「怪優奇優侏儒巨人美少女等、アイドル大募集!! アイドル実験室・TRY48」。こんなおどろおどろしくも意味不明な一文で始まる小説が、本作『TRY48』だ。アングラ演劇の象徴的存在にして、『あしたのジョー』の作詞やスポーツ紙の競馬エッセーまで手掛けた元祖マルチクリエイター・寺山修司が、もしまだ生きていて、アイドルグループをプロデュースしたら? そんな楽しい妄想をパンパンに詰め込んだ小説である。書いたのは「おたく」の名付け親でもあるアイドル評論家の中森明夫氏。今なぜ寺山とアイドルなのか、本作に込めた意図を聞いた。
* * *
■寺山修司を必要とする時代は不幸だ
――寺山修司は1935年に生まれ、1983年に亡くなった昭和の作家です。今なぜ、寺山を取り上げたんですか?
中森 数年前にも、寺山が書いた『あゝ、荒野』という小説が菅田将暉主演で映画化されたし、最近になっても新しい世代が寺山の舞台をたくさん上演してますよね。それに今年で没後40年なので、ちょうどいいかなと。でも、この本自体はもう10年前から書こうとしてたんです。それがなかなか書けないうちにコロナ禍になり、僕自身、一人暮らしで誰とも会わなくなって鬱々としてきて、いよいよ書かなきゃならないぞと。気分的には「自分を元気づけたい」っていう思いもありましたね。
――自分を元気づける、ですか。
中森 そう。寺山って、アングラで暗いイメージがあるけど、実は思いっきり明るくて弾けた部分もある人なんですね。だって市街劇(※)なんて、思いついても普通やらないじゃない。警察に捕まるかも知れないんだから(笑)。
※市街劇 寺山が主宰した劇団「天井桟敷」が行なった、街なかを舞台にした演劇。包帯を巻いた男が一般の住宅を訪問したり、目隠しをした観客をトラックで運び去ったりと、めちゃくちゃな状況を生み出した。もちろん、実際に警察に通報されたことも。
――賢い人は絶対にやりませんね(笑)。
中森 今はちょっとでも変なことをすると大炎上する時代だから。しかも寺山は、まだネットがなかった時代に炎上しまくってた「元祖炎上文化人」。でも、毀誉褒貶含めてその怪しさが魅力的じゃないですか。
――寺山は様々な活動を通じて「日常の転覆」を現出させようとしました。中森さんは、今の時代にこそ寺山的な態度が必要だと思いますか?
中森 寺山は、ブレヒトという有名な劇作家の「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」というセリフをよく引きました。平和や公平が達成されていたら、英雄は必要ないはずだ、ということでしょう。これを僕は「寺山修司がいない時代は不幸だが、寺山修司を必要とする時代はもっと不幸だ」と言い換えたことがあります。
――つまり寺山が必要な今の時代は不幸だと。
中森 はい。世の中コロナになり、ウクライナで戦争が起こって、日本も閉塞した感じになっている。特に日本っていう国は、なーんか面白くなくなってきてるなと僕は感じるんです。こんなときに寺山がいたら、きっと面白いことをやってくれたんじゃないかな。だったら、フィクションで寺山を蘇らせてめちゃくちゃやらせて、それを面白がりたい。そんな気持ちがあって書いたんでしょうね。
■寺山は「サブカルホイホイ」
――今では伝説的な存在になっている寺山ですが、生前はどんな風に受容されていたんでしょう?
