6月12日、"こってりよりもこってり"というキャッチフレーズで全国販売が始まった天下一品の新メニュー「こってりMAX」が人気を集めている。果たして、どれほど"こってり"なのか?
そして、このメニューが生まれた裏側とは? 開発責任者の方にいろいろ聞いてきました! さらに天下一品だけじゃない、こってりなラーメンの系譜を本格調査! こってり雑学満載な特集です!
■「こってりMAX」の原点は"思い出の味"
6月12日、ラーメンチェーン「天下一品」が、代名詞ともいえる「こってり」を進化させた新商品「こってりMAX」を発売した。まずは、その食リポから始めたい。
"こってりよりもこってり"というキャッチフレーズにたがわぬラーメンである。濃厚なスープが麺に絡む、というか粘りつく。麺が束になり、まるでカルボナーラだ。
鶏ガラと十数種類の野菜などを煮込んだスープは、食べ進めるほどなじみ深い味の濃度が増す気がする。麺を完食するとスープもあらかたなくなっていた。どんぶりの中で麺とスープが一体化していたのだ。
いかにして「こってりMAX」は生まれたのか。「天一食品商事」の社員で同メニューの開発責任者である中山修一氏は販売までの経緯をこう語る。
「実は『こってりMAX』の原点になっているのは、ある店舗のオーナーさんの"思い出の味"なんです」
天下一品では、フランチャイズ店として独立するには直営店で修業しなければならない。十数年前、京都市の「天下一品総本店」で"こってりよりもこってり"したラーメンが休憩中のまかないとして提供された時期があった。
2012年9月、その味が忘れられなかったフランチャイズのオーナーが開発したのが、西日本の一部店舗で発売された「絶品MAX」だ。これが「こってりMAX」と名前を変え、全国展開するまでには、こんな経緯があった。
天下一品は21年に創業50年を迎え、50周年記念事業として、22年2月と7月に「超こってり」という期間限定の商品を売り出した。ところが、1店舗につき1日限定5食と提供できる数はかなり少なかった。
天下一品のオープンは一部を除き午前11時だが、ほとんどの店舗で開店前の9時には5人の客が並び「超こってり」はすぐ売り切れてしまう。
「食べたいのに食べられない」
そんな全国の"こってりファン"の嘆きの声が続々と中山氏に届いた。
「私たちは全国の方々にこってりを愛してもらっているとは知っているつもりでしたが、まさかここまでとは」
こうして〈天下一品史上最強こってり〉の全国展開プロジェクトがスタートした。
「こってりMAX」を発売後、客足は伸びたという。
「実感レベルの話ですが、ご来店いただくお客さまの半数にご注文いただいている印象です。やはり天下一品に求められているのはこってりなんだな、と思いました」
■ラーメンのジャンルとして定着
ここで天下一品のラーメンだけではなく、「こってり味」全般について深掘りしてみたい。昭和初期から中期の雑誌などからひもとくと、「こってり」という言葉は濃厚なお汁粉やシチュー、あるいは厚化粧などを説明する副詞として用いられていたようだ。
ただ、食べ物に関しては特にラーメンでこの言葉が使われることが多い気がする。その理由のひとつは天下一品の存在にあるかもしれない。
天下一品のラーメンが京都の屋台で産声を上げたのは、1971年。創業時から「こってり」のスープが売りだった。そこから同店は50年にわたって「こってり」を貫き、222店舗(2023年6月14日現在)にまで拡大した。この全国に店舗が広がる過程で、濃厚な味わいのラーメン全般を「こってり」と表現することが定着した、と推測することは可能だろう。
一方、『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』(光文社)の著者である青木健氏は、もう少し解像度高めにラーメンにおける「こってり」を定義づける。
「同じ麺類でも、うどんやそばには、こってりという表現はまず使いません。それは、シンプルにこれらのスープには脂が入っていないから、だと思います。となると、脂をふんだんに使ったスープのラーメンがこってりの条件のひとつといえるでしょう。
ところで今、ラーメン好きの間では鶏白湯(パイタン)ラーメンが人気ですが、天下一品のラーメンはその先駆けといえます。鶏白湯には脂がたっぷり含まれる。そのこってり感こそが、天下一品の味なんです」
鶏白湯ラーメンとは鶏がらなどを白く濁るまで煮込んだスープをベースにしたラーメンのこと。前出の中山氏によれば、天下一品ではチェーン店全体で鶏がらを1日最大で1万6000㎏も使用しているという。大量の鶏がらが、天下一品の50年を支えてきたのだ。
■客が「こってり」と呼び始めた
もちろん、こってりをこってりたらしめるのは鶏がらだけではない。現在は豚の背脂やラードなどを加えたラーメンも一般的だ。その嚆矢(こうし)となるラーメンが誕生したのが、1935年。屋台「貧乏軒」を難波(なんば)二三夫氏が引き始め、これが背脂豚骨醤油ラーメンの始祖といわれる「ホープ軒本舗」(東京・吉祥寺)の前身となった。
戦後、難波氏は「ホープ軒本舗」を開業するものの、65年に区画整理に伴い店舗を閉めて、再び屋台に回帰する。同時に、貸し屋台業を手がけた。この貸し屋台から現在も愛されるたくさんのラーメン店が生まれた。
そのひとつが80年代から90年代にかけて大ブームになった"背脂チャッチャ系"で人気を博す「土佐っ子ラーメン」(以下、土佐っ子)である。
