ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

我が家の最寄駅は西武池袋線の石神井公園駅だが、その少し北を並行して走る西武新宿線の上石神井駅からも帰れないことはない。乗り継ぎが嫌いだから、新宿で仕事があった時などはそっちで帰ってくる。特にこの季節の夜の街歩きなど、家までの約30分くらいなら、むしろ極上のレジャーだ。

そんなふうに先日も、夜の西武新宿線に乗っていた。やがて地元に近づき、「次は~上井草~上井草」というアナウンスが流れた瞬間、反射的に席を立ち、電車を降りてしまった。

上井草は上石神井のひとつ手前の駅。なぜそこで電車を降りたかというと、話は数日前にさかのぼる。いつものように寝床でSNSをぼーっと眺めていたら、知人がやたらとうまそうなラーメンの写真を上げていた。

ごぞんじのとおり、SNSはグルメ情報天国だ。うまそうな料理の写真が、とても自分の一度の人生ではフォローしきれないくらいに、日々流れてくる。ラーメンとなればなおさら。だけどなぜか、その1杯のラーメンのなんともぐっとくるルックスに、目が釘付けになってしまった。理由などない。考えるだけ野暮。とにかく、DNAレベルで僕は、このラーメンを好きになるに違いないと確信した。

その店は「なおじ」といい、2005年に新潟で居酒屋としてオープンしたらしい。そこで出していたラーメンが人気となり、やがてラーメン屋に業態を変更。現在は新潟の総本店の他、東京に9店、神奈川、大阪、鹿児島、沖縄にまで出店する人気グループのようだ。

そのなおじが、我が家の最寄りだと上井草にあるらしい。当然、「こんどそっち方面に行くときは絶対に寄ってみよ~」と心に誓った。その日の誓いが、先の車内アナウンスを聞いた瞬間に思い出された、というわけだ。

「なおじ 上井草店」  「なおじ 上井草店」
店は駅の南口を出るとすぐにあった。看板に「創業平成十七年」とある。昭和生まれの僕は「創業昭和〇〇年」などという文字を見るとそれだけで興奮してしまうのだけど、いよいよ「平成」の2文字にもそんな意味が生まれはじめる時代か。

店頭の券売機を見る。メニューは大きく、基本の「背脂中華」、汁なしそばの「つゆなし」、ラーメン二郎インスパイアの「なおじろう」の3種に体系分けされるようだ。ごはんものの「特製すき焼き焼き豚丼」というのもサブの人気メニューなのだろう。どんなのか気になるな。

おっと、それから個人的にとても重視したいポイントが、ここが飲める店かどうか。アルコールメニューは......あるな。瓶ビール。お、「ウーロンハイ」「緑茶ハイ」もある。こりゃ酒飲みには嬉しい店だ。しかも、え!? なんと、ウーハイと緑ハイ、それぞれ300円!? 大衆酒場とは違い、ラーメン屋ではサワー系でもめったに500円を下回ることがないというのが僕の認識だ。なおじ、すでにめちゃくちゃいい店じゃないか!

酒飲みに優しい店!酒飲みに優しい店!
さて、注文はどうしよう。もちろん写真で見た背脂中華で攻めるとして、バリエーションがいろいろある。どちらも税込1140円の「背脂中華チャーシュー」や「背脂中華ワンタン」あたりを頼めば、丼にのったトッピングがじゅうぶんに、つまみの役割もはたしてくれるだろう。

けどな、今日の仕事はなかなかハードでちょいとお疲れ気味なこともあり、なんというかこう、軽いつまみで瓶ビールをやっつけつつ待ち、それからラーメンに到着したい。となると、背脂中華チャーシューを、自分のなかで勝手に、「チャーシューネギ盛り」(300円)と「背脂中華そば」(790円)のふたつに分解するか。

あれ? その2品を頼んでも、1090円と、背脂中華チャーシューより安いじゃん! まぁきっと、背脂中華チャーシューの肉の量がとてもたっぷりということなんだろうけど、それにしてもなかなかいいチョイスなんじゃないかな、その2品。よし、ちょっと浮いたお金(?)で、味玉(100円)ものせちゃえ。いいぞいいぞ。そんでもってもちろん、「スーパードライ中瓶」(580円)の食券も購入し、いざ入店。

「スーパードライ中瓶」「スーパードライ中瓶」
さっそく到着したスーパードライを、グラスにトクトクっと注いでごくり。っくぅ。労働のあとの瓶ビール、大正義だな。あいかわらず。

「チャーシューネギ盛り」「チャーシューネギ盛り」
ビールのおともに頼んだチャーシューネギ盛りもいい。チャーシューは薄めなんだけど、かなり慎重につかまないとほろりと崩れてしまうくらいに柔らかく、しかし肉の旨味がしっかりある。そこにざくざくっとしたねぎと甘めの醤油だれ。そして300円の小皿というちょうど良さ。ますますビールがうまい。

と、しみじみ目尻を下げている僕のもとへ、かなりの短時間でラーメンも到着。目の前にトンと置かれたとたん、僕が空想していたとおりのたまらない香りが、ふわりと顔を包み込む。あぁ、これだよこれ、写真で一目惚れして、是が非でも食べたかったラーメンは!