中森 1960年生まれの僕がちょうど10代の頃、『家出のすすめ』だとか『書を捨てよ、町へ出よう』といった寺山の本が次から次へと文庫化されました。地方出身の僕もそれらを読んで「こんな面白いことを書く人がいるんだ」と影響を受けましたが、それ以外にもやってることがほんとに幅広かった。アヴァンギャルドな詩人であり劇作家でありながら、競馬番組で予想してたり、ワイドショーで奥様の人生相談に乗ってたり。当時はタモリさんのモノマネで寺山のことを知った人も多いんじゃないかな。
――今でもそのモノマネはYouTubeなんかで見れますね。
中森 (寺山の青森弁をマネながら)ここにメガネがあります。そして僕も小説を書くときにモノマネから入る。僕はつまりのぞきをやっているわけデシ(※)。まあ、ももいろクローバーZっていうのは、不在の早見あかりによって照らされているわけデシ。
※のぞき 寺山はのぞきで逮捕されたことがある。この事件はスポーツ紙や一般紙でも「書を捨てよ、覗きに出よう」といった見出しとともにセンセーショナルに報道された。
――寺山が言いそうなことを(笑)。
中森 元はと言えば、寺山のモノマネは三上寛さんがタモリさんに教えたことなんですけどね。でも、80年代になって世の中がどんどん明るくなると、寺山のようなアングラな世界の人はネクラと言われるようになった。もはやオーバーグラウンドのメジャーな感じはなくなってしまったから、80年代は案外寺山に向いてなかったんじゃないかな。それが90年代にバブルが弾けたくらいから、大槻ケンヂさんや柳美里さんなど、寺山に影響を受けた世代がどんどん出てきました。そして「失われた30年」の間に、自分探しやメンヘラといった感性と寺山がものすごく合うようになっていった。
――不況や暗い時代とリンクしたんですね。
中森 そうです。実は寺山自身は高度経済成長期に出てきた人で、ユーモアや明るい部分もたくさんあったんですが、寺山のアングラ的な部分は亡くなってからどんどん神格化されていった感がありますね。しかも、さっき言ったように幅広い作品を膨大に残していますから、入り口が多いんですよ。いろんなところから人を惹きつけて、いつでも復権できる。そんな彼のことを、僕は小説の中で「サブカルホイホイ」と表現しましたが(笑)。
■寺山になりきることで、小説の面白いところが書けた
――この小説は、もし寺山修司が今も生きていたら?というパラレルワールドものであり、この40年の日本のサブカルチャーを改変する偽史ものでもありますね。しかも最初は女子高生の一人称で書かれたライトノベル風の文体だったのに、詩や評論が組み込まれ、新聞や地図も差し挟まれる。この小説自体がいわば奇書だと思いました(笑)。
中森 こんな本、まあないですよね。元は『新潮』で連載させてもらったものなんですけど、矢野(優)編集長にもそういう実験的なところを買っていただいたのか、有難いことですね。この単行本にするときも、ページをめくったところでちょうど新聞や地図が出てくるように、組版した後に行数調整しましたから。
――寺山も劇場や映画館という形式をわざと壊して遊んだり、虚実入り交じったことを書くなど、さまざまな実験をしてきました。そんな寺山的なことを小説でやろうとしたんですか?
中森 おっしゃるとおり、単に寺山を題材にするだけじゃなくて、小説それ自体が寺山的になるようなものを目指しました。最近ある媒体で「寺山修司を語るな! 寺山修司を生きろ!」っていう文章を寺山っぽく書いたんだけど、この小説の中でもホントかウソかわからない、寺山的な虚実の揺さぶりをたくさん仕掛けています。
――寺山が『DEATH NOTE』のLの弔事を書いたり、同じく生きていた三島由紀夫と対談するといったくだりは、かなり笑えました(笑)。
中森 ああいうの、面白いでしょ。寺山が大島渚と野坂昭如の喧嘩の仲裁に入って殴られたりね(笑)。あともうちょっと長生きしてたら、いろんな面白いことが起こったと思うんですよ。そういうことを想像して書くのが楽しかったなぁ。あ、『週刊プレイボーイ』が出てることもちゃんと話さないと。
――寺山が、週プレでアイドルたちのヌードグラビアをプロデュースするというエピソードですね。でも残念ながら、今の週プレにはほとんどヌードがないんです。
中森 もちろん、もちろん。だけど『パラレル週刊プレイボーイ』だから(笑)。寺山が生きていたり今の週プレにヌードがあるっていうのはウソだけど、生前の寺山と仕事をした篠山紀信さんや沢渡朔さんはまだとてもお元気じゃないですか。だから、寺山のプロデュースしたアイドルのヌードを篠山さんや沢渡さんが撮る、という虚実入り交じったエピソードを書いたんです。こういうどこまでホントでどこからウソかわからないことって、小説の一番面白いところでしょ? それが今回、寺山になりきって書くことによって思いっきりできたな、という手応えがあります。
■若い女の子が寺山の初期衝動に触れて勇気を得る
――この小説のもうひとつの軸であるアイドルについてもお聞きしたいと思います。どうして寺山とアイドルだったんですか?
