ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

酒飲みのバイブル的漫画『酒のほそ道』などの作者として知られるラズウェル細木先生と、おそれおおくも僕、そして飲み友達のライターであるスズキナオさん(ふたりで「酒の穴」というユニットを名乗っている)の3人による展示企画が、高円寺のギャラリー「VOID」で、7月6日から23日まで開催中。

内容は、ラズウェル先生の美麗な原画や描き下ろしイラスト、僕がかつてひたすら描いていた酒とつまみのイラスト、ナオさんが小さな色紙にその場で思いついたひと言を書き、それに僕がイラストを添える「酒の穴のフィーリング書画」などの展示販売。他に、各種オリジナルグッズや関連書籍の販売。さらに、会場ではお酒も提供されていて、その場で飲むこともできるという天国のようなスペースとなっている。この原稿が公開されるはずの日、つまり今日は、まだぎりぎり開催期間中なので、ご興味があればぜひお越しください。

って、別にここで告知をしたかったわけではなく、いや、したくなかったと言えばウソになるけど、それが本題ではなく、期間中には、何度か僕らの在廊タイムも設けられた。

数日前も、残念ながら大阪在住のナオさんは来られなかったが、ラズ先生と僕が午後から夕方にかけて在廊し、展示に来てくれた方々と飲みながらひたすら歓談するという時間があった。そういう日はもちろん、終了後には打ち上げをしたい。しかもここは、個性的な飲み屋など無限にありそうな高円寺の街。ただ、タイミング悪くその日は、僕もラズ先生も体力的にへろへろだった。それもそのはずで、ラズ先生はただでさえ忙しいのに、短期間に展示のための描き下ろし作品まで描かれているのだ。僕は単に、最近サボりすぎていたツケが回ってきて、締め切りに追われ寝不足だっただけ。

終了後、「さて、飲むぞー!」なんて元気はなく、それでもふたりとも、せっかくだから1軒くらいはどこか飲み屋に寄らずには帰れないタイプでもある。そもそも夕飯もまだだし。というわけで、駅に向かいながら気になった店で1杯だけ飲んで帰りましょう、という流れになった。

で、ある雑居ビルの1階にある、いかにも高円寺らしい小さな飲み屋街。その入り口に吊るされていた、ねぶた祭りがモチーフのちょうちんの前で立ち止まる。

「こりん屋」  「こりん屋」

そこは「こりん屋」という店で、ちょうちんには「バラ焼き」という文字がどーんと踊っている。どうやら、青森県十和田市の名物料理で、牛バラ肉とスライスした玉ねぎを鉄板で焼いたものらしい。素直にうまそう。そして今日は、あれこれ迷っている余裕もない。流れのままに、自然入店。

「へべすサワー」(450円+税) 「へべすサワー」(450円+税)

まずはキンキンの「へべすサワー」を体に染み込ませる。今思えば、青森関連っぽい「ねぶたりんごハイ」とかではなくて、宮崎産の柑橘「へべす」を使ったサワーを選んでしまうところが、酒場ライターなどと名乗っておきながら恥ずかしいけれど、体が欲していたのだろう。 お通しのめかぶの滋養も心身に染みる。

さて料理。「牛バラ焼き」はいくとして、他にも魅力的な品々がいっぱいだ。

特に手書きメニューは気になる 特に手書きメニューは気になる

そのなかでも僕の心の琴線をビーン! と揺らしたのが「ホタテバターライス」という文字列。ホタテ×バターライス。どう考えたってうまそうなのに、他であまり聞いたことがないし。「ラズ先生、いきなりごはんものですけど、頼ませてもらってもいいでしょうか!?」と懇願し、許諾をいただく。それとつまみに「ネギトロたく」も頼んで、と。あ~、けっきょく今夜も楽しくなってきちゃったぞ。

「ネギトロたく」(650円) 「ネギトロたく」(650円)

素人の僕でも上質とわかるまぐろのねぎとろに、糸のような細切りの大葉と、角切りのたくあんという組み合わせがおもしろい、ネギトロたく。パリッとした海苔に巻いて食べると、そりゃあうまい。

「牛バラ焼き」(780円) 「牛バラ焼き」(780円)

牛バラ焼きはさすがに問答無用だった。ジューシーで厚みのある牛ばら肉と、たっぷりのとろとろ玉ねぎ。甘辛いタレの味がよく染み込み、さらに頂点に卵黄! これを絡ませながら食べると、自分が疲れていたことなど、もはや忘れ去りそうになってしまう。

「牛バラ焼き」(780円) 「牛バラ焼き」(780円)

そしてそして、個人的期待値が高まりすぎてしまっていたホタテバターライス。目の前に登場した瞬間、あまりに食欲をそそる見た目と香りに、卒倒しそうになってしまった。

まず、バターライスと言いつつ、玉子やねぎも入り、いわゆるチャーハンだ。そこに、焦げたホタテとバターの抗いがたい香りが充満している。

興奮しつつ、いざひと口。これは......泣けるなぁ。ぷりんと元気に抵抗したあと、ふわっとほぐれながら旨味を爆発させる、たっぷりのホタテ。そもそもベースのチャーハンの完成度が高く、そこにバター醤油の香り。これは......泣けるなぁ。

自分はなんでこれまでの人生、チャーハンにホタテとバターを入れてこなかったんだろうか。こんなのもう、言っちゃえば、ズルじゃん! あぁ、禁断のメニューをまたひとつ、覚えてしまったぞ。

当然料理はシェアしているから、食べるのは取り皿。だからこそ、ホタテバターライスの上にバラ焼きをどさっとのせてしまうことだってできる。ラズ先生の手前、何気なくやっているように見せておいて、もちろんわざとだ。

これまたズルい これまたズルい

最後に、近年の僕の発見により、実はチャーハンとわさびが大変合うことは揺るぎない事実とされている。あ、勝手に自分のなかだけで。わさびの辛味がチャーハンの油と程よく混ざり、爽やかかつ、より酒に合う味わいになるのだ。

で、さっきねぎとろについてきたここのわさびが、そもそもちゃんとした品質のもので、さらに、チャーハンにはホタテ入り。つまり何が言いたいか。それらをまたまたさりげなく、取り皿で合わせてみると......これがもう、たまらないと言う他に言葉が見つからないわけで......。

けっきょく酒がすすんでしまう事態に けっきょく酒がすすんでしまう事態に

●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式Twitter【@paricco】

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