ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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今年の年始、予定していた妻の実家への帰省が、僕のタイミングの悪い体調不良により延期となってしまった。さらに延期したタイミングで、こんどは娘が体調を崩してしまった。というわけで、なんだかんだで昨年の正月ぶりに帰省できたのが、今年の4月末。まだ6歳になったばかりの娘は日々驚くべき速度で成長していて、そんなにも顔を見せる間を開けてしまったことが面目ないことこのうえない。
妻の実家は神奈川県相模原市にある。我が家のある練馬区の石神井公園からは、隣駅、大泉学園にある僕の実家で車を借り、僕が運転して帰るのがいつものパターンだ。
午前中に出発し、家に到着したのは昼過ぎ。この日の昼食は、妻の強い希望で、「ギョウザの萬金」に行こうということになっていた。ギョウザの萬金とは、小田急相模原駅が最寄りの、「ホワイト餃子」の流れを汲む飲食店。
ではホワイト餃子とはどんなものかというと、ふわりとした厚めの皮と丸っこいフォルム、それをたっぷりの油でカリッと焼きあげるのが特徴の、オリジナル餃子だ。千葉県野田市に本店を置き、現在は多くのチェーンと「技術連鎖店」と呼ばれる店が存在するらしい。
妻にとっては子供時代から親しんだ、いわゆるソウルフードだそうで、帰省のたびに「今回こそは萬金に行けるかな?」という話をしていた。ただ、年末年始などの節目で、運悪くその休みにぶつかったりして、萬金へ行けるタイミングは今までやってきていなかった。ところが2度の延期の結果、今回こそはスケジュール的に、萬金が通常営業していることが判明。ならば僕だって絶対に行ってみたいし、このチャンスを逃す手はない。
というわけで、ついに数年来の念願が叶い、萬金にやって来ることができた。妻のご両親は昼食をすませたあとだそうで、娘も、朝食をたらふく食べたあげく、車中でおやつも食べたからお腹が空いていないらしく「じいじとばあばのおうちでまってる~」とのことで、僕と妻のふたりでの訪問となった。地元以外の店で夫婦で外食するのなんて、いったいいつぶりだろう?
建物や看板の感じが、いわゆる老舗の町中華ともちょっと違い、70~80年代っぽさのある"ラーメンハウス"的な雰囲気なのがいい。と思って今調べてみたら、創業が1976年だそうでやっぱりだ。78年生まれの僕としては、この郷愁からしてすでにたまらないものがある。
メニュー構成はかなりシンプル。餃子が4種類、スープが2種類、その他のサイドが3種類とライス。メニュー表どおりに表記するとこうなる。
・焼餃子(8コ)(520円)
・水餃子(8コ)(540円)
・鉄鍋蒸し餃子(6コ入)(880円)
・ニラ餃子(8コ)(560円)
・ライス(200円)
・わかめスープ(150円)
・玉子スープ(260円)
・キムチ or ザーサイ(240円)
・グリーンサラダ(600円)
・バンバンジーサラダ(600円)
アルコール類はかなり充実していて、麦焼酎、黒糖焼酎、紹興酒のボトルもある。ただ、人気店ゆえか、飲みもの以外の注文は最初の1回しかできず、つまり、追加注文はNG。ここは慎重に選ばないと。
まず、焼餃子は絶対に食べたいし、ライスもそんなに量はいらないながら、やっぱり餃子と合わせて味わいたい。ふたりでひとつをシェアするか。また妻いわく、餃子以外で人気なのがバンバンジーサラダで、それと、料理が来るまでのビールのおともとしてキムチももらおう。餃子も、焼きの他にもうひとつくらい味わってみたいけどどれにするか。そんなに詳しいわけではないけれど、ホワイト餃子のイメージからいちばん遠い水餃子が気になるかな。よし、それでいこう!
僕は大、妻は小の生ビールを頼み、ついにやって来ることができた萬金で乾杯! ごくっ、ごくっ、ごくっ......くぅ~! そういえば、仕事後のビールがうまいとはよく言うけれど、しばらく運転したあとのビールというのもまた格別なものがあるよな。
自家製らしきキムチが、酸味が強めで、深みと奥行きのある本格派の味わいで美味しい。たった200円とは思えないたっぷりの量も嬉しい。
バンバンジーサラダのボリュームがこれまたすごい。柔らかなゆで鶏にかかるのは濃厚なごまベースのたれで、これまたほんのりと八角の香る本場風味。たっぷりの千切りキャベツにもその味が染み渡り、人気の品なのもうなずける。
続いて焼餃子よりも早く到着したのは、水餃子。シンプルさが好ましい味わいの中華スープに、ぷっくりとした餃子が8個。ホワイト餃子を知っている人がイメージする丸っこい形とは別もので、水餃子用に作られたものだろう。しっかり厚みのある皮は、もちもちぷるんと柔らかく、そのなかに、意外にも海老のぷりぷり感がアクセントの餡が包まれている。全体的に優しいんだけど、どっしり主張もある味というか、さすが、人気店の歴史を感じさせるような存在感だ。
そしていよいよ、焼き餃子も到着! 黄金色と称したい絶妙な焼き加減と、ころんとしたフォルムに、ただごとでない存在感がある。
まずはなにもつけず、そのままひとかじり。もっとハードな揚げ感のある焼きあがりを想像していたが、ちょっと違う。皮はさくっと軽快であるものの、あくまで全体としての食感はふわり。厚みがあって、ちょっと空気の層が含まれたような皮自体がうまい。そして餡もまた、豚肉と野菜の旨味を主軸に添えた穏やかな味わい。妻が「昔よりも優しい味になった気がする」と言っていたけれど、時代に合わせた変化だろうか。この餃子を今日初めて食べる僕には、知るよしもないけれど。
続いて2個目は、店特製の餃子だれをたっぷりとかけて。するとこれが衝撃で、さっきとは印象が一変。醤油をベースに、自家製のラー油、酢の酸味が絶妙に配合され、素材の味を活かした餃子と融合して完全体となるというか、がぜん中毒性の高い味わいになるのだ。また、ちょっと独断的すぎる表現になるかもしれないけれど、まるで「ポップコーン」を思わせるような軽やかな香ばしさというか、もともと餃子にあったそれが、たれと合わさることによって、より華やかに強調されるような印象を受けた。これは唯一無二、定期的に食べたくなる餃子だ。
もちろん、あわてて白メシで追いかける。餃子&ライスの至福、ここに極まれり。もぐもぐもぐと味わって、さらに追いかけるビールがこれまた至福。
あまりにビールがすすみ、僕はウーロンハイを追加。残りの餃子やキムチの最後のひとかけらまで残さず、初めての萬金を堪能した。
誰もが好きな餃子の世界で確固たる地位を築く、ホワイト餃子。僕はまだぜんぜん素人だけど、あちこち巡って食べ歩いてみるのも楽しそうだなと、今回の経験を通して思った。もちろん、僕のホワイトギョウザの原点は、妻と同じく、一生「ギョウザの萬金」であり続けるんだろうけれど。