中森 僕は寺山の言語を自分の中に入れてこの本を書いたんですけど、寺山っていう人は、ひとつひとつの事象に対して常に彼なりの批評を持っているんです。しかも演劇をやりながら演劇論を書いてるから、僕が演劇なんかをテーマにすると絶対に負ける。しかし、僕はアイドル評論家だから、アイドルなら寺山に太刀打ちできるんじゃないかと。そう思って調べたら、寺山とアイドルについて書いている人はほとんどいないんですが、実は寺山は酒井政利さん(※)と友達だったり、接点はあるんですよ。だったらアイドルというフィールドに引き寄せて書けば、うまくいくんじゃないかと思いました。
※酒井政利 昭和を代表する音楽プロデューサーで、山口百恵をはじめとする数々のアーティストを育成した。
――この本の中には、戦後とアメリカの影をキーワードにして南沙織からAKB48までを語った中森さんの「敗戦後アイドル論」(2014年発表)が、ほぼそのまま収録されています。さらにその後のK-POP隆盛の時代についても補われていて、一種のアイドル/サブカルチャー批評本としても読めます。では、最新の日本のアイドルについてはどう考えられていますか?
中森 うーん、いやまあ、すごいと思ってますけどね。接触やライブはコロナで厳しくなっちゃった部分があるけど、90年代みたいなアイドル冬の時代にはもう戻らないでしょう。なぜなら、今のアイドルはテレビに依存したモデルじゃないから。今のアイドルについて僕がどう思ってるかっていうことは、別のところで本を書いてるので、ちょっとお待ち下さい(笑)。
――あ、そうなんですね。楽しみです。
中森 ひとつ言えるのは、思いもよらなかったアイドルが出てくると、やっぱり面白いじゃない。指原莉乃とか。そう思ってたら坂道がブームになって、な~んだ、やっぱりみんな可愛い女の子が好きなのかって(笑)。その坂道でも、長濱ねるが親に連れ戻されたのがきっかけでけやき坂46ができて、ねるが辞めた後に武道館公演をやっちゃって、日向坂46に改名したりとかね。そのへんの流れはすごいなと思いましたよ。
――ところでこの小説の中では、寺山のかつての行為を告発する章がありますね。15歳の女優を裸にして踊らせたり、そのへんの子どもを連れてきてセックスシーンを演じさせたことを批判的に取り上げている。ただ、今の倫理観の方がより正しいとしても、現在の感覚で過去を断罪するのは難しい部分もあると思うんですが、中森さんはどういうお考えでこの章を書かれたんですか?
中森 今は#MeToo時代で、コーネリアスなんかも20年前のことでたたかれてるわけだから、寺山なんか生きてたら絶対厳しかったでしょうね。でも、昔のことだからOKにしちゃうと、今の小説としてリアリティがないじゃないですか。だからこの本の中では、寺山にプロデュースされる今のアイドルたちの口から「うげえ、キモい」って言わせてるんです。寺山のセクハラ話って探せばどんどん出てきて、情報としては全部この本に入れてるんだけど、それに対する批判もちゃんと書けたのでよかったかなとは思います。
――少女たちが反乱を起こして寺山をやっつけるという展開も描かれますね。
中森 まあ僕も評論家だから、こんな展開を書いたら「おっさんの少女幻想だろ」と言われるのはわかってるんです。これを宇佐美りんが書いたら、そんなこと言われないだろうしもっと売れるでしょう(笑)。ただ僕は、やっぱり今生きている若い女の子たちに寺山修司を越えさせたかったんです。この小説は書きながらどんどん展開が変わっていったんだけど、結局は「アイドルになりたい女の子がアイドルになる」っていう話なんだと思います。
――王道の青春ものと言えますね。
中森 はい、そのへんは自分でも気に入ってますね。でも、寺山修司と出会うことによってその女の子が勇気を得た、っていうのが一番重要で、感動的なんですよ。寺山修司って、一生初期衝動の人じゃないですか。頭がいいから高邁な理屈をこねるけど、根っこは初期衝動で、死ぬまで若かった。この本でそんな寺山の初期衝動に触れて、読んだ方にも勇気を得てもらえばいいなって思います。
■寺山修司のこれを見ろ!
