ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
荻窪駅から徒歩で十数分歩いた場所という、なかなか珍しい立地で仕事を終え、夕飯を食べつつ一杯やれる店を求めて徘徊していた。時刻は夜の9時前。今自分がいるのは「日大二高通り」。なんと、気づけば懐かしき母校「日大二校」のすぐ近くじゃないか。けれども特に、よく通った思い出の店というようなものもない。高校時代に腹を満たすといえば、母親の作ってくれた弁当か、学食か、学校の目の前のパン屋「ポップ」のパンくらいだったから。
ただ懐かしき街並みの雰囲気に浸りながらしばらく歩いていると、問答無用に気になる外観の店を見つけた。
「ライスハウス 里」。人の興味とは移り変わってゆくものだ。こんなにも気になる存在の店が、母校の目と鼻の先に、どう考えたって当時からありそうな空気感で佇んでいる。それを学生時代は、気にもとめたことがなかった。けれども酒好き、かつ個性的な個人経営の飲食店好きな大人に成長した今、強烈に気になる。飲み屋や飲食店の"自称"とは、居酒屋だとか、スナックだとか、それをかけあわせて「イザック」なんて名乗っている店もあるくらいに自由、かつ無限なものだけど、「ライスハウス」は初めて見た。もう、入ってみないわけにはいかない。
広々とした店内は、どこを見ても店主の個性が爆発したような味わいだらけ。カウンター席につき、目の前の日替わりメニューを興味深く眺めていると、さっそくそのご主人に話しかけられる。
「お兄さん、うち初めて?」
「はい」
「あのさ、日替わりメニューなんて見たってしょうがねぇよ。そんなのいいわけねぇじゃねぇか。ここはもう42年やってんだよ? こっちの、普通のメニューが自慢に決まってるって!」
はい確定! このクセ。この店、もう大好き。
ここはご主人の劇場だ。素直にアドバイスに従い、レギュラーメニューをチェックする。「チキンカツ」「チキンソテイ」「ポークカツ」「ポークソテイ」あたりが特に看板メニューのようだ。となるとポークカツか......ん? カツカレーもあるぞ。僕がこの世でいちばん好きな食べもの。写真を見る限り、カレーはカツにかかっておらず別添えのようだし、これならポークカツ単体の味もしっかりと味わえそうだ。よし、カツカレー、お願いします!
加えて、それが来るまでのあいだ軽いつまみでビールでも飲んでいたく、瓶ビールと「十品目の納豆」も頼んでおく。するとご主人がひと言。 「あれ? お兄さん、うちは納豆とみそ汁しかうまくない店なんだよ。さては誰かに聞いてきた?」
わはは。いや、聞いてない聞いてない。
すぐにやってきた、とても200円とは信じられない具だくさんの豪華納豆がうまい。続いて到着した定食のサラダ。これまた、信じられないくらい具だくさんで、にんにく風味の効いたオリジナルのドレッシングがうますぎう。というか、ブロッコリーとカリフラワーの両方が入ったサラダなんて初めて食べたぞ。
そしてカツカレー。これが本当に大正解だった。サクサクの衣に包まれた豚肉がジューシーで、もっちもちに柔らかい。今まで食べたことのあるどのとんかつとも違う美味しさだ。それだけでも嬉しいのに、しっかりスパイシーでありながら心癒されるような優しさもあるカレーまでついてくる。その融合。最高。
しかも、さすがに"ライスハウス"を謳うだけある。お米自体がめちゃくちゃうまい! これとさっきのサラダでたった1000円? やっぱりここ、とんでもない名店だ......。
いやぁ、本気で大満足。こんな名店が母校の近くに、当時からひっそりとあったとはなぁ。通うのはなかなかに難易度の高い立地だけど、まずはレギュラーメニュー制覇を目指し、近くに寄った際は地道に訪れることにしよう。はたして、日替わりにたどり着けるのはいつになることやら......。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】