家康もびっくり!?
NHK大河ドラマで話題の徳川家康が、江戸に幕府を開いたのは今から420年前。1603年のことだった。そのときの日本には、どんなお店や商品があったのか?
当時から現在まで続く400年超えの名品を老舗(しにせ)トラベラーの相川知輝氏に聞いた。
「創業100年を越える老舗企業が世界で一番多いのは日本です。世界の約40%を占め、帝国データバンクによると4万社を超えています。また、江戸開府以前に創業された企業は152社が確認されています。
その中で一番古いのは建築工事業の『金剛組』(大阪府)。創業は578年で、聖徳太子の命を受けて四天王寺の建設に携わりました。2番目が生け花の『池坊華道会』(京都府)。3番目が旅館業の『西山温泉、慶雲館』(山梨県)です。
慶雲館は、大化の改新(645年)の中心人物だった藤原鎌足(ふじわらのかまたり)の息子、真人(まひと/定恵[じょうえ])が見つけた温泉のそばにできた簡易宿泊所が大元だといわれています。武田信玄や徳川家康も訪れたそうです。
「西山温泉(にしやまおんせん)・慶雲館(けいうんかん)」[705年創業/山梨県]藤原鎌足の長子、藤原真人が発見した甲斐(山梨県)の秘湯で、「武田信玄の隠し湯」と呼ばれ、徳川家康も訪れたといわれている。加温・加水のない源泉を使用。【山梨県南巨摩郡早川町湯島白沢83/0556-48-2111】
慶雲館
昭和初期の頃の慶雲館
饅頭(まんじゅう)発祥の店といわれているのが『塩瀬総本家』(東京都)。塩瀬の創業者は肉が入っている中国の饅頭(マントウ)にヒントを得て、肉食が許されない僧侶のために小豆餡(あずきあん)を入れた饅頭を奈良で売り出しました(1349年)。
それが評判を呼び、室町幕府八代将軍の足利義政から『日本第一番本饅頭所林氏塩瀬』という看板を贈られました。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らにも愛好された日本を代表する饅頭です。
「塩瀬総本家(しおせそうほんけ)」[1349年創業/東京都]織田信長・徳川家康連合軍が武田勝頼を破った長篠の合戦(1575年)。家康は塩瀬の本饅頭(写真)を兜(かぶと)に盛って軍神に供え戦勝を祈願したという。【本店・東京都中央区明石町7-14/03-6264-2550】
塩瀬総本家
明治後期に数寄屋河岸、霊岸島にあった店舗
西暦1000年創業とされる『一文字屋和輔(わすけ)』(京都府)は、白味噌で作ったタレがかかったあぶり餅です。昔から続く味つけですが、白味噌を食べ慣れていない人からすると、すごく今風な味に感じられると思います。この味を昔から提供し続けていると思うと驚嘆します。
「一文字屋和輔(いちもんじやわすけ)」[1000年頃創業/京都府] 994年創祀の京都市にある今宮神社。ほぼ同じ時期に門前で創業したというのが「一文字屋和輔」。現在まで続いて売っているのはあぶり餅のみという徹底ぶり。【京都府京都市北区柴野今宮町69/075-492-6852】
一文字屋和輔
大正時代の一文字屋和輔
金比羅(こんぴら)山参道にある『五人百姓 池商店』(香川県)は、金比羅山の神事で使われる飴を作り続けている店。最近はその飴を使ったひやしあめラテも作られていて、伝統と革新の融合を感じられます。
「五人百姓 池商店(ごにんびゃくしょう いけしょうてん)」[1245年創業/香川県] 先祖の功労により香川県金刀比羅(ことひら)宮の境内で、特別に商売することを許可された5軒のうちの一軒。付属の小づちで叩いて割ってご利益を分け合うこんぴら名物の「加美代(かみよ)飴」を製造・販売している。【香川県仲多度郡琴平町933/0877-75-3694】
五人百姓 池商店
五人百姓 池商店
『まるや八丁味噌』(愛知県)は、大豆と塩と水から造る豆味噌。1337年に創業し、岡崎城から八丁の距離にあるため『八丁味噌』と名づけられたのですが、農林水産省の制度変更によって2026年から『八丁味噌』の名前が使えなくなる可能性も出ています。
