クロワッサンの意外な真実 クロワッサンの意外な真実
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「クロワッサン」について語る。

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先日、友人が発した「やっぱりクロワッサンはクロワッサンじゃないほうがおいしい」という謎めいた言葉に妙に引っかかってしまいました。「クロワッサン」は三日月という意味。友人は、三日月のように弓なりに曲がっているクロワッサンより、ラグビーボールみたいにひし形で真っすぐなタイプのほうがおいしいと思うそうです。

なんの根拠もない話かと思いつつ、自分の好きなクロワッサン遍歴を振り返ると、確かにすべて真っすぐだったような気が。「クロワッサンはクロワッサンじゃないほうがおいしい説」、同意です。

説立証のため、まずはフィールドワーク、つまりクロワッサンの食べ歩きを開始。結果、確かに真っすぐタイプに惹(ひ)かれる場合がほとんど。理由のひとつは、食べ心地。真っすぐのほうがきれいに口に収まるため、あちこち崩れない。

一方、曲がった系のクロワッサンはひと口ごとに破片が飛び散り、多少のめんどくささも。クロワッサンの大きな魅力である細かい層状の生地も、真っすぐタイプのほうが感じやすい。断面の美しさという視覚的な効果はもちろん、バターがジュワーッと広がる食感も伝わりやすい。

リサーチしたところ、真っすぐと曲がっているのでは根本的に違うことが判明! 本場フランスでは、バターで作ったクロワッサンだけ真っすぐに作ってよく、マーガリンなどを使ったものは曲げないといけないそうです。

もともとクロワッサンはマーガリンを使って作っていましたが、より高級なバターを使ったものが登場した際、差異化のために形で分けるルールを導入したそう。クロワッサンじゃないクロワッサンのほうがおいしいのは、バターを使用しているから、というはっきりした理由がありました。

ただ、三日月形でめちゃウマなものも。日本のパン屋さんがすべてこのルールに従っているわけではなく、原材料によって形を作り分けているお店はヨーロッパより少ないよう。

焼く際に真っすぐのほうが火の通りがよく、「外サク中しっとり」になりやすいから、という理由もありそうだけど......。お話を聞いたパン屋さんいわく、「フランスではこのルールが法律で定められている」とのことでしたが、真偽はわからずスッキリしない調査結果。

でも、興味深い事実をもうひとつ知りました。それは、歴史の浅さ。一説によると、クロワッサンの原型は13世紀頃に東ヨーロッパで食べられていた「キフリ」という三日月形のパン。このロールパン的な食感のキフリがフランスに渡り、ペーストリー生地のクロワッサンに変貌します。

さらに、われわれが知っているパフッと膨れ上がった軽いクロワッサンが誕生したのは19世紀といわれており、残っている一番古いレシピは1915年のもの。ってことは、マリー・アントワネットもナポレオンも今のクロワッサンを食べてない。ハムとチーズを挟んで食べるスタイルが誕生したのは70年代と最近。アメリカのハンバーガーに対抗したともいわれていますが、あまりにも似てないので、こちらもスッキリしない結果。

一日中クロワッサンを食べて考えて唯一断言できるのは、一日にクロワッサンはひとつでいい。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。ある日突然、イギリスの大手スーパーが「今後発売するクロワッサンは原材料関係なく真っすぐにする」と決めた"クロワッサンクーデター"の話も好き。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!