小説、エッセイ、落語、マンガなどさまざまなジャンルから漏らした話や排便の物語を描いた作品を集めた『うんこ文学』 小説、エッセイ、落語、マンガなどさまざまなジャンルから漏らした話や排便の物語を描いた作品を集めた『うんこ文学』
「意外とみんな漏らしているんですよ」。突然だがそう話すのは『うんこ文学 ─漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』を出版した編集者・頭木弘樹さんだ。本書には漏らしたときのせつなさなどが描かれた17の文芸作品がまとめられている。

普段は『絶望名人カフカの人生論』や『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』など、高尚(?)な文芸作品を世に広める、文学紹介者である頭木さん。そんな彼がなぜ、パッと見、お下劣にも思えるような本書を編集したのか。本人に聞くと意外にも深い理由があった。

――単刀直入に聞きますが、本書をまとめたきっかけは?

頭木 2020年に『食べることと出すこと』という本を出版したのですが、これは大学生時代に潰瘍性大腸炎になった時のことを書いた本です。ここで自分が漏らしたことを明かしたところ、反響が結構大きく「漏らしたことを書いてくれてありがとうございます」というDMをいくつももらったんですよ。

――感謝というのは意外な反応ですね。

頭木 そう、それまで僕も知らなかったんですが、意外とみんな漏らしていて、しかもほとんど健康な成人ばかり。病気でとか酔っぱらってとかやむを得ない状況ではなく、ただ単純に漏らしているんです。

でも人が一生に出す大便の量は5トンと言われているんです。その5トンを小分けにして出してる時に全部便器の中に入れられるかと言われたら、むしろその方が奇跡。一度くらい事故が起きないほうが珍しいじゃないですか。

――たしかに一生で事故に遭う確率はふたりにひとりという話もありますけど......。

頭木 それなのにみんな隠すから、漏らさないことが当たり前になってしまっているんですよ! 赤ちゃんが成長する過程でまずすることって、トイレトレーニングなんです。それが人間の社会に出ていく第一歩。だからそれがコントロール出来ないのは、人間失格みたいなところがあるんじゃないかなと思うんですよね。

だって、同じように出してしまうという意味なら嘔吐も同じじゃないですか。うんこと同じで臭くて汚い。でも吐いてしまった話は、笑い話になったり、周りから心配されたりするわけです。それがおしりから漏らすと突然人間の尊厳に関わるような大事件になるんです。だからみんな隠してしまうので、実はみんな漏らしてるぞってことを知らせたかったんです。

■うんこがきっかけで文学に熱中

――それで漏らしたり排泄をテーマにした作品を集めたと。

頭木 それは違っていて、もともと集めていたんです。というのも僕が文学に目覚めたのも漏らしたことがきっかけだったんですよ。

――うんこと文学が繋がるんですか!?

頭木 先ほど話したように難病になって入院していたわけですけど、その時に友人が段ボールひと箱分のマンガを持ってきてくれたんです。でもこっちは病気で苦しいし、下痢でげっそりしている。ギャグマンガであろうと笑えないわけですよ。

そんなときに吉田聡さんの『湘南グラフティ』に電車で漏らすエピソードがあって、すごく心に響いたんですよね。自分と同じ状況におかれた物語に共感した。感情を取り戻した瞬間でした。それを知ったのでカフカの『変身』を読んだんです。

――"不条理文学"の代表作ですね。ある日突然、虫になってしまった男が最後には家族に捨てられるという。

頭木 主人公のグレゴールが親に面倒を見てもらうしかなくなるわけですけど、それが自分の状況と全く同じだと思ったので読んだわけですけど、予想通り大感動。それから本を読むようになったので、原点は漏らしたことなんです。

帯には谷崎潤一郎の『細雪』のラストを引用。まさかの下痢の話で締めくくられており、一部からは「下痢文学」とも呼ばれている。 帯には谷崎潤一郎の『細雪』のラストを引用。まさかの下痢の話で締めくくられており、一部からは「下痢文学」とも呼ばれている。
――人生何がきっかけになるか本当にわからないですね!

頭木 そんな経緯もあって、漏らす悲しみが書いてあるとぐーんと来るので、昔からそういった作品を集めてあったんです。

――本書のサブタイトルもですし、今おっしゃったように「漏らす悲しみ」にこだわるのはなぜなんですか? 漏らすエピソードはそれこそ笑えるエッセイや落語なんかに出てきそうですけど......。

頭木 笑いを排除してるわけじゃないんですが、そこに寄せたくはなかったんですよね。そう扱われるから、みんな恥ずかしくて隠してしまうんだと思うんですよ。でも文学では笑いにしなくても、読ませることができるんですよ。

最初の『出口』(著:尾辻克彦)では、笑わせようとも泣かせようともせず、すごく淡々と漏らすまでの焦りや漏らした悲しみを描いています。佐藤春夫の『黄金綺譚 潔癖の人必ず読むべからず』では毎日うんこを観察しているわけですけど、おちゃらけて誤魔化さずにちゃんと真面目にうんこを語っています。谷崎潤一郎の『過酸化マンガン水の夢』なんてうんこを美しいものとして描いたり、吉行淳之介(『石膏色と赤』)のうんこを漏らすほどの美しい夕日なんてすごく気になります。

