ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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僕が住む練馬区の石神井公園という街の、駅からそう近いわけでもない街道沿いに、突然なにやらおしゃれな飲食店が出現したのは2020年のこと。
店名を「ムームー・サンドウィッチワークス」と言い、その名のとおり、サンドイッチがメインの店。が、試しに入ってみると、カフェ的な利用もOKだったり、パンケーキ類などのメニューもあったり、営業時間中はいつでも酒が飲めたりと、ものすごく自由で居心地のいい店で、一発で大好きになった。近年はさらにメニューが進化し、さらにどんどん楽しい店になっている。
なにより、ここのサンドイッチが超絶に美味しく、初めて食べた時は本当に感動した。
いちばんの名物メニューである、自家製のパストラミビーフを使った「パストラミビーフルーベンサンド」が1730円と、ぶっちゃけ、サンドイッチとしてはかなり高級だ。けれども、食べれば納得。大人ふたりでシェアしてもじゅうぶん満腹になるくらい巨大なサンドイッチに、色とりどりの野菜がたっぷり。そして、まるでレアステーキにかぶりつき、口いっぱいにほおばっているかのような感覚になる、これでもかと詰め込まれたパストラミビーフ。
サンドイッチと聞けば高く思えるかもしれないけれど、純粋に"こういう美味しい料理"として考えた場合、むしろお得にすら感じる。たまに奮発して美味しくて健康的なものが食べたくなったとき、こういう店が近所にあるのは、本当にありがたいことだ。
また、その明るさで誰からも慕われる店主、綾子さんの人がらもまた、ムームーの魅力。ありがたいことに、これまで何回か一緒にお酒を飲ませてもらったりもして、すっかりお友達感覚だ。綾子さんはお酒好きで、夜の石神井の街で飲んでいると、飲み屋で偶然出会うなんてことも。
先日もそんなことがあり、しばし世間話などをさせてもらって解散した翌日、スマホにLINEが届いていた。見ると、「昨日はびっくりでしたねー。また飲みましょう!」みたいな普通の内容だったのだけど、そのあとにさらっと、衝撃の事実が綴られている。
「それと、ムームー閉店します」
えー!! いやいや、やだやだやだ! いつ? まだ開店から3年も経ってないし、最近はいつ店の前を通っても大にぎわいで、満席で入れないこともあるほど大人気だったのに、なぜ!? 突然のことで意味がわからなすぎる......。僕はすぐ、ムームーを訪れた。
まずはビールをもらって喉を潤しつつ、あぁ、いつものことながら居心地のいい店だと、空気感ごと味わう。サンドイッチはなににしようかな。そういえば、大好物なくせにこの店ではまだ「カツサンド」を食べたことがなかった。それにしてみよう。
ちびりちびりとビールを飲みつつ待つこと数分で、カツサンドが完成。やっぱり、目の前に届いたときのテンションの上がりかたが、僕の知る他のサンドイッチとは段違いなんだよな。うおー、これこれ! この迫力こそがムームーのサンドイッチ! っていう。
開けられる限界まで大口を開け、具材がこぼれないよう慎重に、がぶりとかぶりつく。香ばしいパン、それぞれにていねいな下処理がされ、いろんな味や食感が口のなかに広がるしゃきしゃきの野菜たち、そして、驚くほど柔らかく、サクッとした衣の下から豚の旨味があふれ出るカツ。ムームーのサンドのなかでは珍しくソース味なのも新鮮だ。やっぱり、来るたびに、こんなに美味しいものが食べられるなんて......と幸せいっぱいな気持ちになれるのが、この店なのだった。
ところで綾子さんに、肝心の衝撃の事実についてのお話を聞くと、「いや~、いろいろあるんですよ!」と、いつもの調子ではぐらかされてしまった。けれども、これからもご自身の料理を作る仕事をしたい気持ちはあるという、前向きな言葉が聞けたことには救われた。
ただ、まだ正式決定ではないものの、少なくともあと3ヶ月くらい以内には、石神井公園のムームー・サンドウィッチワークスはなくなってしまうらしい。
この超絶にうまいサンドイッチを、僕は人生であと何回食べられるんだろう? あまりにも突然のことで、まだなんだか、うろたえてしまっている。