ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

きき酒師の資格を持ち、ネタも酒に特化した漫才師「にほんしゅ」。そのふたりが主催する『にぎやかな晩酌』というイベントに、トークゲストとしてお招きいただいた。

会場は、地下鉄の東新宿駅近くにある「cafeCOMADO」。開演の1時間前、午後6時半に会場入りし、あっという間にリハーサルが終了。おふたりに、「開演までに戻ってきてもらえれば、自由にしてもらっていていいですよ。なんならそのへんで飲んできてもらっても」と言ってもらい、「いや~、ははは......」などと返事をしながら、心のなかでガッツポーズをした。

というのも、ここに来る時、会場からほんの1分くらいの場所に、ものすご~く雰囲気のいい半屋外の立ち飲み屋を見つけていたのだ。あそこでなにか軽いつまみを1皿と、串を2、3本に、ホッピーセットか、なければ瓶ビール。タイムリミットが45分くらいだから、ちょうどいいにもほどがある。「じゃあ、お言葉に甘えて」と、出かけてみることにした。

ところがそこは大人気店らしく、小さなスペースに人がひしめきあっている。しかもその前のガードレール沿いにも2、3人の人がいて、念のため聞いてみると、やはり入り待ちをされているとのことだった。どうするべきか......。客の回転は早そうだけど、きっちり何分待てば入れるというような確証はない。ここはいったん、スパッとあきらめ、別の店を探そう! と、新宿のなかでもあまりなじみのないエリアをふらふらとしばらく徘徊していると、遠目に赤ちょうちんを発見。

「居酒屋 あづき」  「居酒屋 あづき」
そこには「居酒屋 あづき」という店があり、目の前まで来た時点で、もうビビビときてしまった。仕事がら、よく「いい居酒屋を外から見分ける条件はなんですか?」的な質問を受けることがある。確かに、なくはないと思う。たとえばこの店で言えば、手書きのメニュー表記に店主さんのよい人柄が表れている。けれどももう、そういった要素で判断すること自体が、あんまり楽しくない。強いて言えば、波長、オーラ。だって、今自分がこの店と対面して、こんなにもビビビときてるんだもの。それ以上の理由はいらないし、それこそが僕にとっての、酒場めぐりの楽しみだ。

おじゃまします  おじゃまします
短冊メニューと雑多な装飾に埋めつくされているけれど、きちんと清潔な店内。恰幅が良く物腰穏やかなご主人がこの空間にハマりすぎていて、絶対にただものじゃないことがわかる。 ぜひじっくりと味わいつくしたいけれど、時間がない。会場へ帰るだけでも5分はかかる。ひとまずホッピーを飲もう。と、お願いすると、ご主人からこんな言葉が。

「うち、ホッピーは特大しかないんだけど、大丈夫でしょうか?」

特大......どのくらいだろう? え~い、いったれ! 「はい、大丈夫です!」

「特大ホッピー」(880円)  「特大ホッピー」(880円)

届いたのは、特大にもほどがあるホッピーだった。以前にも別の店で、これとよく似たパターンと出会ったことがあるからわかる。構成としては、メガジョッキにホッピー1本、さらに「ナカ」こと焼酎が、3杯ぶんは入ってるな。つまりこれ1杯で、「ソトイチナカサン」相当!

たとえば一般的なホッピーセットが500円で、250円のナカを2回おかわりすればトータル1000円になるから(このあたりの大衆酒場事情、わからないという方はすみません)、1杯880円は決して高くない。むしろお得だ。けれども、ふだんの僕なら、小一時間はかけて飲む量。いきなりの緊急事態突入とも言える。

それでも、ホッピーはこれだけあるわけだし、それなりにつまみがないと体に悪い。今日は昼食以来なにも食べてなくて、しかもイベントの終了は数時間後。よし、もう、なにかごはんものも頼んじゃおう。そのほうがまだ酔いの回りも抑えられるだろうし。タイムリミットは約30分。作戦名は「急ぐ」だ!

お通し お通し

ぐっと腕に負荷のかかる重さのホッピーを持ち上げ、ぐびり。っくぅ~! ガツンとくる濃さ。トークイベント前に急いで飲み干す酒じゃない。けど、うまい。

お通しが温かいみそ田楽風のこんにゃくというのもおもしろい。胃袋のスタンバイ、完了。

壁メニューの一部 壁メニューの一部

膨大なメニューはどれも興味深いけれど、あまり悩んでいるヒマはない。まずは1品、気になった「大根油まみれ」いってみよう。それからごはんものは......せっかく直感で入った店だ。直感で「夜のドライカレー」!

「大根油まみれ」(450円) 「大根油まみれ」(450円)

大根油まみれ、隣のジョッキが巨大なので、写真だと小さめに見えてしまうのが無念だけど、かなりの大ボリューム。乱切りかつ厚切りの大根に、新玉ねぎも加えてあって、シャキシャキと軽快な食感だ。味つけは、ごま油塩がメインで、ほんのりと酸味があるな。なんだか、これだけの素材のものがどうしてここまで美味しいの? と不思議になるほど。やっぱりご主人、ただものじゃない。

「夜のドライカレー」(770円) 「夜のドライカレー」(770円)

続いてやってきた夜のドライカレーの、あまりに心踊らされる姿を見て、やっぱり僕の直感は間違ってなかった! と感激してしまった。白いごはんの上にキーマ的ドライカレー。その上にまん丸の半熟目玉焼き、玉ねぎ。それから、カラフルな数種類の漬物たち。個人的には、その漬物エリアに特にやられた。

このエリア このエリア

そもそも僕はカレーが大好きで、家で食べるときでも真っ赤な福神漬けがないと物足りない。ところが以前、福神漬けを切らしてしまっていて、細切りのたくあんで代用したことがあった。すると、案外違和感がないどころか、それはそれで美味しいのだ。以来家では、カレーにはけっこう自由に、いろんな漬物を合わせて楽しんでいる。さらにそこから一歩進んで、「日本の漬物って、わりとアチャールなのでは?」とも思い至るようにもなった。「アチャール」をざっくりひと言で言うと「インドのピクルス」。その代わりに、漬物がぜんぜんありなことに気づき、レトルトのインドカレーやスパイスカレーにも合わせたりしている。

つまり今、僕がどういう気持ちでこのカレーと向き合っているかというと、ずばり、「運命の人に出会えた!」だ。

カレーもたっぷり カレーもたっぷり

ドライカレーは甘めで優しい味わい。なんだけど、いろいろな野菜の旨味や豆の風味などが合わさった、底の見えない深みがある。

まずは白いご飯と合わせて食べる。はっきり言って、超好き。続いて、福神漬け、たくあん、きゅうり漬け、崩した目玉焼きと、少しずつ合わせながら味の違いを楽しんでゆく。もちろん合間にホッピーをぐびぐび。やっと残り3分の1くらいになったか。

後半からラストにかけては、意識的に、しかしあまり作為的にはならないように、全体の境界をぼかしながら食べてゆく。つまり、南インドの「ミールス」方式の導入。これにより、夜のドライカレーという宇宙はどこまでも膨張してゆく。食べすすめることで、全体の質量は減っていっているにも関わらず!

無限に広がる味の宇宙 無限に広がる味の宇宙

......終盤、自分でもなにを言っているのかよくわからなくなってしまったけど、走り書きされた味の感想メモには、確かにそのようなことが書かれていた。とにかく、今夜も良き酒場、良きメシと出会えた奇跡に感謝だ。 ところでそんなに飲んで、イベントのほうは大丈夫だったのかって? えっと、ご想像にお任せします......。

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