ちなみに、背脂チャッチャ系とは豚の白い背脂をスープに浮かしたラーメンのこと。背脂こしで背脂をチャッチャと振りかける様子から、ラーメン好き界隈(かいわい)ではそう呼ばれている。
雑誌記事を遡(さかのぼ)ると、土佐っ子は最初期にこってりと呼ばれたラーメンのようだ。35年前の『婦人公論』(88年7月号)に土佐っ子店主のインタビューから「こってり」という呼び名が自然発生したのがわかる。
〈ギトギトとか、コッテリラーメンというのは、お客さんがつけた名前です。栄養たっぷりの"スタミナラーメン"っていうのが、ウチのキャッチフレーズなんですけどね〉
こってり味には中毒性がある、などといわれたりするが、その"都市伝説"の端緒とも思えるコメントもある。
〈お客さんがよく麻薬みたいだって。一度食っちゃうと、また二度、三度、食いたくなっちゃうって言うんですよ。麻薬なんか入ってませんよ〉
■ラーメン多様化の時代
この記事に代表されるように、「こってり」がラーメンのジャンルとしてメディアに取り上げられ始めるのが、80年代後半から90年代前半のこと。その頃から週刊誌などで〈こってりvsあっさり〉とうたったラーメン対決が誌面をにぎわせ始めた。前出の青木氏はこう言う。
「こってり・あっさりといえば、天下一品のメニューでも選択ができます。ただ私が、こってりという言葉の広まりとして注目したのは96年に東京青山に1号店がオープンした『麺屋武蔵』です。食券を渡すとき、こってりにするか、あっさりにするか、必ず聞かれる。このやりとりが、こってりが認知されたことに少なからず影響を与えているのではないか」
ちなみに、ファンの間では定番だが、天下一品にはこってりとあっさりの中間を味わえる「屋台の味」というメニューも存在する。
さて、90年代は札幌ラーメン、喜多方ラーメン、尾道ラーメン、博多豚骨ラーメンなど地方発のラーメンがメディアで頻繁に紹介され、続々と東京に進出した。全国各地で独自に進化、発展したラーメンの多様性に関心が集まったのである。
「例えば天下一品の創業の地である京都は日本有数のこってりラーメンどころです。老舗の『中華そば ますたに』(北白川など)のラーメンも背脂をふんだんに使っています。
『麺屋 極鶏(ごつけい)』(一乗寺)ではドロッとした濃厚なスープが特徴です。京都には、古くから西陣織などの職人さんがいました。作業中に汗をかく彼らが、濃い味を欲したのかもしれません」(青木氏)
■北海道で起きた"こってり"な事件
90年代後半、こってりとしたラーメンの台頭が北海道でひとつの事件を引き起こしていた。98年1月、札幌市の下水道管が詰まり、汚水がたびたび逆流する被害に見舞われた。清掃すると、下水管からラードの塊が出てきた。
ラーメン店で使用された大量のラードが廃棄され、冬の寒さで固まってしまったのだ。この事件は裏を返せば、この時期には、こってりとしたラーメンがたくさんの人に愛されていたことの証明ともいえるだろう。
■こってり味の新しい可能性
「こってりとしたラーメンに限った話ではないのかもしれませんが、若い人たちは刺激を求めている。ラーメンも味が濃くて、脂も多く、麺も硬めのほうがいい。だからどんどん刺激が強いラーメンが開発されていく。特に東京では、どんどん過激になっていく傾向にあります」(青木氏)
今後、こってりとしたラーメンはどのように進化していくのだろうか。
「こってりの刺激は脂だけではありません。例えば、豚骨スープはますます濃度が上がってきている。今や濃度ではなく、粘度でこってり度合いが語られるほどです」
では、青木氏がオススメする都内の店舗は?
「『らーめん 平太周(ひらたいしゅう)』(五反田など)は土佐っ子の背脂チャッチャ系ラーメンの流れをくんでいて、大量の背脂のコク深いスープを絡めた麺がおいしい。ほかにも『大慶』(阿佐ヶ谷など)も土佐っ子の系譜を受け継いだ店ですが、味噌ラーメンの程よいこってり感がいいですね。
『ラーメン あらしん』(立川)の濃い色のスープは、麺も卵も黒く染まるほど。『ラーメン きら星』(武蔵境)では、『とんこつラーメン』のほかに『どとんこつ』という名の、さらにとろみがある濃厚な豚骨スープが味わえます。
『桜上水 船越』(桜上水)の『塩中華そば』は、こってりとしたスープですが、塩味とコショウのキレが利いていて、こってり味の新しい可能性を示してくれます」
■天下一品「こってり」のおいしい食べ方
青木氏は、ラーメンを前にすると「どう食べたら一番おいしいかを常に考える」という。
「繊細なラーメンの場合、香味油や鶏油(チーユ)が仕上げにかけられたところから食べたり、こしょうが利いたメンマの付近から口にしたりすると味の印象が変わります」
天下一品のラーメンにもそういったこだわりの食べ方があるのだろうか? 前出の中山氏に聞くと「あくまでも私個人としての楽しみ方ですが」と前置きした上で、こう話してくれた。
「『こってりMAX』に限らず、口をつける前に、まずしっかり混ぜて麺とスープを絡ませる。それが私のルーティンです。それから、豪快に食べる。スープの粘度が高いので、麺と一緒にスープが持ち上がる。たぶん、れんげは必要ないはずです」
こってりを食べた後、餃子や唐揚げをスープにつけて、一滴も残さずに食するファンも少なくないと中山氏は言う。
「こってりの食べ方はお客さまそれぞれが自由につくりあげてくださっています。私たちから見ても本当においしそうな食べ方をされています。新しい食べ方を知るたび、こってりは本当に愛されているんだな、と感じるんです」