男にとって年を重ねるたび精力が徐々に落ちていくのは避けられないことだ。しかし、だからといって惰性の射精(セックス&オナニー)はしたくない! というわけでこの特集では具体的な健康法というより射精に関する「心構え」「行動規範」の話をしたい。30代からでも始められる「射精道」を学ぼう!
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■『武士道』と射精
『射精道』(光文社新書)は昨年9月14日に発売され、今もじわじわ売り上げを伸ばしている。書店で見たら思わず足を止めてしまうインパクト大のタイトルだが、その内容は新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)の『武士道』をベースに【陰茎を持って生まれた男性が、射精に伴う性生活を送るうえで守るべき道】を語る至極まっとうなもの。
30歳を超えると年を取るたびに精力は衰えていくもの。中にはパートナーとのセックスレスという難題に向き合っている人もいるはずだ。では、俺たちがよりよい性生活を送るために心がけるべき「射精道」とは? 著者の泌尿器科医、今井 伸(いまい・しん)先生に聞いた!
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――なぜ射精を『武士道』になぞらえたんですか?
今井 伸(以下、今井) 両者には相通ずるところがあると思ったからです。例えば『武士道』では、あらゆる知識は人生における具体的な日々の行動と合致しなければならないという「知行合一」を説きました。
武士は幼少の頃から「刀」の正しい扱い方や道徳、倫理を学びます。そこで得た知識や育ててきた心を持って、初めて刀を持って往来を歩くことができる。
陰茎も同じように、正しい扱い方と使い方を知識として得て、それによって心の育成をしなければなりません。
ほかにも「卑劣な行動、不正な振る舞いをしてはならない」ことを説く武士道の徳目「義」は、射精道においても同じ。性犯罪は論外であるのはもちろん、相手が望まない性行為を強要したり、相手の体や心を尊重しない形での射精は「射精道」に反します。
このように「武士道」が良しとすべしことには、射精においても当てはまるところが多い。なので、良い射精をするための行動規範を「射精道」として名づけたんです。
■勃起力の鍛え方
――今回、『射精道』の中から30、40代の男性に刺さりそうな〝徳目〟をピックアップ。まずは【①良い射精は頻回の射精に宿る】から。
今井 射精は何回しても健康上に悪い影響はないとされています。射精の回数が多いほど、前立腺がんの発病リスクが下がるという報告もあります。
逆に射精の回数が少ないと、精子の運動率が下がり、正常形態の精子も少なくなり、精子濃度も低下します。なので、妊活をしている人はもちろん、そうじゃない人も積極的に射精はするべきです。
――続いて【②過去の栄光にすがるべからず】。
今井 先ほど射精は何回してもいいと言いましたが、とはいえ年を取ったり、仕事で忙しくなったりすると、個人差はありますが、若い頃のような性的能力を維持するのは難しくなります。また、パートナーも同様にお年を召してくると、若い頃のようなセックスは望まなくなります。
そして、性的刺激を得るためには若い頃よりも努力が必要です。もしパートナーの同意を得られるなら、やってみたことがないことをしてみたり、いつもと違う場所にしてみたり、互いの刺激を探り合うのがいいでしょう。
――工夫することが大事なんですね。
今井 そうです。一方で、相手がつらそうならば射精を諦める心の余裕と心がけも必要です。やはりセックスは相手とのコミュニケーションが肝要。互いに喜びが得られる方法を一緒に探ることを面倒くさがらないでください。
――【③相手と性について語り合うべし】ですね。では【④硬い勃起にこだわるべからず】について。僕(38歳)、最近、勃起が柔らかくなってきた気がするんですよね......。
今井 でも、女性は男性が考えているよりも硬い勃起を求めてはいません。実際、「硬いかどうかなんて挿入したらあまりわからない」という女性は多いです。
腟(ちつ)はその構造上、感覚があるのは入り口から数㎝付近だけで、奥のほうはほぼ無感覚。なので、感覚のある腟の入り口付近をいかに刺激するかが大事で、刺激をするのは指であってもよく、硬い陰茎の挿入にこだわる必要はありません。
ただ勃起力を維持するための〝鍛え方〟を指南するなら、筋力の衰えはそのまま性機能に関係していて、中でも下半身の筋力が重要です。そして、しっかりとした勃起維持には、恥骨と肛門の間にある「骨盤底筋」の強度が欠かせない。これは棒状の海綿体「陰茎海綿体」の根元を支える働きをしています。
この骨盤底筋を締めると陰茎が勃起時に硬くなり、反り返るんです。勃起の角度が下がってきたり、柔らかくなってきたりすることが気になる人は、通勤時や空いた時間を使って肛門をギュッと引き締めるようにお尻に力を入れて、骨盤底筋を鍛えてみましょう。
――僕はランニングを習慣にしているんですが、これで勃起力は鍛えられますか?