「まるや八丁味噌(はっちょうみそ)」[1337年創業/愛知県] 徳川家康誕生の地、愛知県岡崎市。岡崎城から西へ八丁(約879m)にある1337年創業の味噌蔵で、江戸時代から造られているのが八丁味噌だ。【愛知県岡崎市八丁町52/0564-22-0222】
まるや八丁味噌
まるや八丁味噌
1573年創業の『室次(むろじ)醤油』(福井県)は、現存する日本最古の醤油蔵元です。坂本龍馬も味わったとされ、幕末に欧州に醤油を輸出。今の海外の醤油ブームのきっかけのひとつかもしれません。
「室次醤油(むろじしょうゆ)」[1573年創業/福井県] 戦国大名・朝倉氏の家臣の家族が1573年に上神明町(現・福井市)で創業。幕末の頃、欧州に醤油を輸出し、財政難だった福井藩を救った。この頃、福井に頻繁に来ていた坂本龍馬が室次の醤油を使っていたという。【福井県福井市田原2-4-1/0776-22-8227】
1160年創業のお茶の『通圓(つうえん)』(京都府)もご主人が代替わりされて、インスタライブでお茶会を開くなど新たな試みが楽しいお店です。
「通圓(つうえん)」[1160年創業/京都府]豊臣秀吉や徳川家康が「通圓茶屋」でお茶を飲んだという記録があり、店には一休和尚からもらった「初代通圓」の木像も祭られている。【京都府宇治市宇治東内1番地/0774-21-2243】
通圓
昭和初期の通圓茶屋。江戸時代の建築の名残がある
日本は世界一老舗が多い国です。老舗巡りは、その商品が『なぜ、そこで売られているのか』『なぜ、愛され続けてきたのか』という歴史をひもとく楽しさがあります。また、歴史の教科書に出てくるような人が食べていたり、使っていたものを自分が試してみるのは、タイムスリップしたような気持ちにもなれます」
家康が話題になっている年だからこそ、創業400年超えの名品を味わうのも楽しいかもしれない。
「五郎兵衛飴(ごろべえあめ)」[1181年以前創業/福島県] 1189年、源頼朝に京を追われた義経が、奥州(岩手県)の平泉に逃げる途中に立ち寄り、武蔵坊弁慶と共にこの飴を食べたといわれている。また、そのときに弁慶が書いた自筆の借証文も残っているという。【現在、店舗での販売はなく、卸販売のみ】
「伊場仙(いばせん)」[1590年創業/東京都] 正確な創業年が不明のため初代の誕生した1590年を創業年としている。初代の父が徳川家康と共に三河(愛知県)から江戸に移り、和紙や竹を扱う商いを始めた。江戸中期に扇子とうちわを作り始め、江戸幕府御用達のうちわ商に。【東京都中央区日本橋小舟町4-1/03-3664-9261】
伊場仙
「須藤本家(すどうほんけ)」[1141年以前創業/茨城県] 創業は平安時代の1141年以前といわれ、初代の本業は武士で、副業として酒造りをしていたという。日本最古の酒蔵であり、欧米にも多く輸出されていて評価も高い。予約制だが酒蔵見学もできる。【茨城県笠間市小原2125/0296-77-0152】
「飛良泉本舗(ひらいずみほんぽ)」[1487年創業/秋田県] 秋田県の霊峰・鳥海山の麓で、空気中の乳酸菌や微生物の力を借りて酵母を育てる、昔ながらの山廃仕込みで現在も酒造りをしている東北最古の酒蔵。「飛びきり良い白い水」から「飛良泉」になった。【秋田県にかほ市平沢中町59/0184-35-2031】
「剣菱酒造(けんびしじゅぞう)」[1505年以前創業/兵庫県] 1703年、赤穂浪士が討ち入りの前に飲んだとされている。また、八代将軍・徳川吉宗の御膳酒にも指名された。『東海道五十三次 日本橋』の絵中にも剣菱のロゴマークが描かれている。江戸時代から大人気だったお酒。【兵庫県神戸市東灘区御影本町3-12-5/078-451-2501】
撮影/村上庄吾(室次醤油・醤油、伊場仙・うちわ、須藤本家・清酒、飛良泉本舗・清酒、剣菱酒造・清酒) 写真/アフロ(徳川家康の肖像画)