漏らすことがただ恥ずかしいものではなく、普通に話していいことであって、心の奥底にしまい込むことではないということを分かってもらいたいので、笑い話のような作品は避けました。

■著者たちの意外な反応

――うんこや漏らすことが汚いことという偏見を、文芸作品を通して変えたいわけですね。ただこれだけの作品を集めて収録するのは大変だったのでは? というか、そもそもよく企画が通りましたね。

頭木 僕も作品収録できるか一番心配だったんですよ! 名作文学撰とかなら問題ないんでしょうけど、"うんこ文学"ですから僕でさえ嫌だと思う(笑)。断られても仕方ないと思いつつもひとりひとりに手紙を出したら、みんな快諾してくれたんです。

阿川淳之さんなんて、父親である阿川弘之さんの『黒い煎餅』を載せる許可をお願いしたら、「僕も漏らした経験あるよ」ってエッセイまで書いてくれたんですから。「親子三代」(阿川弘之の父、阿川弘之、阿川弘之の長男)で漏らしているうえに、親子(阿川弘之、三男・阿川淳之)で漏らした話が並ぶなんてそうそうないですよ。

――そもそも漏らした作品が並ぶこと自体、前代未聞ですよね(笑)。

頭木 筑摩書房の担当者にもすんなり通りました。むしろ「排泄文学」で企画書を出したのに、向こうから「うんこ文学」って提案してくれたんですよ。

正直、自分の本のラインナップに「うんこ文学」が入るのは躊躇いました。でも「この嫌だと思う気持ちこそ自分が漏らした時に自分を追い詰めた原因だな、ここで嫌と言ったらダメだ」と思い、堂々と受け入れました。

『うんこ文学』刊行までの経緯や意欲を語る頭木弘樹さん 『うんこ文学』刊行までの経緯や意欲を語る頭木弘樹さん
――関係者の方々の積極性がすごい!(笑)。

頭木 そうなんですよ。むしろ購入したい方が嫌がるかなと不安でした。ある人は、書店でタイトルを言って購入したそうなんですが、店員さんもまさか「うんこ」と言うとは思わないじゃないですか。だから「文庫文学ですか」「いやうんこです」というやりとりを何度か繰り返して、最後は「う・ん・こ!」と言ったそうで......。ありがたいんですけど、申し訳ないですよね。

――始めに『食べることと出すこと』で「みんな漏らしていることを知った」とおっしゃっていましたが、今回の作品で何か変わったことなどありましたか?

頭木 改めてですけど、漏らしたことは話したほうがいいなと思いました。特に女性は産後漏らす方がけっこういて、それで職場復帰できなかった方もいるんです。そして、そうした悩みも、内容が内容だけにみんな誰にも相談できないそうなんです。

あとこれは『食べることと出すこと』で変わったことですけど、相手が変わりました。こんな体験書くとこれから会う人は「この人漏らした人だ」と思うだろうから嫌だったんです。それがむしろ自分の弱みを話してくれるようになりました。それこそ、聞いてもないのに「私もこういう状況で漏らしたんですよ」と勝手に教えてくれます(笑)。

■漏らすことが変える人間関係

――やっぱり漏らしたことは、誰にも話せないままモヤモヤしているのかもしれないですね。

頭木 それもあると思います。それに僕が打ち明けやすい人間だと思われているんだと思います。弱みを持ってない人はいないので、過去の失敗や秘密を打ち明けることで距離が縮まるんでしょう。だからこそ漏らした話は積極的に話した方がいいと思いました。高確率で向こうも漏らしていますしね。話して損することはあまりないと思いますよ。

――うんこがまさか、人間関係の変化という意外な効果があるとは。

頭木 あと文学紹介者としては、文学者のすごさを実感しましたよね。誰しも、誰にも打ち明けられない気持ちを抱えているんですよ。羞恥心や嫉妬心、黒い心とか。そんな誰にも言えない、言ってくれない気持ちを文学だけは書いてる。

だから、この『うんこ文学』を文学入門として小学生や中学生にも読んで欲しいですね。文学だけはひどい心も書いてあるんだ、自分だけが抱えているわけではないんだと発見してもらって、文学ってこういう所がいいなと思って読んでもらいたいです。

――頭木さんがそうであったように、うんこをきっかけに新たな世界を、世界の広さを知られるかもしれませんね。

頭木 作家さんたちにもうんこ文学を開拓していってほしいですね。先ほど挙げた谷崎潤一郎の『過酸化マンガン水の夢』は、うんこをきっかけに別世界にトリップするんですけど、すごい力技ですよね。うんこからどんな作品を書くか腕の見せ所です。R-18文学賞みたいな性の文学賞のように、いつかうんこ文学賞が生まれたらうれしいです(笑)。

●頭木 弘樹(かしらぎ・ひろき) 
大学生時代に潰瘍性大腸炎を患い、うんこをもらしたことでカフカに出合う。それをきっかけに文学に傾倒し、2011年『絶望名人カフカの人生論』を刊行。その後は文学紹介者として、さまざまなジャンルの本を執筆し、アンソロジーも編集

●『うんこ文学 ――漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』 
生きるかなしみとしての排泄を、漏らしたときのせつなさを、見事に描ききった文学作品を集めたアンソロジー