ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

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フリーライターをしている僕のような者にとって、仕事上もっとも嬉しいことのひとつが、自分の本を作ってもらえることだ。ありがたいことにこのたび、長く続けている「つつまし酒」という連載の、3冊目の本を作ってもらえることになった。

そしてまた、フリーライターをしている僕のような者にとって、仕事上もっとも大変なことのひとつが、その書籍化にまつわる「単行本作業」ということになる。ここのところ、その作業にかかりきりになっている。連載で書いてきた文章をひとまとめにするだけなんだからたいした苦労もないように感じるけれど、けっきょくなんだかんだとさまざまな作業が発生し、加えてふだんの仕事だってもちろんあるから、締め切りが近づけば睡眠時間を削ることになる。

ここ数日は、「赤入れ」と呼ばれる原稿チェック作業をずっとしていた。ところがそこに書いてあるのは、本1冊丸々、自分の好きな酒やつまみのこと。ページをめくるたび、ああいいな、あれも食いたい、これも食いたい、もちろん酒も飲みたいと、仕事をほっぽりだしたくてしょうがなくなってくる。自分で書いた文章を読んで、まったくバカな話だ。

とにかくその作業がギリギリもギリギリでなんとか終わり、それから郵送をしても間に合うはずもなく、ヘロヘロになりながら護国寺にある出版社まで届けに行ってきた。赤入れの終わった原稿を担当の編集さんに無事渡せ、疲れはあるけど大きな達成感もある。時刻は午後2時を過ぎたころ。とにかくなんか食べよう! 話はそれからだ。

今の気分にちょうど良さそうな飲食店を探しながら駅に向っていると、ひとつの店が目に止まった。「中華 栃尾」。どちらかというと日本そば屋のようなモダンな佇まいが珍しく、新進気鋭の中華屋かな? と、前まで行ってメニューを確認してみる。すると予想に反し、構成は昔ながらの町中華そのものだ。

護国寺「中華 栃尾」護国寺「中華 栃尾」「半チャンラーメン」から始まるメニューがいい「半チャンラーメン」から始まるメニューがいい

これはいいな! そういえば先述の本のなかでも特に、自分が作ったチャーハンの写真および描写がやたらとうまそうで、ものすごくチャーハン欲が高まってたんだよな(やっぱりバカ)。メニューにある、「TVで紹介されました!!」とまで書いてあるから名物なのであろう「肉入りチャーハン」。これだ! 今日、今、我が体内に摂取すべきものは、この世の中でこれ以外にありえない! 迷わず入店する。

ふたりがけのテーブルが2セットある以外はカウンター数席のみの小さな店内。ところどころに、フリーの梅干しがあったり、ふりかけがあったりするランダム感がおもしろい。雰囲気からして確実に歴史は長いに違いないけど、きっと近年建て替えられたのだろう。どこもかしこもピカピカで気持ちがいい。

幅広いメニュー幅広いメニュー推しらしき短冊メニューも  推しらしき短冊メニューも

メニュー表や店内の壁にアルコール類の表記がなく、ほんのちょっと焦りつつ、念のため「ビールなんかはないですかね?」と店員さんに聞いてみる。すると「中瓶がありますよ!」とのこと。やった。それから料理。ここにきて、「朝鮮焼きライス」や「とん汁バターラーメン」といった、どんなものか見てみたいメニューも気になりだしてしまったけど、なに、また来ればいい。ここは初志貫徹で、肉入りチャーハンを!

「瓶ビール」(550円)「瓶ビール」(550円)

すぐに届いた冷え冷えのビールを、グラスにトクトクと注いでぐいっとひと口。今日は出版社からここまで数分歩いてきただけで汗をかくような天気で、かつ仕事の山を超えて久々に飲む酒でもある。うまくないはずがない。あぁ、キンキンのビールが喉から胃袋を超え、全身に染み渡ってゆく......。

ご主人の鮮やかな手さばきとともに、ジュージュー、カンカン! と景気のいい音をたてつつ完成した肉入りチャーハンも、ついに到着。こ、これは、すごい!

「肉入りチャーハン」(1000円)「肉入りチャーハン」(1000円)

チャーハンの上にこれでもかと覆いかぶさる、肉! 肉! 肉! 想像をはるかに超えてきた。今、このチャーハン以上に僕の心身を癒してくれる料理があるだろうか? 食べる前からそんな気持ち。

いただきます......!いただきます......!

まずは肉をそっとよけて、チャーハンオンリーでいってみる。するとこれが、はちゃめちゃにうまい! 炒めかたが、しっとりかつパラパラの超名人級で、米のひと粒一粒を油がてかりとコーティングしている。味は濃すぎず絶妙な塩加減。具は玉子やねぎが最小限に入っているくらいだけど、だからこそ米の甘みや、それらを炒めたチャーハンならではの香ばしさをぞんぶんに味わえる。

さてチャーシューはさてチャーシューは

たっぷりの角切りチャーシューが、これまた上品な味わい。しっとり柔らかく、こちらも豚肉自体の旨味を主役に据えるような味つけがされていて、この量にしてまったく重たくない。チャーハンと一緒に思いっきりほうばり、ビールをごくり。て、天国だ......ここ......。

また、シンプルな醤油味のスープがこれまたよく、すべてが上品でありつつ、しっかりとした満足感を感じさせてくれる店だな。真っ白に青いふちどりが潔い器、「栃尾」とだけ名前の入った白いれんげ。なにもかもが、泣けるほどにいい。

ごちそうさまでしたごちそうさまでした

護国寺の名中華「栃尾」。今日、このタイミングで出会えて本当に良かった。しばらくの苦労が報われたし、明日からまたがんばれそうだ。

●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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