ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

中目黒で取材を1件、代々木に移動して打ち合わせを1件、ふたたび中目黒に移動して取材を1件という、なかなか不思議に忙しいスケジュールの午後だった。

最初の仕事を終え、遅刻などしないようすぐに代々木に移動する。時刻は午後3時すぎで、打ち合わせは4時から。昼食がまだだからなにか食べておきたい。猶予は約45分といったところか。ギリギリだな......まぁ、代々木ならなにかしらあるだろう。と、あてもなく歩きだす。

西口方面を出てすぐの老舗町中華「山水楼」は、ちょうどランチ営業が終わってしまったところらしい。その他、ちょっと気になる個人店はたいてい営業時間外だったが、時間が時間だけにしかたない。かといって、他の街にもあるチェーン店というのもなぁ。

と、時間がないくせに脳内で贅沢を言いはじめている。何度も経験しているからわかるけど、いったんこういうパターンにおちいると、どんどん焦りがつのりだすし、視野も狭くなってゆく。ただ昼メシを食べるだけなのに。食や酒に意地汚い人間特有のあるあるというやつだ。

やってたら入りたかった  やってたら入りたかった
刻一刻と制限時間がせまってくるなか、こんどは線路を渡って東口方面に移動してみる。すると、駅前一帯が「ほぼ新宿のれん街」という、再開発された飲食店街になっていた。いつからこうだったんだろ? と思って、今調べてみたら、オープンは2017年だそう。5年前か。代々木、来てなさすぎ。

「ほぼ新宿のれん街」  「ほぼ新宿のれん街」
で、そのあたりを一周してみると、どうやら古民家を改装した店が集まったエリアのようで、開放的なテラス席のある店も多く、なんだかいい雰囲気だ。ちらほらと営業中の店もある。けど、ここはあらためて、何人かでゆっくり来たい場所だよなぁ。

ここで飲んだら楽しそう ここで飲んだら楽しそう
......なんてことをしていたら、もはや食事をしている時間はなくなってしまった。なんて優柔不断、なんてバカ。とりあえず、空いた腹をさすりながら指定の喫茶店に向かうしかない。

「喫茶かんな」 「喫茶かんな」

たどり着いてみるとそこは「喫茶かんな」という、ものすご~く渋い店だった。「喫茶」の前には「お食事処」という文字もある。ハンバーグやカレーなどの食事メニューもある。見つけたら即入店していたくらいに好みの店だ。

仕事がら、「いいお店を見つけるアンテナがあるんですね」なんて言ってもらうことがけっこうあるけど、僕にそんなものはない。代々木駅前で制限時間45分以内にここを見つけられなかった時点で、ポンコツだ。

店内  店内

どこを見ても どこを見ても 実家に帰ってきたような味わいに満ちている  実家に帰ってきたような味わいに満ちている
店内ですでに待ってくれていたのは、まだ20代の女性編集者。「いい店ですね」と言うと、「パリッコさんがお好きそうだなと思って」と。最近の若い人、なんてしっかりしてるんだろうか。しかも続けて、「すいません、私、お昼食べてなくて、食事してもいいですか?」。うおーーー! いいに決まってるし、ぼ、ぼ、僕もいいっすかね!?

食事&喫茶メニュー 食事&喫茶メニュー

その裏には...... その裏には......
喫茶店のつもりでやってきたので面食らったが、食事メニューがかなり充実している。さらに裏返すと、なんと一品おつまみやアルコールメニューもずらり。なんていい店なんだ。しかも編集者さんは、「私はこのあと仕事があるんですが、パリッコさんはもちろん飲んでくださって大丈夫ですので」とまで言ってくれた。酒場ライターという特殊家業の役得。ここで遠慮する僕では、もちろんない。

「ビール」(600円) 「ビール」(600円)
よく冷えた瓶ビールを、トクトクトクとグラスに注いでごくり。......っくぅ?! 仕事中に飲むビールってのは、なんでこうもうまいのか。

食事は「ポークカツ」の定食を選んでみた。僕はとんかつが大好きだけど、洋食メニューならではの、ポークカツという響きがいい。とんかつとの違いはどこにあるのか。気になる。

数分後、女将さんがおひとりで切り盛りしているとは思えない手際で、僕のポークカツと編集さんが頼んだハンバーグ定食が到着。巨大なポークカツにたっぷりのサラダ、パスタ、レモン型のごはんにみそ汁。これで1000円はかなりのお得感があるな。

「ポークカツ(ライス付)」(1000円) 「ポークカツ(ライス付)」(1000円)

カツは適度な厚みがあり、そして巨大。見た目からしてザクザクっとハードに揚げられ、いわゆるとんかつとの差だろう。みじん切りのトマトの原型が残る、自家製らしきソースがあらかじめかけられている。

たまらん たまらん

サラダも見るからに新鮮だ。まずはもしゃりとほおばると、一気に空腹だった胃袋が動きだす。

しゃきしゃき感が嬉しいサラダ しゃきしゃき感が嬉しいサラダ

ではいよいよポークカツ。ソースをたっぷりとまとわせ、がぶり。もぐもぐ。あー......うまっ! 柔らかい肉を噛めば噛むほど豚肉の良い香りが広がり、予想通りのザクザク感の香ばしい衣とのバランスも最高。そしてソース。甘酸っぱく、フレッシュで、それでいて濃すぎない優しさがあり、身体が喜ぶ味とはこのことだ。

今日ここに来られてよかった 今日ここに来られてよかった

また、これは狙いではなく、偶発的なランダムさなのかもしれないけれど、7つに切り分けられたうちの両端のカツには、ソースが行き渡っていないのだった。つまりそのふたきれだけは、卓上のソースで味わうという、ひそやかな楽しみの余地があるというわけ。

ソースをどぼり ソースをどぼり

これがまたいい! 急にとんかつ! というわけで計7切れを、ポークカツポークカツとんかつ、ポークカツポークカツとんかつ、最後にもひとつポークカツ。という軽快なリズムでもって食べすすめる。

一時的に難民になりかけたが、最終的に代々木でベストだったんじゃないか? とすら思えるランチにありつけた。本当に自分って、人に恵まれてるよなぁと思う。帰り際に女将さんに聞いた話によれば、夜は普通に酒を飲みにくるお客さんも多いようだ。アウェイだった代々木の街で、通いたくなる店を知ることができた。

......あれ? そういえば打ち合わせってしたっけ? いや、したした! 食べつつ飲みつつ、つつがなく仕事の話をちゃんとした。あまりに店とポークカツの印象が強すぎて忘れてたけど。引き続き、この恩に少しでも報いられるように、お仕事、がんばらせていただきます。

帰りにもらったアメ 帰りにもらったアメ

パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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