AVメーカー「渡邊傳媒」の作品の出演者たち。左端は「クリス」、右端は「小豪」という名の台湾人AV男優AVメーカー「渡邊傳媒」の作品の出演者たち。左端は「クリス」、右端は「小豪」という名の台湾人AV男優

今、台湾のAV業界がすごいことになっているらしい。そんな噂を聞きつけたルポライターの安田峰俊氏が知られざる「台湾のAV」の世界を現地でガッツリ取材。すると、そこにはしがらみだらけになった日本のAVが忘れかけていた熱気と野心があった!

今やアジア各国でも広く受け入れられているのが日本のAVだ。特に中華圏で人気が高く、「AV(エーヴイ)」や「女優(ニュウヨウ)」などの単語は中国語でもそのまま通用する。

昨年6月に成立した「AV新法」による現場の混乱など、日本国内の業界を巡る環境は年々厳しさを増しているが、女優の質や演出技術への評価はこれらの国々で現在も高い。

しかし近年、「日本一強」だった世界に意外な伏兵が殴り込んできた。それはお隣の台湾だ。調べてみると、日本AVとは異なる需要に食い込んだ、したたかな新産業であるらしい。アジアのエロの最前線を現地からルポする。

■急成長中の台湾のAV

ベッドで半裸の男女が絡み合っていた。女性がブラジャーを外すと、細い肢体からは想像できないほど大きな胸部があらわになる。彼女は男性のパンツから飛び出したディルドー(勃起した男性器を模した性具)を胸部で挟み込み、挑発的な表情を浮かべつつ斜め前に目線を送って、ピタッと動きを止めた。

カメラマンがレンズを向ける。シャッターの連続撮影音がバシャバシャと部屋に響いた。すると男女はお互い体を離し、表情を崩して冗談を言い合いながら別のポーズを取る。動きが止まると、さらに撮影が続く。

場面が切り替わった。今度はサングラスをかけた筋肉質の男が加わる。3人で軽口を叩きながら、サングラス男が女性の腰を抱え、ブリッジ体勢のもうひとりの腰の上に乗せて、組み体操のような動きを見せる。女性が絶頂に達した表情を浮かべて静止してみせ、再びシャッター音が響く。

台湾AVの撮影現場の様子。カメラがないところでは基本的に緩い空気台湾AVの撮影現場の様子。カメラがないところでは基本的に緩い空気

もちろん、カメラの前では女優も男優も真剣勝負だ!もちろん、カメラの前では女優も男優も真剣勝負だ!

この日はホームページ向けの写真撮影が主で、性行為こそ行なわれなかったが、普段の映像撮影の空気感は察することができた。男女が裸になっていなければ、ポルノの撮影とは思えないほど和気あいあいとした雰囲気である。

ここは台湾・台北の郊外、新北市中和区。工場地帯の中にある、AVメーカー「渡邊傳媒(ドゥビエン・チュアンメイ)」の撮影スタジオである。

同社の代表は、通称"ワタナベ"こと陳渡邊(チェン・ドゥビエン)氏(50代、台湾人)だ。大手テレビ局に照明機材を提供する会社の経営者だったが、2019年ごろからAV撮影に携わり、22年末に新たなAVメーカーを立ち上げた。

近年、台湾ではこうしたAV制作会社が続々と誕生しており、今や渡邊傳媒を含めた十数社がしのぎを削っている。AV作品は、少なくとも毎月数十作品以上がリリースされていて、新たな産業の立ち上げ直後に特有の熱気が漂っている。

「(巣ごもり需要が増えた)コロナ禍の3年間で台湾のAV業界が大きく伸びたのは確かです。ただ、撮影技術や女優の演技については、まだ日本のAVには歯が立ちません」

年間1500本の日本製AVの紹介記事を執筆する台湾ナンバーワンのAV評論家、一劍浣春秋(イィジエンワンチュンチュウ)氏(47歳)は、自国のAV産業をそう評する。事実、台湾人の男性の間では日本の作品のほうがずっと人気が高く、新規参入者である台湾の国内AVの需要はほとんどなさそうに思える。

一日5~8本の日本のAVを視聴してレビューや紹介記事を書き続ける鉄人、一劍浣春秋氏。日本のAVを語り出すと止まらない一日5~8本の日本のAVを視聴してレビューや紹介記事を書き続ける鉄人、一劍浣春秋氏。日本のAVを語り出すと止まらない

ならば、台湾製AVはいかなる市場をターゲットにして作られているのか?

