新作『デモクラシー』を上梓した堂場瞬一氏
「あなたは今日から議員です」――202×年、憲法改正により日本の政治システムは一変、20歳以上からランダムに選出された「国民議員」がオンラインで議会に参集し、総理大臣も直接選挙で選出!? 突然、自らが政治に関わることになった女子大生の困惑、議員活動をフォロー・監視しつつ翻弄される官僚の苦悩、理想を掲げる現首相と旧体制への復活を目論む政治家たちの暗闘......。

人気作家・堂場瞬一氏が新作『デモクラシー』で描く、革新的ともいえる近未来は今、まさに政治不信が常態化し、政治参加への無関心と失望が問われるこの国に刺激的なカンフルとなる"実験小説"だ。意欲的にジャンルを超越し続ける著者が、あえてタブーともいえる"あり得ない?"新境地に挑んだ理由、その真意を前編記事に続き、直撃した。

――もうひとつ、面白いと思ったのは、田村さんが議員になることを受けるかで迷いながら「4年間の任期で議員報酬が総額2千万円(年収500万円)」と知って揺らぐところです。「政治家や議員になんてなりたくもない」と思っている若者も含めて、あの見返りなら「それもアリかも?」って思いそうだなと。

堂場 抽選で選ばれた議員1000人にこれだけ払っても、今の国会議員にバカ高い歳費を払ってるよりよっぽどマシなんですよ。それから、あと「選挙費用」ですね。実はお金の問題で言うと、毎回、選挙にかかる費用というのがこれまたすさまじい額で、それは私たちが納めた税金で賄(まかな)われている。でも、国民議員を抽選で選べば「選挙」はなくなるし、議員報酬さえ払えば、歳費も必要ないので、それをカットするだけでもだいぶ節約できるはずです。

これは、はっきりとは書いてないけど、実はこの小説って選挙をディスってるんです。今の政治家って「選挙に落ちたらただの人」なので、おそらく自分の時間と考えの少なくとも半分ぐらいを「選挙」に費やしていて、本来の仕事である国策については、多く見積もってもせいぜい半分しか使っていないからね(苦笑)。

──確かに、ほとんどのエネルギーが「政治家であり続けること」という自己保身のために使われていて、その残りで国政に携わってるという印象です。

堂場 でも、その選挙の心配がなくなって、議員報酬として「人間ひとりが4年間、あまり心配しないで暮らせる程度のお金」さえ出せば、常に選挙のことばかり考えている「政治のプロ」に任せなくても、普通の人たちの主体的な政治参加を実現できる可能性がある。

さっきの裁判員制度の話でも触れましたが、やはり日本人ってまじめだから、自分が突然、抽選で選ばれても、きちんとこの程度の報酬を保証してあげれば、僕はほとんどの人がちゃんとやるんじゃないかと思います。この本では「国政」の話にしていますが、実はこうした仕組みって、地方議会から始めたほうが、リアリティがあったかもしれないなと。

地方議会って議員のなり手がいなくて選挙が成立しないみたいな場所がある一方で、田舎では政党と既得権益がガチガチにくっ付いているケースも多くて、地方の選挙だと「得体の知れない爺さんばかり」......だったりする。まじめな話、それなら選挙なんてやめて、抽選にしちゃうほうがいいんじゃないかと思いますね。

──その田村さんも含めて、誰かひとりの「主役」の視点ではなく、まるで複数のカメラで撮った映画のように「この変革をリードした政治家」や「それに反発する旧来の政治システムにどっぷりの政治家」「議員たちの動向を調査する役目の官僚たち」など、様々な異なる視点で物語が多面的に、しかもテンポよく構成されているという点も興味深いです。

堂場 今回、一番描きたかったのは「人間」じゃなくて「システム」なんです。そこで、登場人物には「駒」に徹してもらうことにしました。もちろん、ちょっと強い登場人物は何人かいるんですけど、それも主役というよりは単なる「駒」でしかない。

