ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

年度末ということもあってか、この3月末、大好きだった地元の焼鳥屋、豆腐屋、ローカルスーパーが、一気に閉店してしまった。悲しすぎる。まさに、別れの季節だ。

そして別れといえばもうひとつ。会社を辞めて"酒場ライター"として独立してから、気がつけばもう5年目に突入した。その独立初日から、仕事場として使わせてもらっていた場所がある。それが、僕もこれまでに何冊かの著書を出させてもらっている出版社「スタンド・ブックス」。

スタンド・ブックスは僕の住む練馬区の石神井公園という街にある、築50年の平家の民家をリノベーションした小規模な出版社だ。偶然にも、僕の家から歩いても気軽に行ける位置にある。それ以前にもお付き合いはあったんだけど、僕が独立するタイミングで、使っていないデスクがひとつ空いているというので、そこを破格の賃料で貸してもらえることになった。フリーになったとたんに自宅以外に仕事場が持てるとは、なんという幸運か。

しかもその環境が、どこを探したってそうそう見つかるものではないくらい素晴らしかった。隣は雑木林、正面は公園、車通りも少ない裏通りにあるからとても静かで、時折、公園の先にある高架を通る西武池袋線の通過音が、心地よく聞こえるくらい。

フリーになって初めての仕事場 フリーになって初めての仕事場

時は流れて昨年の夏、僕は一念発起し、このデスクを解約して、小さな個人の仕事場を借りた。スタンド・ブックスのデスクには、それまでの約3年ぶんの思い出が、たっぷりと詰まっている。

で、なにが言いたいかというと、そのスタンド・ブックスもまた、この4月から、新宿に移転してしまうことになった。そこで3月末、代表の森山さんの「残った荷物は置いておいてもらってもいいですよ。いつでもとりに来てください」というお言葉に甘えまくり、残してしまっていた荷物のピックアップに、久しぶりに以前の仕事場を訪れた。荷物は主に、酒やつまみの撮影用小道具として使っていた食器類で、それらを、持ってきたカートに詰め込み、がらんとしたデスクを眺めると、さすがに寂しさがこみあげてくる。

3年間お世話になったデスク 3年間お世話になったデスク

そのカートをえっちらおっちらと、これまた地元にある現仕事場まで運び終えたら、なんだか肩の力が抜けてしまった。人生にたまに訪れる小さな節目というか、まぁ、ひと区切りだ。

こういうときは、とにかくぱーっと、好きなもんを食おう! そんでもって明日、4月1日からまた、仕事やら生活やらをいろいろとがんばっていこう! となると、やっぱりカレーだな。ごく普通のカレーでいい。けれども、その上にカツがのってくれていたりしたらなおありがたい。つまり、カツカレーだ。

なんて考えながら、現仕事場の最寄りである大泉学園駅前までやってきた。カツカレー、どこで食べられるかな~と、ひとまずあたりをうろうろ。すると、昔ながらのチェーン居酒屋、信頼と実績の「養老乃瀧」のランチメニューにカレーの文字を発見。

近寄って確認すると、純粋カツカレーではないものの「黒毛和牛メンチカツ・鮭チーズ入りクリームコロッケカレー」という、やたらと魅力的なメニューだ。しかも、税込み660円と、お手頃にもほどがある。よし、これしかない!

大泉学園「養老乃瀧」 大泉学園「養老乃瀧」

この日のランチメニュー この日のランチメニュー
店内のテーブル席に着き、さっそくカレーと、無論一杯やりたいから、ホッピーセットを注文。すると店員さんから意外なひと言が。

「すみません、鮭がなくなってしまって、かにになってしまうんですが、よろしいでしょうか?」

わはは。これまでも、そしてきっとこれからも、二度と人から聞かれることはないであろう質問。なんだか妙におかしい。それに、恐縮そうに聞いてくれているけど、なんなら鮭より豪華だし。もちろん否定する理由はなく、力強く「もちろんです!」と答える。

「ホッピーセット(白)」(429円) 「ホッピーセット(白)」(429円)

カレーを待つ間、まずはごくごくっとホッピーでのどを潤す。一応肉体労働もしてきたあとだから、ものすご~く沁みる。それにしても、好きなんだよなぁ、居酒屋ランチ飲み。それも、お昼のピークタイムを過ぎてちょっといなたい空気になった、だらりとしたこの時間帯。ここは居酒屋であるからして、夕刻以降ならばひたすら「なにをつまもうか?」問題に悩まされるし、それが楽しさでもある。

けれども居酒屋ランチ飲みは、いったん注文をしてしまえば、なにも考えずに届いた品をつまみに飲めばいい。そのなんというか、モラトリアム? ゆとり感? に、他にない独特のゆるさがあって、好きなんだよなぁ。

カレーが到着 カレーが到着

そうこうしていると、「黒毛和牛メンチカツ・鮭チーズ入りクリームコロッケカレー」あらため「黒毛和牛メンチカツ・かにクリームコロッケカレー」が到着。

小鉢とみそ汁がついてこの値段は、あらためて安い。そしてまた、春雨と鶏むねときくらげなどのあえもの、ねぎとわかめの、ほんのり煮詰まったからか塩気強めのみそ汁。どちらもいい酒のつまみになる。

カレーも完璧にうまそうだ カレーも完璧にうまそうだ

そしてカレー。かにクリームコロッケも、メンチカツも、例えるならば想像していたのがピンポン玉だとしたら、それに比して、ソフトボール......は言いすぎか、テニスボール大くらいはある。つまり、でかい。つまり、嬉しい。

見た目からして間違いなし 見た目からして間違いなし

まずはカレーライスオンリーで食べてみると、煮込まれた野菜や肉がどろどろに溶けた旨味と、甘めでスパイシーな味わいとあいまって、めちゃくちゃうまい。こういうのこういうの、今食べたかったカレー。

かにクリームコロッケ かにクリームコロッケ

揚げたてのかにクリームコロッケは、あっつあつのとろっとろ。ほんのりとかに風味の甘いホワイトソースとさくさくの衣、そこにまとわりつくカレー。ホッピーがすすんでしょうがない。

メンチカツ メンチカツ

メンチカツにも驚いた。わざわざ冠に"黒毛和牛"とつくだけあり、濃厚かつ上品な牛の旨味がものすごい。ただならぬこだわりを感じる。白メシにもホッピーにも、合うなぁ。あぁ、ひと口ごとに力が湧いてくる。

考えてみれば、平日の日中にこんな好き放題が許されることは、会社員時代はありえなかった。もちろんその体験をこうして原稿にしている時点で、それは仕事でもあるんだけど、あらためて、今の自分がこうしてふざけた仕事ができている状況に感謝したい気持ちになった。

さて、ここからはまた気持ちを切り替えてがんばっていこう。明日どんなつまみ、そして酒に出会えるかな......。

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