『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回はビートルズのアルバム『リボルバー』の2022年リマスター版について語る。
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ビートルズのターニングポイント的アルバム『リボルバー』(1966年)。メンバーの創造性や新しい世界への好奇心の高まりを感じさせるビートルズ中期の傑作で、音楽史への影響は計り知れません。さまざまな音楽ジャンルを取り入れた楽曲はもちろん、ライブバンドからレコーディングバンドへの進化を象徴するアルバムでもあり、磁気テープの回転を変えてから逆回転させたりと実験的な録音技術も特徴です。
元の『リボルバー』のマスターテープは4トラック(大ざっぱに言うと、一度に4つのマイクからしか録音できない)。全楽器が同じトラックに録音されているので、パートが埋もれて個別に聴き取れない箇所が多々ありました。イヤホンで聴くときに片耳に楽器、もう片耳にボーカル、のように聴こえていたのもこれが原因です。
トラック数が少ないから個々の楽器の音量バランスや音質が編集できないとされていた本作ですが、昨年、5人目のビートルズといわれていたプロデューサー、ジョージ・マーティンの息子のジャイルズによる最新デジタルリマスター版が発表!
2009年にもリミックスが出ていますが、今回の『リボルバー〔スペシャル・エディション〕』には感動。原稿用紙が無限にあっても語りきれないので、今回は何曲かに絞ります。
まずは、『エリナー・リグビー』。弦楽八重奏を取り入れた革新的な曲ですが、オリジナルではチェロやバイオリンなどの異なる音色がベタ~と一緒くたになっていました。2009年版で各パートはクリアになりましたが、今回の弦楽器の厚みと臨場感は格別。
さらに、途中からポールのボーカルが右側からしか流れなかったのが、今回は中央で鳴ります。音が左右に分断されず、全体が溶け込みながらも各パートのニュアンスも鮮明。うっとりです。
『ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア』では、ベースとドラムの音が大きくなっていて、穏やかな曲調にはミスマッチだったザラザラとしたギターがまろやかになっています。コーラスの厚みも増していて、全体がより幻想的で温かい印象。抑えめになったギターが、1分37秒あたりからの美しすぎるフレーズでいい感じに強調されています。
一番興奮したのは、『アイム・オンリー・スリーピング』。ベースの際立ちはもちろん、今まで聞こえなかった誰かのあくびする声が! 新しい発見に興奮して父に報告したところ、「あ~ポールのあくびのこと?」と、昔から気づいていたそうです......。
『ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ』のブラスの抑揚やクリアさ(サックスとトランペットが聴き分けられる!)はすごいけど、その分、ギターの迫力が減った気も。
ほかにも、『タックスマン』の最初のアンプの立ち上げの音が消されたり、『シー・セッド・シー・セッド』はオリジナルのグチャグチャのほうがかえって味があったり、『アンド・ユア・バード・キャン・シング』ではジョンのボーカルを中央にしたことによってあの独特な没入感が減ったりと、以前のほうが好みの箇所もありますが、これ以上語ったら本格的にウザがられるので、ここらへんにします。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。現場でビートルズの話題をしつこく熱弁していたら、「ビートルズハラスメント=ビトハラ」と言われた。公式Instagram【@sayaichikawa.official】