通常なら、誰か強い登場人物を主役に立てて、その人物が「あるシステム」に抗(あらが)いながら戦っていく姿を描く......というのが、小説の普通のやり方だと思います。でもそういうのって、既によく書かれてるので、今回は敢えて軸となる主役を設定せず、登場人物には「駒」に徹してもらうことで、彼らがはまり込んだ「システム」そのものを浮かび上がらせたかった。その意味では「群像劇」ですらなくて、やはり一種の「実験」ですね。

だから本当は、この2倍の長さが欲しかったんですよ。もっといろんな立場の人を入れて、より多角的に描きたかったんだけど、それだととんでもなく分厚い本になっちゃうので、厳しい担当編集者に却下されました(笑)。

堂場瞬一

──大きな「システムの話」という意味では、憲法改正で国民議会という新たなシステムを実現し、直接民主制に近い政治を目指す現首相の「新日本党」と、それを以前の議会制民主主義に戻そうとする守旧派「民自連」のせめぎ合いも面白かったです。

堂場 そこはリアリティの追求なんです。一回、政治のシステムが大きく変わって、そのままいっちゃうというのは僕の中でリアリティがない。やっぱり、権力者は権力が大好きなので、なんとか自分で権力を持ちたいと思うし、自分から権力を奪うような変化があれば、再び取り戻そうと「揺り戻し」をかける......というほうが、遥かにリアリティがあったんですね。

ただ、普通だったら、そこでまた元に戻っちゃうっていうパターンなんですけど、この小説では更に揺らぎ返しがきて......という風になっていて、僕は「揺らいでてもいい」って思ってるんです。日本という国は、政治家がどんなにダメでも国民は勤勉なんで、ある程度、政治が揺らいでもなんとかなるし、変化を恐れて「現状維持」にしがみ付いているくらいなら、むしろどんどん揺らげばいい。「転覆」しない限りはね。そうやって、何度も振幅しながら進んでいくのがリアルな世界だと思う。

人間って、揺らいで悩んだり、厳しい状況を経験したりしたことで経験値が上がっていくものなので、とりあえず「無難にいきましょう」で済ませていると何も成長しない。それは国も同じだし、政治もそう。日本の場合、政治も変化を恐れるあまり、ひたすら現状維持で葛藤も苦労もしてないから、結局、何も前に進んでいかないんです。

ただ、この小説でさえ、これだけ大きくシステムを変えたのに意外と「国民生活は何も変わってないじゃん?」っていうのも、ある意味ではリアルで面白い(笑)。大きな変革があって、だからといって私たちの暮らしはすぐに変わるというものではないという。

──とはいえ、この物語の中で4年間の議員生活を通し、大きく成長した田村さんのような人が少しずつでも増えれば、その先に希望も......?

堂場 そう、彼女の30年後に「何かが......」っていう可能性もあるわけで。そういう経験を通じて、あるいはこの本を読んだことで、ひとりひとりに小さな変化のきっかけが生まれれば、もしかしたら今「ちょっとどうかな?」と思ってる未来を変えることに繋がるかもしれないよね。

説教くさかったり扇動小説にするつもりもないし、あり得ねえなと首をひねりつつ、こんなワケのわからない状況の日本で、もっと多面的にいろいろ言い合えるのが当然な社会になればいいなと。

まぁ正直、この作品を書きながら人口減社会のシミュレーションであるとか、どんどんマイナス思考で暗くなるところもあったので(苦笑)。間違った方向じゃなく、みんなが楽しく幸せに暮らせる社会に向かってくれればとは願っています。

堂場瞬一

●堂場瞬一(どうば・しゅんいち)
1963年、茨城県生まれ。2000年、野球を題材とした「8年」で第13回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。スポーツ小説のほか、警察小説を多く手がけ、「ラストライン」シリーズ、「警視庁追跡捜査係」シリーズなど、次々と人気シリーズを送り出している。ほかにメディア三部作『警察回りの夏』『蛮政の秋』『社長室の冬』、『宴の前』『弾丸メシ』『ホーム』『幻の旗の下に』など著書多数。