はずいぶん変わってしまい、当時いちばん行っていた、信じられないほど激安で、鬱屈としたバンドマンや何者かになりたい若者たちの巣窟だった居酒屋「赤ちょうちん」は、とうにない。その次によく行っていたのは、ガード下の「四文屋」。あそこに行って、とろとろ濃厚な煮込みを白メシにぶっかけた「煮込みライス」でも久々に食べるかな。なんて、駅を出て線路沿いに進む。

駅東側のガード下 駅東側のガード下

すると、雑多にぎっしりと並んでいた店たちが退去し、寂しげな風景が目に飛び込んできた。老朽化のための工事&再開発だろうか。街の姿がどんどん変わってゆくことにはもう慣れっこになってしまったが、それでもやっぱり切ない。

もう少し進んでゆくと、まだ店たちが残っているエリアもあったが、この景色もいつまで見られるのか。で、それとは関係なく、思い出の四文屋はなくなって、新しい店に変わってしまっていた。

よく飲み歩いていたのは10年以上前だもんな よく飲み歩いていたのは10年以上前だもんな

そもそも、店がほとんど開いていない。時間はまだ午後10時を回ったくらい。かつての高円寺の街はこのくらいからが本番ってイメージだったけど、これもご時世なんだろう。それでもいくつか営業中の店のうち、好きな「まつり太鼓」がやっていたので、そこで飲んで帰ることにするか。まだけっこう新しく、2、3年前に初めて入り、気に入って何度か行った程度の店。もはや哀愁もなにもあったもんじゃないが、ここは、今日という日の流れに身を任せよう。

「まつり太鼓」 「まつり太鼓」

まつり太鼓は、そんな店名でありながら、インド、ネパール系の料理がメインで、そこに日本の大衆酒場要素をかけ合わせたような、特殊酒場。店頭の看板には「ネパールラーメン」「ワイワイラーメン」「芳醇ラムラーメン」「トゥクパ ネパールのスパイシーラーメン」と、なかなか謎な4品の下に「こく旨! 生姜風味香る博多風もつ鍋」「本日のスペシャル鍋」「ぷりぷりもちもち! 海老の水餃子」の写真が並び、そのカオス感がいかにも高円寺らしくて心落ち着く。

国境など軽々と飛び越えて 国境など軽々と飛び越えて

アルコールメニューも、世界の酒を取り揃えておきつつ、「バイスサワー」「ばくだんサワー」「ガリガリくんサワー」といった大衆酒場系まで網羅し、やりたい放題だ。しかも、どれもこれも安い。

ここは、安定のホッピーから始めよう。

「ホッピーセット 白」(390円) 「ホッピーセット 白」(390円)

ホッピーセットが390円で、ナカのおかわりが200円。とことん安い。お通しはざっと塩をふった枝豆。なんだろうな、この店の愛嬌は。

メニューには本格カレー各種もあれば、聞いたこともないような異国料理も多数。でありながら、「ししゃも焼き」に「ハムカツ」に、「梅水晶」まである。もはや自分がどこにいるのかわらなくてクラクラしてくる。

厨房、どうなってるんだろう 厨房、どうなってるんだろう
が、ここはやはり、とことんわからない料理とホッピーの不思議な相性を楽しむのが醍醐味だろう。メニューをくまなく眺め、目に止まったのが、初めて聞く「パニプリ」という料理。カリカリに揚げたピンポン玉状の皮(プリ)に、マッシュポテト、玉ねぎ、スパイスを入れて、そこに酸っぱくて辛いスープ(パニ)を注いで食べる、女性に人気のネパールの定番屋台スナックだそう。

味の想像がつかない 味の想像がつかない

おもしろそうなので注文したパニプリは、目の前に到着してなお、なにがなんだかもう、清々しいほどにわからない。いや~、こんなに楽しいことがあるだろうか。

「パニプリ」(490円) 「パニプリ」(490円)

ぱっと見はなにかの繭のような、カリカリの皮に包まれた、スパイシーなマッシュポテトと玉ねぎ。中央に置かれたスープだけを味見してみると、かなりシンプルな「パクチー酢」って感じ。そのスープを繭に注ぎ、ぱくりとほおばる。カシューっと心地いい歯応えの後に、まろやかな具材の旨味と、スパイシーさと、パクチーの香りと、酸っぱさと、辛さ。はは、なんだろうこれ。大前提として、これまでに一度も食べたことのない味。だけど、嫌いじゃない。理解はまだ追いついていないけど、うまい。それをつまみにぐいっとホッピーを飲むおかしみよ。

いつか本場の屋台でも食べてみたい いつか本場の屋台でも食べてみたい

さて、時間も遅いし、もう1品、シメの料理を選んでおこう。ラーメンもいいしカレーもいいけど、最近の僕は妙に、焼きそばをつまみに酒を飲むのが好きなのだ。そこで気になったのが、これまた初めて聞く「チャウミン」という料理。「ベジタブルチャウミン」と「ミックスチャウミン」の2種類があり、それはネパール風の焼きそばで、具が、野菜か、そこに鶏肉が入っているかの違いらしい。それぞれ、300円と490円。あぁ安い。よし、ミックスチャウミン、いってみるか。

「ミックスチャウミン」(490円) 「ミックスチャウミン」(490円)

おおおー、これまた。一見オムそばっぽくもあるけれど、カットされた薄焼き玉子を焼きそばの上に並べるという発想が自分にはなくて楽しい。焼きそばは、鶏肉、キャベツ、ピーマン、赤パプリカ、にんじんと具沢山。もちもちの麺は、たぶん中華麺。

エキゾチック焼きそば エキゾチック焼きそば

味はなんというんだろうか、スパイシーナポリタン? ケチャップみを感じる気がする。いや、チリソース系? 複雑なようでチープなようで......やっぱりうまく表現できない。それから、けっこう辛い。あ、もちろん、うまい。美味しい。間違いなく。なにより、酒に合う。そろそろナカのおかわりをもらおう。

やっぱり楽しいな、まつり太鼓。やっぱり楽しいな、高円寺。変わりゆく姿が切なくもあるけれど、末長く飲みに通いたい街であることに変わりはない。

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