暑い夏に人気の冷やしラーメン。最新のトレンドは? 暑い夏に人気の冷やしラーメン。最新のトレンドは?
連日の猛暑の中で人気を博している「冷やしラーメン」。すっかり夏の風物詩となった感のあるメニューだが、近年はラーメンブームの影響もあり、新たなトレンドが生まれているという。TRYラーメン大賞の審査員を務め、年700杯以上を食べ歩く通称「ラーメン官僚」こと、田中一明氏に聞いた。

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もともと「冷やしラーメン」は山形県の「栄屋本店」発祥で、「暑い夏でもラーメンをおいしく食べたい」という客の要望に応えて1952年に誕生したというのが定説。"冷たいラーメン"といえば、昔から「冷やし中華」も存在してきたが、「冷やしラーメン」はそれよりも範囲が広く、中華麺とスープの両方が冷えていれば、すべからく「冷やしラーメン」とされる。

そんな「冷やしラーメン」は長らくローカルフードとして愛されていたが、関東圏でも2010年代に入った頃から徐々に広まり、都内の人気店にも浸透。近年は新たなラーメンのジャンルとしてマニア以外にも認知されている。

「少し前まではラーメンマニアたちから、『冷やしラーメン』こそがラーメン職人の腕の見せ所だと言われていました。"冷やし"は、冷たいという特性から、ほとんどが期間限定で提供されます。期間を限るので、店の顔として恒常的に提供されるレギュラーメニューとは異なり、冒険が許される。また、"冷やし"であること以外に決まった型がないため、作り手が創意工夫を発揮しやすい。しかも"冷やし"が注目され始めた当時は、SNSの普及もあいまって、見映えが良く創作性の強いラーメンが持て囃されていました。

そんな背景もあり、箸を付けるのが惜しまれるほどインスタ映えする『冷やしラーメン』が一世を風靡しました。夏になると積極的に探して食べ歩くマニアもいたほどです。ところが、現在は"冷やし"が夏に出すメニューとして完全に定着し、こだわりの強い創作系の店だけでなく、あらゆるジャンルのラーメン店で提供されるようになりました。『冷やしラーメン』の一般化が進んだのです」

かつて「冷やしラーメン」といえば、高級感あるジュレなど、温かいラーメンではあまり使われない食材を使ったり、華やかな見た目を演出したりと、ひと目で"冷やし"とわかるものが主流だった。現存する"冷やし"では、「鯛塩そば灯花」の『冷やし鯛塩そば』や「メンショー サン フランシスコ」の『冷たいとうもろこしのらぁ麺』が、その代表だ。

「メンショー サン フランシスコ」の『冷たいとうもろこしのらぁ麺』 「メンショー サン フランシスコ」の『冷たいとうもろこしのらぁ麺』

ところが田中氏のリサーチによると、最近は担々系や鶏白湯系、二郎系などジャンルレスに"冷やし"が提供されているほか、ついには、その店が出す通常の温かいラーメンと見た目がほぼ変わらないものまで生まれているそうだ。

「例えば、船橋『とものもと』の『冷やしつけ麺』や八丁堀『七彩』の『江戸甘味噌の冷やし麺』は、写真を見ただけでは温かいラーメンとの違いがわからないと思います。夏限定だから特別なことをする、というより、普段の味をアレンジして"冷やし"で提供する傾向が強まっています」

とものもと「冷やしつけ麺」 冷水でしめた麺を冷たい昆布水にひたし、冷製鶏スープでいただく とものもと「冷やしつけ麺」 冷水でしめた麺を冷たい昆布水にひたし、冷製鶏スープでいただく

七彩「江戸甘味噌の冷やし麺」 凝固しないよう脂分を抑えた味噌スープがフルーティー 七彩「江戸甘味噌の冷やし麺」 凝固しないよう脂分を抑えた味噌スープがフルーティー

限定品であることをウリにしてきた「冷やしラーメン」は、一般化が進むにつれ、ラーメンとしてスタンダードな方向へと進化してきた。そして、この路線の先に誕生した最新トレンドが、徹底的に装飾を排した「TKM」である。

「これは『TKG=卵かけご飯』をもじった『TKM=卵かけ麺』という『冷やしラーメン』です。2018年に創業した熊谷の『ゴールデンタイガー』という店が考案し、最近は各地でも提供する店が急増しています」

特徴は麺に卵と少々の具材だけが載った究極のシンプルさにある。茹で上がった太麺を氷水でしっかりとしめ、卵をからめていただく。店によって出汁の効いたつゆを加えたり、昆布水にひたしたりとアレンジの違いは多少あるが、「麺そのものを楽しめるよう、手を加えすぎない」という原則は変わらない。日本一暑い街・熊谷から誕生したように、夏場でもさっぱり食べられるのど越しのいいラーメンだ。

「まさに麺を堪能し倒すために生まれたラーメンです。『冷やしラーメン』ではありますが、その人気ぶりから通年で出すようになった店も多く、都内では神田『三馬路』が代表格ですね」

三馬路「冷製 塩昆布水のTKM」 よく冷えた平打ちのストレート麺を塩昆布水にひたし、卵と薬味でいただく 三馬路「冷製 塩昆布水のTKM」 よく冷えた平打ちのストレート麺を塩昆布水にひたし、卵と薬味でいただく

しかし、なぜここまでシンプルなラーメンが支持されているのか?

「ここ数年で都内を中心に自家製麺を打つラーメン店が急増し、麺を味わい尽くすことに力点を置いたラーメンの楽しみ方が広まりました。その影響が"冷やし"にも表れているということだと思います。トッピングは控えめでもいい。麺をとことん啜りたい。そういったニーズがシンプル化をより加速させているのだと思います。

シンプルという点では、日本蕎麦の『もりそば』のように、スープと少量の薬味だけで食べさせる"冷やし"も出てきています。田原町『麺みつヰ』の『おろしそば(冷)』は、見た目はほとんど日本蕎麦ですが、麺は全粒粉仕様の中華麺で、分類すれば、れっきとした『冷やしラーメン』です」

麺みつヰ「おろしそば(冷)」 かつお節と大根おろしでいただく全粒粉の麺がまさに蕎麦のような味わい 麺みつヰ「おろしそば(冷)」 かつお節と大根おろしでいただく全粒粉の麺がまさに蕎麦のような味わい

お話をまとめると、以前の「冷やしラーメン」は"限定"であることに価値があったため、"豪華さ"や"特別感"をアピールするものが少なくなかった。しかし、その存在がポピュラーになっていくにしたがい、シンプル化が進み、自家製麺を使う店の増加など麺の高品質化の流れもあいまって、麺そのものの味を堪能する「TKM」にまでたどり着いたというわけだ。

「これだけ普及した結果、今では『冷やしラーメン』はわざわざ探すものではなくなりました。夏場であれば、ほとんどの店が提供するようになったからです。とはいえ、"冷やし"の中には人気が高いものも多く、例えば、蒲田『ラーメン宮郎』の『宮し中華』などは食べられたらラッキーというレベル。ラーメン好きなら一度は味わいたい、あこがれの"冷やし"です」

ラーメン宮郎「宮し中華」 行列必至の二郎系人気店の限定メニューということもあり、その日の提供状況は必ず事前確認を(写真は店舗提供) ラーメン宮郎「宮し中華」 行列必至の二郎系人気店の限定メニューということもあり、その日の提供状況は必ず事前確認を(写真は店舗提供)

もはやちょっと変わった限定メニューでも、ラーメンマニア向けでもなくなった「冷やしラーメン」。暑い夏を乗り切るためという大義名分など関係なく、単純にうまいラーメンとして食べておきたい。