今井 はい。でも、やりすぎはダメ。「1ヵ月の走行距離が200㎞」を超えると、走行距離が増えるほどテストステロン値が低下すると報告されています。ジョギング以外の運動をやっている人も、できれば走るのは月150㎞以下にしておいたほうがいいですね。
――【⑤オナニーを忌避するべからず】は?
今井 年齢が高いほど、オナニーへの忌避感を持つ傾向がありますが、僕は何歳になっても恥ずかしいことではないと思います。
先ほども述べたように射精の健康効果も軽視できない。パートナーがいたとしても互いのタイミングが合わないときはあります。そこでストレスをため込むのは互いにとってよくないこと。どんどんシコるべきです。
――その際、【⑥3回我慢してから4回目に出せ】を実践してみるということですね。
今井 そうですね。流れに任せて我慢せず射精すると、出る精液の量は少なくなります。しかし、ある程度我慢してから出すと精液の量と勢いがある、「気持ちいい射精」になるんです。
僕はその目安を「3回我慢して、4回目に出す」としていますが、これは何回でもいい。自分のベストな射精のリズムを見つけましょう。これを定期的にやれば早漏改善のトレーニングにもなります。
――では最後に【⑦強い刺激のネタばかりを続けるべからず】について。
今井 AVなど刺激が強いおかずばかり使っていると〝妄想力〟が減退します。
偉大な性科学者カプランは、セックスは「妄想と摩擦」との名言を残しています。妄想できなくなったら、興奮度は下がる。妄想力は若い人はもちろん、中高年も維持したい力です。
そこで、刺激が強いもの、中くらいのもの、弱いものといった順におかずをローテーションすることで、バランスを取ることを推奨しています。
■射精は〝技術〟だ
今井 僕は「男性の性教育」の普及に力を入れていまして、そのきっかけがあります。
ある日、泌尿器科の外来に「子供が欲しいけど、セックスができない」という夫婦が来ました。男性が30代後半、女性が20代前半のカップルです。ふたりは婚前交渉なしで結婚して、1年半が経過したけど、一度もセックスができていなかった。だから男性は童貞、女性は処女でした。
――プラトニックですね。
今井 男性側の基本的な検査としてまず精液検査をお願いしました。ところが、男性は「やり方がわからない」と言う。実は、自分の手でしごいて射精をしたことがなかったんです。
これまで壁や布団などにこすりつけて射精する、いわゆる「床オナ」しかしてこなかったので精液検査ができなかった。床オナが常態化した人は半勃起で射精することが多く、精液も飛び出るのではなく染み出る感じになる。そして、それはセックス時に射精できない「腟内射精障害」の原因にもなります。
――童貞の床オナニストと処女の年の離れたカップルに妊活指導......かなりハードなミッションですね。
今井 ええ。正しいオナニーの方法など、基本的な性教育から始め、いろいろな方法を試しました。でも、約1年半にわたり夫婦にカウンセリングし続けましたが、結局うまくいかなくて、いつの間にか診察に来られなくなりました。
そのとき思ったのが射精は簡単なことじゃない、ということ。この男性は極端な例ですが、射精障害で悩む男性は少なくない。正しい方法で練習し、試行錯誤の末、初めて良い射精に至れるのだと。
――射精は技術なんですね。
今井 「射精は一日にしてならず」。そして〝正しい方法〟は早いうち、できれば思春期までに学んでおくべき。
しかし、教育現場を見てみると、今は女性の性教育は充実しつつありますが、男性の性教育、中でも射精については後回しにされがち。なので僕が講演会や執筆活動などでその重要性を広めているわけです。
もちろん、思春期だけでなく、妊活中の人や中高年にとっても射精に関して学ぶべきことがある。その思いで『射精道』を書きました。
●今井 伸(いまい・しん)
1971年生まれ、島根県出身。聖隷浜松病院リプロダクションセンター長、総合性治療科部長。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門は性機能障害、男性不妊、男性更年期障害。共著に『中高生からのライフ&セックス サバイバルガイド』(日本評論社)、『セックス・セラピー入門』(金原出版)、『中高年のための性生活の知恵』(アチーブメント出版)