ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
あいかわらず妻子がハマっている「ちいかわ」というキャラクターの限定グッズが発売されるということで、ネットの先着予約に僕も協力した。いよいよその発売日となり、妻が仕事休みの日、店頭購入のため、午前中から原宿「キディランド」を、ともに訪れることにした。
自分はそこまでちいかわに熱を上げているわけではないけれど、家にあれこれグッズがあるからだんだん愛着も湧いてきているし、なにしろ出かけるのは好きなので。 目的の品は無事購入でき、付き合いで来たようなものだったけど、所狭しと並ぶおもちゃにわくわくしてしまって、しばし店内を徘徊。ついつい、漢字の「富士山」がモチーフとなっている斬新なプラモに一目惚れして、衝動買いしたりした。
時刻は11時半。午後はまた仕事の打ち合わせが入っていたり、書かなければいけない原稿もあるから、あまり長居する時間はない。それに、このあたりは昼を過ぎればどこも大にぎわいだろうから、昼食を食べておくなら今がチャンスだ。
そう提案すると妻は、「このすぐ近くに、前に一度行った美味しいタイ料理屋があった気がする」と言う。午後からは雨が降るようで、若干湿気混じりながら、気温的に不快指数が高いほどではない今日の気候。タイ料理なんて最高じゃないか。「この裏手だった気がするんだけど......」という妻について行くと、本当にすぐ、徒歩2分もかからず着いてしまった。
店は「チャオバンブー」といい、道と接する壁一面が外に対して全開放され、簡易なテーブルとカラフルなプラスチック製の椅子が並ぶ様子が、いかにもタイの街角にありそうな店の雰囲気で楽しい。メニューも数種類のランチメニューからひとつを選ぶような感じではなくて、アラカルト、ごはんもの、麺ものなどがひととおり揃い、そこから自由に選ぶ方式のよう。近年めっきり食の細い自分にとっては嬉しい。ごはんものをひとつとって、おかずを2品。それをふたりでシェアするくらいがちょうどいいだろう。
せっかくの絶好のシチュエーションだ。まずは「アサヒスーパードライ」をもらう。小瓶から直接飲むのがなんともそれっぽく、シチュエーションとあいまって最高にうまい!
前菜にちょうど良さそうだなと頼んだ「蒸し鶏の葱油ソース」が届いた瞬間、思わず「うわぁ......!」と小さな歓声をあげてしまった。シンプルに、ものすごく美味しそうだったので。レタスの上に、見るからに柔らかそうな鶏肉がたっぷり。その上に、細く細く刻まれたねぎとしょうがが、これまたたっぷり。
さっそくひと口つまんでみると、あ、思いのほか優しい味わいだ。ナンプラーとか辛さがガツーン! とくる感じじゃない。けれども、ほろっほろになるまで煮込まれた鶏の旨味と、なんとも表現しがたい、穏やかでふくよかな塩と油の旨味。そこに香味野菜のアクセントと、たまにがっつり唐辛子の辛さが加わる。もぐもぐ、ぐびり。幸せ。
タイ料理は大好きだけど、それだけにどこで食べても美味しく、ここまで「またこの店に食べにきたい!」と思うほどの店って、正直そんなに多くない。僕の場合だと、以前この連載にも書いた「モモタイ」(ここは別格)や「バンコクガーデン」くらいか。まぁ、そもそも僕がそんなにタイ料理に詳しいわけじゃないからっていうのもあるんだろうけど。
とにかく、たったひと品食べただけで、もうこの店のファンになりはじめている。続いて、そんな僕にとどめを刺す料理が到着した。到着、してしまった。「ナスの花椒炒め」。「わぁ......!」もはや、料理が届くたびに歓声をあげるのを抑えられない。
大前提として、このボリューム感にしてこの値段。考えてみれば、昔ながらの定食屋とか大衆酒場と違い、日本におけるタイ料理屋で、「お客さんにお腹いっぱいになってほしいから、ついつい大盛りにしちゃうのよね~」みたいな店って、あまり知らない。いや、自分がそうなだけであるんだろうけど、とにかくそういうイメージがあるから、何気なく美味しそうだと思って頼んだ炒めがナス炒めが皿からあふれんばかりのボリュームで、そのことにかなり感動してしまった。
で、これが! 死ぬっっっほどうまい! あっつあつの揚げナスの、パリッと香ばしい皮と、とろり~んと甘い実が渾然一体となった、ある意味、肉にも勝る美味しさ。それが大前提にあって、優しく甘じょっぱく、ほんのりと酸味があって、実山椒のしびれが絶妙に効くタレの味わいが絡む。ザ・タイ料理という感じじゃなくて、中華っぽくもあるんだけど、完全にそうというわけでもなくて、もはやこれは、"チャオバンブー料理"なのだ。
うまいうまい。あぁうまい。しかも、量が本当にたっぷりなので、そのうまさが何度も何度も味わえる。もう、骨抜きだ。チャオバンブー。 そしていよいよメインのごはんものが到着。
「トムヤムチャーハン」。なんかさっきから同じことばかり言ってるような気がするけど、これまた「トムヤム味です! 好きでしょ!? がっつり、味、効かせておきましたので!」って感じじゃないんだよな。熟練の技によって仕上げられた、ふわりと甘いチャーハン。まずそれが絶品。そこに、海老や袋茸やパクチーといった定番食材が加えられ、絶妙にちょうどいい青甘酸っぱいトムヤム風味が効いている。これを食べて「また食べたい!」と思わない人、いるんだろうか。
どの料理もあまりにも真っ当を超えて美味しく、僕は一発でチャオバンブーを好きになってしまった。ビールを飲み終えてまだまだ料理は残っているから、午後も仕事はあるのに、思わず「ジャスミンハイ」をおかわり。
あんまりにもいい気分で、なんだかもう、理由もなく泣きそうになってきた。こんなタイ料理屋が、原宿の駅前一等地にあったんだなぁ。
帰ってから調べてみたところ、チャオバンブーのオープンは1990年。創業30年以上ともなれば立派な老舗だ。2021年からビル建替えのため一時閉店をしていたが、翌年、無事同じこの場所で営業を再開したのだそう。
めったに行かない原宿という街ではあるけれど、おかげでまた行く理由ができた。目下、「ナスの花椒炒めをおかずに白メシが食べてみたい」という新たな夢を実現するため、撮影してきたメニューを眺めつつ、その攻略法を練っているところだ。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】