ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

日清の「どん兵衛」をパロディにした「のん兵衛」というデザインの片隅に、明らかに僕が昔描いた、酒を飲んでいるたぬきのイラストを無断引用で配置し、あまつさえそれを商標登録に出願しようとしている人物がいるらしい。友達がネットで情報を見つけ、そのことを教えてくれたのは、今から2週間ほど前のことだった。

僕もパロディ文化は好きだし、多少似ているとか、モチーフにしているとか、イラストをおもしろおかしく脚色しているとかであれば、まぁいいか、くらいで済ましていたことだろう。けれども、どう見ても僕の描いた絵を、なんのこだわりもなしに盗用しているとなれば、さすがに黙って見過ごすわけにはいかない。それにそもそも、あまりにも安直なおもしろ系デザインで、そこに自分のイラストが使われていることが不本意すぎるのだ。

なんだか面倒なことになったなぁと思いつつ、TwitterなどのSNSでは心優しき方々が「こういうふうに対応するといいですよ」とアドバイスをくれたりし、それを参考に、まずは特許庁に連絡。そこから「知財総合支援窓口」を紹介してもらって、さらに、無料の弁理士相談の予約をお願いし、実際に話を聞いてきたのが数日前。

ここに至るまで、すでにけっこうな時間と労力を消費している。まったくもって割に合わない。けれども、今までにない人生経験をしているという部分においては、案外楽しんでいる自分もいる。

で、弁理士さんに聞いた話によると、自分が考えていたよりもまぁまぁ面倒な事態で、今後はさらに、ツテを伝って弁護士さんなどとも相談してゆくことになりそうだ。それでも、ほっておくというわけにはいかないから、対応はするしかない。とにかく右も左もわからない状況だったから、今なにをすべきかがわかっただけでも、とてもありがたい時間だった。

さて、今後なにをすべきかがわかったところで、いったんこの問題は忘れよう! そして、昼食を食べないままにもう、午後2時過ぎになっている。なんかこう、テンションが上がるものをパーっと食べよう! ただ、今いる場所は、勝手がわからないにもほどがある「虎ノ門」の街。そもそも飲食店なんてあるんだろうか? そこからしてわからない。とりあえずふらふらと散策しながら、駅方面に向かってみる。

するとある立派なオフィスビルの1階がフードコートになっていた。大好きな丸亀製麺もあれば、沖縄そばやカレーの専門店、「肉の万世」の麺専門店、ベルギービールの「デリリウムカフェ」まである。いいかもいいかも。なんつってフロアを一周し、いちばん気になったのが「ミスターハングリー」という店だった。

「ミスターハングリー」 「ミスターハングリー」

どうやらパスタ専門店のようで、ふだんの僕ならばすすんで入らないジャンルではあるものの、看板にかかげられた「焼きスパゲッチ」という文字がなんとも興味深い。しかも、一押しメニューらしき「ナポリタン」が、なんと500円。テイクアウトは100円引きで、大盛りは+100円で、特盛でも+200円。ここは本当に日本を代表するオフィス街? って安さだ。

無性に気になるぞ 無性に気になるぞ

これはもう、入ってみなければ気がすまない。こんな時間でも数人の待ち客がいることからして、かなりの人気店らしいが、眺めていると回転率も良さそうだ。すかさず行列の最後尾へ。

焼きスパゲッチメニュー 焼きスパゲッチメニュー サイドメニュー サイドメニュー
王道のナポリタンはもちろん、月替わりのメニュー、特に「豚バラと芽キャベツの焦がしニンニクトマトソース」なんてとてもそそられるけれど、大好物の「カレー」と焼きスパゲティとの融合っぷりがどうしても気になる。ここは、「キーマカレー」か。

そしてドリンクメニュー。見るとソフトドリンクしかないけれど、念のため店員さんに「ビールなんかはないですか?」と聞いてみると、小瓶ならあるそうで、それをお願いする。で、パスタが来るまでの間、早く来そうなサラダをつまみに待っているのもいいかなと、「10品目のサラダ」も注文。

「瓶ビール」(540円) 「瓶ビール」(540円)
さっそくビールと、キャベツの酢漬け? ピクルス? が一緒に運ばれてきた。一瞬お通しかと思ったら、これはお客さん全員に供されるサイドメニューのようだ。 続いて、10品目のサラダもすぐに到着。パスタが届く前に、このサラダにまず圧倒されてしまった。というのも、あまりにも盛りが良すぎるのだ。

でかっ!  でかっ!
とにかく大量の生野菜に、サウザン風のドレッシングがかかったシンプルなサラダなんだけど、食べれば食べるほど体が喜ぶようで、とてもいい。これが170円は驚きだ。もりもりほおばってはビールをぐびり。なんだかぐんぐん元気になってきたぞ。本当、自分って単純だ。

そしていよいよ、焼きスパも到着!

「焼きスパゲッチ キーマカレー(550円)」 「焼きスパゲッチ キーマカレー(550円)」
これまた盛りがすごい。麺がぶっといので写真だと小さめに見えるかもしれないのがもどかしいけれど、目の前にした迫力はかなりのものだ。

たまらない香りが立ち上る たまらない香りが立ち上る
"焼き"を謳うだけあり、麺がところどころ焦げている。食感は基本的にもちもちで、ただし焦げ部分はバキバキというかカリカリというか、その食感のバリエーションがすごく楽しい。

カレーは本格スパイス系というよりは、どちらかというと甘めの和風寄り。日本人ならば誰もが好きなわかりやすい味だ。そこによ~く火の通った玉ねぎ、ピーマン、それから、ごろごろっとしたひき肉が加わる。こんな組み合わせ、もう、うまくないわけがないだろう。

ズルズルすするというよりは、ガツガツと口に詰め込み、ひたすらに噛みしめて味わう。何口食べてもうまい。合間合間に口のなかの濃い味を洗い流すビールがこれまたうまい。

ここまで振り切れているならばもう、チーズやタバスコによる味変も、遠慮なくいってやれ! と、残り半分くらいになったパスタにドサドサとかける。

これでもかと これでもかと
わはは、これまたやんちゃなんだから! と思わず笑みがこみあげてくるようなわかりやすい美味しさ。最終的に、並盛りでお腹はパンパンになったけど、ラストまで走り抜けることができた。

あらためて、これで550円はすごいな。気づけば憂鬱だった朝の気持ちはすっかり消え、帰り道は「ミスターハングリー、家の近所にもできてくれないかな~」なんて、のんきなことばかりを考えていた。

ちなみに家に帰ってから調べたところ、こういったジャンルのパスタを「ロメスパ」というらしい。これは「路面スパゲティ」の略で、特徴は、有楽町の有名店「ジャポネ」に代表されるような「路面店発祥」であること、「麺がゆでおきで、それを炒めて提供」すること、「極太麺」であること、などだそう。

なんだか聞いたことはあったけど、よくわかっていなかったロメスパの世界。がぜん気になってきたぞ......。

パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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