寺山修司の生んだ数々の名作の中から、おすすめ作品を中森明夫がナビゲート。よく知られている「入門編」と、コアな寺山ワールドが炸裂している「沼編」にわけて紹介する。中森いわく「寺山は詩やエッセーだけじゃなくラジオやテレビ番組などいろんなものを作った。それを倉本聰さんが演出してたりするんだけど、誰と組んでも不思議と寺山のテイストになる。そこがすごいですよね」
〇詩集
入門編『寺山修司少女詩集』(角川書店)
もっとも手に入りやすく、内容も若者向けのわかりやすい詩集。「『この世でもっとも孤独な鳥は/ひとり』みたいなアフォリズムもたくさん入っています」
沼編『地獄篇』(思潮社)
虚実入り交じった長編叙事詩。「土俗的でシュールリアリスティック。寺山は換骨奪胎のうまい人でしたが、その一番ぶっ飛んだものがこれです」
〇エッセイ
入門編『家出のすすめ』
家族と離れ自立することを促す、寺山の家族論。「悪徳のすすめ」といった章も。「これと『書を捨てよ、町へ出よう』は、誰しも一度は読んだほうがいい」
沼編『死者の書』
森恒夫、岡本公三ら新左翼活動家について書かれた革命論。「変なエッセイはいっぱいありますが、これは寺山の一番尖った部分が書かれていると思います」
〇映画
入門編『田園に死す』
自らの少年時代を描いた自伝的な映画。「寺山のエッセンスが一番濃い。新宿の駅前にちゃぶ台を置いてみんなで座ってたり、何これ?という面白さがある(笑)」
沼編『ローラ』
切れ目の入ったスクリーンを用いた実験映画。「寺山の戸籍上の弟・偏陸さんがスクリーンの中に入っていくんです。このために偏陸さんは50年、体型を維持してる(笑)」
〇演劇
入門編『毛皮のマリー』
天井桟敷の初期代表作で、現在の美輪明宏が主演。「美輪さんも言ってるけど、寺山のモンスターのような母親がモデルなんじゃないかな。戯曲として面白い」
沼編『盲人書簡』
「見えない演劇」として構想された実験演劇。「観客は、暗い中で限られたマッチを擦って観るんです。だからほとんどのシーンが見えない。ひどいでしょ(笑)」
〇作詞
入門編『あしたのジョー』(歌:尾藤イサオ)
有名なオープニングテーマの作詞を手掛けたのは寺山。「寺山はこの作品に熱狂し、ライバルの力石徹が作中で死んだ際は、葬式を企画しました」
沼編『ひとの一生かくれんぼ』(歌:日吉ミミ)
『男と女のお話』などで知られる日吉ミミのヒット作。「寺山ワールドそのままの作品。寺山は日吉ミミのリサイタルも演出しました」
〇テレビ
入門編『あなたは......』
今で言う「街録」風に、街ゆく人にマイクを向けたドキュメンタリー。「23年2月から、これをリブートした映画(『日の丸 寺山修司40年目の挑発』)も公開されます」
沼編『一匹』
寺山脚本、和田勉演出のテレビドラマ。「少年が飼っていた牛が、東京に送られて食肉になるという強烈な内容。数年前にもNHKで再放送されていました」
●中森明夫(なかもり・あきお)
1960年、三重県生まれ。作家、コラムニスト、アイドル評論家。80年代に「新人類」として登場。新たな価値観を持つ若者世代の代表として多数のメディアに登場しながら、コラムや評論を大量に手掛けた。代表的な著書に『東京トンガリキッズ』『アイドルにっぽん』など。2010年に出版した初の純文学作品『アナーキー・イン・ザ・JP』は三島由紀夫賞候補になった。
公式Twitter【@a_i_jp】