「作品の主な視聴者は、実は台湾人じゃないんだ。"中国語のAVを見たい"と考えている中国大陸の中国人たちなんだよ」(陳渡邊氏)

中国でも日本のAVの人気は高いが、台湾と違って日本に心理的な距離感を持つ人も多い国だ。そのため、特に地方在住者や高齢者を中心に、ローカルな味わいの"中国語AV"の需要が存在している。

「中国大陸にもAV制作グループがあるが、摘発のリスクが高く、非常にリスキー。だから、表現が自由な台湾で中国向けの作品が作られるようになったんだ」(陳渡邊氏)

「渡邊傳媒」の代表・陳渡邊氏(左)。もともとはテレビ局に撮影用のライトを提供する会社を経営していたが、AVに参入。ノリのいいおじさんだ「渡邊傳媒」の代表・陳渡邊氏(左)。もともとはテレビ局に撮影用のライトを提供する会社を経営していたが、AVに参入。ノリのいいおじさんだ

台湾人女優は、中国人から見れば同じ華人。故に日本人女優よりも「身近な気がしてヌケる」と感じる人もいるらしい。また、台湾のAVは無修正なのでモザイクが嫌いな人にも好評だ。

ちなみに、台湾人男性は若くてかわいい女性のAVを好みがちだが、中国人には「少婦(シャオフ)」(若妻)と呼ばれる30代前半くらいの女性の作品が好評だ。中でも「母と子」「兄と妹」のような、ドラマ仕立ての近親相姦モノの人気が根強い。中国は家族関係が濃厚な社会なので、背徳感を覚えて興奮するのかもしれない。

演じる女優の側も、中国人の視聴者のため、台湾なまりのない大陸式の中国語をしゃべるよう努力しているという。

■違法サイトも利用するしたたかな売り方

「中国語AVを配信する『麻豆(マァドウ)』というポルノサイトがあるんです。いわば、中華圏のエロ業界のネットフリックスみたいな存在。各メーカーから買い取ったAVと、自社制作のAVを配信しています」

そう語るのは、過去数年で約250本の作品に携わった現地のAV制作マネジャー、Kenny氏(35歳)だ。

台湾AVの制作を支える有名マネジャーのひとり、Kenny氏。日本語がとても上手台湾AVの制作を支える有名マネジャーのひとり、Kenny氏。日本語がとても上手

麻豆は19年初頭にオープンした中国資本のサイトである。22年1月、広東省や四川省で自社のAV制作チームの合計24人が摘発されるなど、当局から目をつけられたことで台湾に拠点を移転。中国語AVの配信を続けた。中国はネット管理が厳しい国だが、男性たちはVPN技術を使い検閲を突破し、アプリ経由で視聴するらしい。

一方、渡邊傳媒などのAVメーカーは、プラットフォームである麻豆への作品販売に加えて、配信後のPV数(視聴数)に応じた歩合を受け取り利益を上げている。

また、それ以外にも中華圏のアダルト業界に特有の収入源がある。それはスポンサーからの広告費だ。

ややこしいので、少し噛み砕いて説明しよう。

近年、海外のポルノ動画サイトに違法アップロードされた日本のAVを見てみると、冒頭部に謎の中華系カジノのCMが入っていることが多い。

これは、違法アップロードAVの視聴数の高さに目をつけたカジノ業者が、エロ動画に自社のCMを挿入した動画を故意に拡散させているためだ(つまり日本のAVは、こうした中華系業者に寄生され、コンテンツをタダで広告に利用されているのである)。

一方、台湾のAVメーカーはもっとしたたかだ。

「最初からこの手のカジノ業者と手を組み、制作費用を出してもらう手法が多く使われています」(Kenny氏)

複数の関係者によると、台湾AVの制作費は作品1本当たり平均20万~30万NT$(ニュー台湾ドル/約90万~130万円)ほど。カジノ会社はその倍額以上の広告費を出してスポンサーになるという。

制作費を提供するスポンサーのネットカジノ会社の広告が書かれた枕(写真奥)が堂々と置いてある「病院プレイ」用のベッド。こんな病院があるか!制作費を提供するスポンサーのネットカジノ会社の広告が書かれた枕(写真奥)が堂々と置いてある「病院プレイ」用のベッド。こんな病院があるか!

