ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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ライムスター宇多丸さんがMCをつとめるTBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション」にゲスト出演させてもらったのは、もう何度目だろうか。 ありがたいことに数えきれないくらい、毎度毎度飲み友達のライター、スズキナオさんとワンセットで、人気アナウンサーでありながら稀代の飲み手、日比麻音子さんがパートナーの水曜日に呼んでもらっている。
といっても、毎回これといった内容は特になく、ただただみんなで楽しく酒を飲むだけ。今回は、ちょうどその日が誕生日だという日比さんを祝い、ちょっといいおつまみを用意したり、日比さんが生まれた日の新聞を眺めながら、わいわい酒を飲めばいいらしい。ラジオって、そんなことで許されるんだろうか? と、毎回不思議に思うが、いいというんだからいいんだろう。
そんなことだから毎回、スタジオのある赤坂に早めに行って、ひとり前飲みするのが楽しみのひとつになっている。数年前までは赤坂なんて高級店ばかりで、場末者の自分が気軽に飲める酒場なんてないだろうと思っていた。けれどもそれは決めつけで、訪れて徘徊してみればみるほど、赤坂にこんな店があったんだ!? という、お気に入りの店が増えてゆく。最愛は、酒や料理の値段に対する質の高さが信じがたい「梓川」。他に、立ち飲みの「なかや」、串焼きの「小鉄屋」、たこ焼きで一杯やれる「ふくよし」、五島列島直送の刺身がうまい「赤ちょうちん ぶらり」など。
そんな流れで今回、ふらりと入ってみたのが。「つけ蕎麦酒場 ぢゅるり」という店だった。ぢゅるりっていう店名、どうなの? とは思いつつ、リーズナブルなちょい飲みセットなどもあるようだし、なにより、暑い今日は、冷たいそばで一杯やるのにぴったりだ。
店内のカウンター席につき、さっそくメニューを眺めてみる。そば類も、豊富にあるつまみも酒もリーズナブルだが、やっぱり特に「せんべろセット」が魅力的。内容は、好きなドリンク2杯とおつまみ1品でぴったり1000円。つまみは「白菜の浅漬け」「鶏の唐揚げ」「そば屋のやっこ」など8種類のなかから選べる。まずは生ビールと......「揚げ出し豆腐」で!
熱々サクサクの衣に包まれた、とろりとした豆腐。それをたっぷりのつゆとともに口に運ぶと、さすがそば屋の一品。つゆにしっかりとだしが効いていて、ガツンとうまい! すかさずよく冷えた生ビールをぐい~。よし、今日も幸せ。
その幸せを堪能しつつ、時間にそこまで余裕があるわけではないから、メインのそばも選んでおこう。「もりそば」が520円、「エビ天せいろ」でも900円と、やっぱりリーズナブル。そんななかから選んだのは「胡麻ダレつけそば」。さらにトッピングから「かき揚げ」もいっちゃおうかな。
するとこれが、おー! 値段から勝手に想像していた期待値よりもずっとうまそうで、嬉しくなってしまう。特に、そば殻まで練り込まれた挽きぐるみタイプと思われるそばが、ものすごく魅力的だ。
さらに、食べごたえのありそうなかき揚げも、とても200円とは思えないボリューム感。横に添えられた塩も、どこまでも酒飲み仕様で泣ける。
まずは通ぶってそばを2、3本、つゆにつけずにそのまま食べてみると、おぉ、やっぱり、しっかりと香りがあってうまいそばだ。
続いていざ、ごまだれにどぷんと浸し、ズズッと勢いよくすする。甘めでごまのコクたっぷりの濃厚なたれの味が、細めのそばの隅々にまで絡みついて口のなかに広がる。ぷりんぷりんと軽快なそばの歯ごたえが心地よく、噛めば噛むほどに、そばとごまだれの香りが融合して広がっていく。
ふらりと入ってみただけだけどここ、おそるべき店だな......。
ザクザクっと揚がったかき揚げの玉ねぎの甘みもこれまた幸せ。そばと交互にかぶりつき、おかわりした「プレーンサワー」をぐびぐび。このトライアングル、最強。
あぁ、今日もいい前飲みができた。そろそろラジオ局に、二次会に向かうかな。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】