展示作品を前にグラビア印刷への思いを語る田名網敬一氏 展示作品を前にグラビア印刷への思いを語る田名網敬一氏

86歳にして創作意欲あふれるアーティスト・田名網敬一(たなあみ・けいいち)氏による、赤塚不二夫キャラを大胆にフィーチャーした作品が並ぶ『TANAAMI!! AKATSUKA!!/That's All Right』展(~2月13日、東京・渋谷 PARCO MUSEUM TOKYO)。

この企画のきっかけは"グラビア"の終焉だった。グラビアといえば、すぐに水着のアイドルなどの写真ページが思い浮かぶが、ここで言うのは印刷技術のひとつであるグラビア印刷のこと。その詳細を田名網氏に聞いてみた。【田名網敬一氏インタビュー Part2】

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■グラビア印刷の最後を飾る作品

──今回の企画展については、立ち上がってから、ものすごい短時間で作品を仕上げられたとか?

田名網 そうですよ。というのは、グラビア印刷が終わっちゃうということがあって、大至急入稿しなきゃなんないわけですよ。輪転機が何月何日に終わっちゃうっていうんだから、それまでにとにかく印刷所に入れないと、印刷機を扱えるスタッフも解散になってしまう。だから、すごく時間がなかった。

昨年9月末ぐらいに最初のお話をいただいて、10月の初めに赤塚不二夫さんのお嬢さんである赤塚りえ子さんも含めて打ち合わせをして、それから1ヵ月ぐらいで制作。あまりにも時間がないんで、企画の担当者が「1点でも、2点でも」みたいなことを言ってきたんだけど、「そんな1点や2点じゃ、あなたの考えてるようなことにはならないんじゃないの?」って。

だって、グラビアの最後っていったら本当に、言ってみれば印刷博物館に展示するぐらいのものじゃないですか。本来であれば、グラビア印刷がなくなるというのは、すごいニュースになっていいはずなんだけど、あまり話題にならなかった。

──そうですよね。田名網さんご自身はグラビア印刷に対しては、どんな思いが?

田名網 グラビアというものを日常、見続けてきましたが、やっぱり印刷としては素晴らしいですよね。インクがべったりとしたような、あのなんともいえない質感というか、すごい魅力です。

オフセット印刷なんかだと、ちょっとスカスカしてるというか、パサッとしてるっていうかね。その点、グラビアはしっとりしている。例えば女性の肌なんかでも、皮膚感というのが非常にしっとりした感じで出るんですよね。

──今回の企画では6作品×111セットが、最後のグラビア印刷機で刷られたわけですが、出来栄えはいかがでしたか?

田名網 もう100パーセント満足。グラビア印刷の場合、通常は4万部以上でないとコストが合わないらしいんですが、今回666点の作品のために、この印刷機を使ったわけですからね。その現場も本来なら関係者以外は入れないんですが、特別に埼玉の川口にある印刷工場で、初めてその様子を見せてもらいました。いや、素晴らしかったですよ、本当に。

仕事柄、印刷とかやたら好きなんで、巨大な機械が描写し、生み出す迫力というのか、見応えがありました。その記録映像も撮ってあるんですけどね。印刷機の調子が出るまでに少し時間がかかるので、無駄になってしまうプリントが山積みになるほどで、なんだか申し訳ないぐらいでしたよ。職人さんにとっても最後の仕事じゃないですか。だから、感慨深かったと思うんですよね。

(※この最後のグラビア印刷の際に版ズレしたNGプリントや、1色、2色しか刷られていないテストプリントなどを集めた、特別な大判画集も制作される予定。その見本を見た田名網氏は、またしてもクリエイティビティを刺激され、「このプリントの間に、また別の絵が入ったほうがいいんじゃないか」と、それから2週間ほどで約90点の新作を制作したという)

──PARCO MUSEUMに展示中の作品を収めた画集は、オフセット印刷なんですよね?

田名網 もうグラビア印刷はなくなってしまいましたからね。だから、この画集では、めちゃくちゃインクを盛ってもらって、グラビア印刷のような濃厚な感じを出してもらったんですよ。富山の印刷会社まで足を運んで"ライブ・プリンティング"のようなこともやりました。

CMYKを刷った後に特色インキを直接垂らして、その上からまた刷る。そうすると、印刷機が回転するにつれてだんだん色が混じっていって、グラデーションのように1点ずつ全部違う仕上がりになっていく。それが、この画集の中に綴じられているんです。

今の印刷屋さんでは、なかなかやってもらえないことですよ。画集の編集者が印刷のプリンティンディレクターに「1冊ずつ違って、こういうことはできませんかね」と相談したら、プリンティングディレクターが「そんなバカなオーダーは初めて受けた」という様子で笑い出したそうですから。最近の出版物では画期的なものじゃないかな。

大胆な手法で一枚ごとに異なる色合いとなった作品 大胆な手法で一枚ごとに異なる色合いとなった作品

■創造性を刺激するマンガ

──その画集と並行してPARCO MUSEUMでのエキシビションの企画が進んできたわけですね?

田名網 パルコのほうで展示の話があって、それでさらに23点作ったんです。僕の手法というのは簡単に言ってしまうとコラージュ的な考え方なんですね。既存のものを組み合わせて、再構成して、それに新たな色彩を加えるという。

だから、一つひとつのパーツを全部別々に描いていて、一つの作品の中に50とか100ぐらいの絵があるわけです。それを大きくしたり小さくしたりして、その1枚の平面の中に組み合わせていくわけですよ。

僕のほうの要素が多くて、赤塚さんの比重が少ないものもあれば、赤塚さんが前面に出ていて、僕が少ないのもあるし。ラメのような効果のあるガラスの粉を使うとか、いろいろやっていますが、こういう仕掛けをするのにもすごく手間がかかるんです。

今回の赤塚さんとのコラボ作品の展覧会っていうのは、僕の、赤塚さんも含めたマンガというものに対する一種のオマージュっていうか、そういうものがすごく強いんですよ。会場のにぎやかさもマンガ的じゃないですか。

──確かに、見ているだけですごく元気になります。

田名網 うん。だから、それが狙いなんです。見てもらって、感じてもらえばそれでいいんです。

──田名網さんの創造性の源泉とは?

田名網 どうなのかな、できるだけ面白いものをやりたいっていうのは根っこにはありますね。僕はマンガ家になりたかったというのが、原点にあると思うんですよね。だから、マンガ的な表現が随所にあるんですよ。

今でもマンガは好きだし、いろんな作品を読みます。もちろん、今でも手塚さんのマンガも読み直しますし、赤塚さんの作品は今回のために、またほとんど全部読みました。新しい発見がありますね、やっぱり。

マンガって、そういう意味ではアイデアの宝庫ですよ。だから、今回の企画のお話をいただいたことは、僕にとって本当にありがたかった。おかげですごいものができたと思っていますよ。

会場では作品集なども手に取ることができる(写真/PARCO MUSEUM TOKYO) 会場では作品集なども手に取ることができる(写真/PARCO MUSEUM TOKYO)

『TANAAMI!! AKATSUKA!!/That's All Right』展の詳細は公式サイトにて。

◆作品の販売など集英社マンガアートヘリテージ事業の詳細は公式サイトにて。