「ただ、カネを出しているのでアピールも露骨です。ベッドや枕、背景などにオンラインカジノのサイト名やURLが書かれているのは当たり前。女優や男優の腹や背中に直接ペイントされていることもあります。台湾のAVは、台本でかなり細かく体位を指示するのですが、これも広告を常に画面に映り込ませるための工夫です」(Kenny氏)

中華圏ではAVにお金を払う意識が薄く、今なお多くの人が違法アップロード動画を視聴している。だが、これを逆手に取って作品全体をCMにしてしまえば、むしろタダでたくさん見てもらえたほうが助かるというわけだ。

最大の問題は、気が散って興奮できないことだが、日頃から過剰なゴリ押し広告に慣れている中国人は、スルーできるのかもしれない。

■兵役時代に上官に誘われて

「出演する女優の最大の動機は、やはりお金です。1撮影当たりの報酬は6万~15万NT$(約26万~66万円)。同年代のかなり稼ぐ人の月給よりも高い金額ですよ」

Kenny氏はそう話す。台湾では、1撮影当たり女優のセックスは1回だけ、プレイ内容も日本と比べてソフトだ。たとえ出演料が安い女優でも、撮影を月に数本こなせば、かなり大きな金額になる。

一方、まだ業界が新しいこともあり、日本のAV業界と比べると男優・女優共に「プロっぽさ」が薄いのも台湾の特徴だ。

渡邊傳媒で取材に応じてくれた、個々の出演者たちの素顔にも迫ってみよう。まずは筋肉質の小豪(シャオハオ/23歳)と、細身で髪を染めているクリス(33歳)の男優コンビだ。

* * *

――仕事のきっかけは?

小豪 中華民国陸軍の兵役に就いていたとき、部隊の班長がAV男優だったんだ。「一緒にヤリたいヤツは手を挙げろ」と言われて挙手したら、俺しか挙げていなかった(笑)。それで、兵役を終えてそのまま男優になった。

クリス 電器店で働いていたとき、同僚から撮影に誘われたんだ。最初は端役で出るだけのつもりが、人前でもアソコがビンビンだったから「すごい」と感心されて、流れで男優になってしまった。

――男優の報酬は女優の10分の1程度です。ほかの仕事も掛け持ちしていますか?

小豪 広い意味ではAVの仕事一本だな。女優のマネジャーを兼業している。

クリス 俺も同じ。ただ、友達の男優にはウーバーイーツをやってるヤツもいるよ。

――過去に演じた変な役柄を教えてください。

小豪 『ドラAVもん』。俺がの○太で、ひみつ道具を使って静○ちゃんとヤる話だった。

クリス 『三国志演義』の夏侯惇(かこうとん)。本来、左目に矢が当たる故事があるんだけど、AVだからタマに矢が当たるおバカ設定だったなあ。

――夏侯惇に矢を射た人は誰なんですか?

クリス 呂布(りょふ)だ。でも、作中の世界観では、呂布は美少女って設定なんだよ。そこでセックスが始まる。

小豪 ああいうおバカAVって、中国の視聴者が見たがってるわけじゃなくて、台湾人の監督の趣味だと思うよ。

――親は男優の仕事を知っていますか?

小豪 知ってるけど、理解はされてない。ある日、親父から「最近、なんの仕事をしてるんだ?」と聞かれて、「AV男優」って答えたらもうブチ切れられた。でも、AV男優って男はみんな興味がある仕事だろ? 俺はせっかくその仕事に就いたんだから、とことんやろうと思ってるぜ。

* * *

次は女優の話である。快活で人懐っこい印象の優娜(Yona)さん(29歳)と、黒髪でおとなしそうな昀希(ユンシー)さん(26歳)に尋ねた。

台湾人AV女優の優娜(Yona)さん。前職はダンサーだ台湾人AV女優の優娜(Yona)さん。前職はダンサーだ

――いつからこの仕事を?

優娜 20年3月からです。前職は幼児向けの体操のお姉さん。あと、以前に一般人としてですが、マクドナルドの広告に出たことがあります(笑)。最近半年で50作品くらい撮りましたね。いちばん忙しいときは、1ヵ月で10作品以上に出演しました。

昀希 私は始めてから1年です。前職は飲食店の店員。出演本数は40作品くらい。

台湾人AV女優の昀希(ユンシー)さん。日本の女性向けAVのファン台湾人AV女優の昀希(ユンシー)さん。日本の女性向けAVのファン

――出演の動機は?

優娜 好奇心もありましたが、やっぱりお金ですね(笑)。貯金して家を買うのが夢です。

昀希 私も最初はお金のためでしたが......。女優をやってみたら、いつもと違う自分になれて楽しかったんです。今は張り切って仕事をしていますよ。好きなのは痴女モノですね。男優を責めまくるのが面白いの(笑)。

筆者の取材に応じる昀希(ユンシー)さん(左)。黒髪の一見地味な雰囲気の女性だが、「痴女プレイが大好き」と語る筆者の取材に応じる昀希(ユンシー)さん(左)。黒髪の一見地味な雰囲気の女性だが、「痴女プレイが大好き」と語る

――過去に演じた役は?

