ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

久しぶりに、なんだか無性に「ひ鳥貴族」がしたくなった。ひ鳥貴族とは、鳥貴族でひとり飲みする行為のことを指し、僕が勝手にそう呼んでいるだけの言葉だ。

焼鳥がメインのチェーン居酒屋であるが、なかでもその他の串に比して圧倒的巨大さを誇る「貴族焼」。僕は、ももたれが好き。それから、ちょっと子供っぽい組み合わせに抗いがたい魅力のある「つくねチーズ焼」。さらに、他のどの店にもなく、なんだか不思議な存在感の「ふんわり山芋の鉄板焼」。このあたりは鉄板だろう。

そこに、全品税込み360円均一というメニューにおいて、「塩だれキューリ」と同一価格とは信じられない「とり釜飯」を加えて「鳥貴族四天王」と呼ぶことに、異論のある方はあまりいないんじゃないだろうか。まぁ、異論があってもなくても、どっちでもいいんだけど。とにかく僕は、そう思っているという話で。

あぁ、それらをつまみに、これまた鳥貴族ならではの「メガ金麦」をぐいっとやりたい! 考えだしたらもう止まらない! というわけで、仕事を終えた早めの夕方、地元の鳥貴族に向かって、てくてくと歩きはじめたのだった。

店に向かう道すがら、もも貴族焼......つくねチーズ焼き......ふんわり山芋の鉄板焼......とり釜飯......と、もはやそれ考えられなくなり、頭のなかで何度もメニュー名をリフレインしていたら、ちょっととんでもないことを思いついてしまった。 四天王悪魔合体!

つまり、それらすべてのメニューを合体させ、「トリキ丼」にして食らうというアイデアだ。絶対うまいに違いない。なぜ今まで思いつかなかったんだろうか。僕は小走りとなり、息を切らしながら鳥貴族へ急いだ。 店に到着し、即座に「メガ金麦」を注文。発泡酒だが、生ビールよりも圧倒的にでかく、僕のトリキ飲みの1杯目は、これじゃなくっちゃだめなんだ。

「メガ金麦」 「メガ金麦」

続いて注文用タブレットを見ると、期間限定品で、旬のニラを使った「鶏レバニラ串」や「パワーラーメン」、「鶏スパイス丼 ~バター醤油風味~」など、気になるメニューがいろいろある。が、たまにしか来ない鳥貴族。やっぱり頼むのは、四天王になってしまう。

「ふんわり山芋の鉄板焼」 「ふんわり山芋の鉄板焼」

しばらくして、「ふんわり山芋の鉄板焼」が到着。あらためて、なんだんだろうこの料理は。決してインスタ映えはせず、どこかこう、"完成形"という感じがしないんだけど、憎めない。山芋が確かにふんわりしてて、だしの香りがしっかりとして、底面の焦げたところがはがしにくいけど香ばしくて、マヨネーズと海苔とうずらの卵黄がちょろりとのっていて......。

で、こいつのなにがいいって、究極にちびちびとつまめるところだ。なにしろ、釜飯は調理に30分かかる。その間、ゆっくりゆっくり飲みながら待たなければいけない。その時間こそが、ひ鳥貴族の真髄とも言えるのかもしれないな。

「つくねチーズ焼き」 「つくねチーズ焼き」

「もも貴族焼(たれ)」 「もも貴族焼(たれ)」
さらに串ものが届きはじめた。衛生上の理由か、卓上の調味料は撤廃されたようだけど、店員さんに「山椒とか一味ってありますか?」と聞いたら、快く持ってきてくれた。あくまで個人的な意見だけど、つくねチーズ焼きに山椒、もも貴族焼に一味唐辛子を欠かすことはできない。

つくねは1粒が大きく、甘めのたれとチーズの濃厚さが嬉しく、しかも大葉が爽やかな風味を加えているから、和風の山椒にすごく合う。まさに奇跡の味バランス。来るたびに思うけど、やっぱりとんでもなくうまい。

もも貴族焼のぷりぷりとした食べごたえもいい。こっちはよりシンプルにタレの味が感じられる串なので、むしろストイックな辛味、つまり、一味のほうが合うと僕は思っている。 じっくりじっくり、それぞれのつまみを少しずつ味わいながら金麦を飲み、おかわりは「メガレモンサワー」。トリキって、飲む者を豪傑になった気分にさせてくれる店だよなぁ。

「メガレモンサワー」 「メガレモンサワー」

もちろん、うっかりつまみを全部食べきってしまうようなミスは犯さない。釜飯到着までの30分、きっちりとペース配分を考えて、それぞれが半分ずつ残るようにしておく。そして最高のタイミングで、釜飯も到着!

「とり釜飯」 「とり釜飯」

重厚な木のフタを外すと、ふわりと立ち上る鶏だし、野菜、お米のいい香り。あらためて、これが360円とは、日本酒場7不思議のひとつに認定せざるをえない。しゃもじで混ぜると、顔出すおこげ。まずは少しだけ、そのまま食べてみる。うん、沁みる~......。

なんだかもはや なんだかもはや

泣けてくる 泣けてくる
しかし今日はここからが本番。釜飯に山芋、つくね、貴族焼きを合体させ「トリキ丼」を作らなければならない。なんだかこの連載、やたらとこんなことばっかりやってる気がして、そろそろどこかからお叱りを受けそうな気がしてきた。けど、もう後戻りなんてできるはずもない!

こうだ こうだ

釜飯の上に、ふんわり山芋の鉄板焼、もも貴族焼、つくねチーズ焼きを順にのせてゆく。もちろん、貴族焼には一味、つくねには山椒を遠慮なく。オリジナルトリキ丼は、あっという間に完成した。

「トリキ丼」 「トリキ丼」

いざ、あとはレモンサワーを飲みつつ、豪快に食らいつくすのみ! なんだか興奮してきたぞ。いただきます!

がつがつ、もぐもぐ......あ、うん。そうか。これはなんというか......やりすぎだ! 味が過剰だ! もちろんうまい。うまいはうまい。ふんわり山芋と釜飯の絡みなんか新しい麦とろめしみたいだし、それぞれの肉が米と合わないはずもない。けど、そもそも土台の釜飯にしっかりと味がついている上に、味の濃いおつまみたち。なんだか帰り道にバチでも当たりそうな味わいというか。

いやしかし、今、ものすごく満たされていることは事実だ。ひ鳥貴族ができたこと。トリキ丼という思いつきのメニューが、目の前に実際にあること。それをつまみに飲むレモンサワーが、たまらなくうまいこと。今日、ここに導かれたのは、運命だったに違いない。

最後に、もしこの原稿を読んでくださった方に、僕からたったひとつアドバイスできること。トリキ丼はどちらかと言えば、釜飯ではなく「ご飯セット ~温玉添え~」を土台に作ることをおすすめします。

●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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