「特製中華味玉」(890円)「特製中華味玉」(890円)
丼を黒っぽいスープが満たし、そこに満遍なく浮かぶ背脂。整然と並ぶ3枚のチャーシュー。ほんのり透明感のある玉ねぎと、それを囲うように配置された細長いメンマ。仕上げにつやりとした味玉がぽとん。

なんて美しいラーメンなんだろう。もう、ただずっと眺めていたい。けど、ただずっと眺めているタイプの料理からもっとも遠いのがラーメンでもある。さっさと食べよう。

テーブル上がお祭り騒ぎになってきたテーブル上がお祭り騒ぎになってきた名残惜しくもう15秒ほど眺めてから......名残惜しくもう15秒ほど眺めてから......
まずはれんげで、背脂とともにスープをすする。うわ、いい! 見た目よりもはるかにあっさりとしていて、きりっとした煮干しの香りをまず感じる。それから、明らかに醤油がうまい。やたらと深いコクがある気がする。それ以上のことは、あまり難しいことのわからない僕にはさっぱりだけど、きっとすごいこだわり醤油を使っているに違いない。ただ、あっさりだけで終わらないのは背脂の力。甘みがあって、香り良く、ズズズっていう食感も心地よくて。2口、3口、4口とスープだけを飲む手が止まらず、思わずノンストップで5口すすってしまった。

かなりの太麺かなりの太麺
続いて麺を引っぱりだしてみる。かなりの太麺だ。見るからに僕を優しく包み込んでくれそうな麺だ。おずおずと数本すすってみる。もぐもぐもぐ。あぁ~......これは、すごく美味しい。太麺だからってガシガシ、ワシワシの、超絶歯ごたえタイプではない。むちむちとして、噛みしめるたびに小麦の香りがほわっと広がって、なんだか麺自体に甘みがあるような気がする。このスープにはこの麺以外ない。そう感じさせてくれる相性だ。

あとはもう、夢中ですする。スープと一緒にほろほろ吸い込むと、シャキシャキ甘い玉ねぎに、これまた圧倒的必然性を感じる。次第にとろけて麺やスープと一体になっていくチャーシューも絶妙だ。味玉は良い半熟加減と味つけでとてもうまいけど、あくまで僕個人の見解としては、なくてもいいかも。そのくらい、基本の背脂中華が完成されすぎている。

後半は次第に丼のなかの具材たちが渾然一体となり、このあたり、僕の愛する立ち食いそばの「かきあげそば」と近い世界かもしれない。むちむちが太麺は絶品スープを吸い、さらに優しく、どこかうどんを思わせる食感になってゆく。癒される......なんて癒される一杯。 僕はラーメンの世界にはあまり詳しくないので、「背脂と煮干と太麺の組み合わせならあっちがうまいよ」とか「もっと先にやっていた店があるよ」とか、そういう意見を今、胸に抱いている読者の方もいらっしゃるのかもしれない。いや、ほんとに詳しくないので、いらっしゃらないのかもしれない。

とにかく、僕は一発で、なおじが大好きになってしまった。それだけのことだ。なんだか、いろいろと経てきてそろそろ45歳にもなろうとしている自分の、今のモードや、体の状態に、ものすごくしっくりとくるラーメンなのだ。 というわけで、断然ファン宣言、勝手にさせてもらいます。

帰り道に帰り道に
ところでその後、腹ごなしに駅前をちょっと散歩しつつ帰ろうとしていると、よく前を通る1軒の居酒屋に「ラーメン」ののれんがかかっているのを発見した。あれ? ラーメン屋に業態変更したのかな? と近づいてみると、なんと、ラーメン好きのオーナーと元大勝軒の店長が作る、月2回限定のラーメン提供デーだったらしい。しかも、毎回ブレンドするだしが違うから、一期一会の味らしい。えー! なんてこった。食べたい食べたい!

いや、今ラーメン食べてきたばっかりだから、無理なんだけど......。次回かな。 う~む。上井草ラーメンシーン、熱いな。

●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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