優娜 姉、妹、母親、お手伝いさん......いろいろと。あと、おバカな役ではピ〇チ〇ウのコスプレをやりました。セリフが「ピカー」だけで、サ〇シ役の男優に電撃を撃ち、最後はヤラれる(笑)。

AV女優の優娜さんが自身のスマホで筆者に見せてくれた「過去に出演したおバカAV」。劉備・関羽・張飛と4Pする三国志AVAV女優の優娜さんが自身のスマホで筆者に見せてくれた「過去に出演したおバカAV」。劉備・関羽・張飛と4Pする三国志AV

――日本のAVは見ますか?

優娜 よく見ます。声の出し方とか、表情やポーズを研究していますよ。

昀希 日本の女性向けAVがお気に入りで、男優さんはしみけんさんが好きです。あとエロ漫画も大好き。変態っぽい内容ほどいいです。

――引退する予定は?

優娜 あと1、2年くらいでやめようかなと思っています。女優の世代交代も起きるでしょうからね。

昀希 私はこの仕事が好きなので、可能ならずっと続けたいし、業界に残りたい。いまは親に内緒ですが、いつか説明するかもしれません。

優娜さんはノリノリで取材に応じてくれた。趣味はダンスで、将来の夢は「貯金して家を買うこと」優娜さんはノリノリで取材に応じてくれた。趣味はダンスで、将来の夢は「貯金して家を買うこと」

たまたま、この日の取材に応じた4人がそうなのかもしれないが、そろってノリが良く面白がって仕事をしている姿が印象的だった。

■台湾人AV女優のトップは語る

「私が作品を発表しているプラットフォームは、中華圏の『麻豆』と、ポルノ動画共有サービスの『PornHub(ポーンハブ)』、あと会員制のポルノSNS『OnlyFans(オンリーフアンズ)』です。それぞれ、投稿する動画を少しずつ変えているんですよ」

そう話すのは、今、台湾でナンバーワンの知名度を持つAV女優の呉夢夢(ウゥモンモン/32歳)だ。

台湾人AV女優の中でナンバーワンの知名度を誇る呉夢夢(ウゥモンモン)さん台湾人AV女優の中でナンバーワンの知名度を誇る呉夢夢(ウゥモンモン)さん

呉夢夢は自分自身でAV作品をプロデュースし、各アダルトプラットフォームでの収益化に成功した珍しいタイプである。前出の優娜さんをはじめ、彼女をリスペクトする同業の女優たちも多い。

「私が雇っているスタッフは動画カメラマンや映像エディターなど全部で9人。これに主演の私と男優役の彼氏を加えてAVを作っています」

彼女の恋人は救急科の現役医師で、なんとAV出演は職場公認だ。出会ったきっかけは、彼が道を歩いているところに呉夢夢が「私とAVを撮りませんか」と声を掛けたのが始まりだったという。

すべての話がブッ飛んでいる。とはいえ、自分たちで女優と男優を演じれば出演者の人件費がタダになるので、制作費はほかのAVメーカーの半額程度で済む。

しかも、呉夢夢は自分のポルノ表現に並々ならぬこだわりを持っているため、演技に妥協がなく、SMやアナルファックのようなハードなプレイも躊躇(ちゅうちょ)しない。結果、ものすごく「エロい」作品が必ず出来上がる。

自己プロデュースで、台湾ナンバーワンのポルノ女優に上り詰めた呉夢夢。将来の目標は「日本のAVに出ること」自己プロデュースで、台湾ナンバーワンのポルノ女優に上り詰めた呉夢夢。将来の目標は「日本のAVに出ること」

過去、最もアクセスが集中した作品は、1本で1000万円以上の収益を叩き出した。さらに自分でアダルトグッズをプロデュースするなど、実業家としても活動。現在の台湾AV業界で、彼女は誰もが憧れるロールモデルだ。

「これからは中国や台湾だけじゃなく、日本や韓国やシンガポールにもアピールしていきたい。『PornHub』は配信先としては収益がいちばん低いんですが、世界の人に私のエロを見てもらうため、投稿を頑張っていきます」(呉)

数年前から活発化した台湾のAVの世界は、まだまだ粗削りで垢(あか)抜けない。ただ、現場の最前線には、かつての日本のAV黎明(れいめい)期を描いたドラマ『全裸監督』さながらの「これから新しくて面白いものを作るぞ」という前のめりな熱気や、業界の初期に特有のアットホームな手作り感が残っており、独特の魅力が漂っている。

将来、台湾AVがアジアのエロコンテンツの地図を大きく塗り替える日が来るかも?

安田峰俊(やすだ・みねとし)
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数。新著は『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(文藝春秋)