ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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なぜ池袋の街を歩いていたかというと、この連載の前々回で触れた、ラズウェル細木先生とスズキナオさん、そして僕の3人による企画展の影響。
その展示には数年前、誰にも頼まれず、毎日毎日なぜかせっせと描いていた酒やつまみの絵を持っていってみなさんに見てもらったんだけど、それでなんだか、久々に創作意欲に火がついてしまった。器用貧乏で、仕事として頼まれればそれなりにイラストなども描くことはあるけれど、作品とまで呼ぶようなものではない。
そういう自分の限界はわかっているものの、それでもまぁ、好きに絵を描くくらいはいいじゃないかと思って、数年前にiPadを買ったのを機に捨ててしまったアナログお絵描き用の画材を、ふたたび使ってみようと思ったのだ。それで、池袋にある画材屋、「世界堂」へ、時間を見つけて行ってきたのだった。
モノクロの水彩ペンなどを中心にあれこれ試し描きをし、いくつかの画材を買ってほくほくの帰り道。時刻は午後1時すぎ。当然、どこかでメシでも食って帰りたい。僕は、池袋の街をふらふらと徘徊しだした。すると遠目に、なにやらド派手な、開放感のある飲食店がある。
近寄っていってみると看板に、「東南アジア屋台 アガリコ食堂」書いてある。こんな暑い日にぴったりだ。よし、ここへ入ってみよう。
極彩色の店内はまるでタイ旅行にやってきたようで、道路に面して開け放たれた店内が、夏気分を盛り上げてくれる。さて、なにを食べようか。と、メニューを見ると、これがめちゃくちゃ魅力的!
ランチセットに「カオマンガイ」「ガパオ」「グリーンカレー」「ルンダン」などが様々に組み合わさったセットがあり、どれも興味深い。しかも、ガパオ、グリーンカレー、ルンダンライス、フォーの単品は、なんとそれぞれ580円。さらに、ベトナム風のサンドイッチである「バインミー」はなんと300円! 池袋の一等地に、こんなにリーズナブルにタイやベトナム料理が楽しめる店があったなんてと、食べる前から感激してしまった。
ルンダンという料理になじみがなく、店員さんに聞いてみると、あまり辛くないカレーのような、牛肉のスパイス煮込みだという。それはうまそうだ。欲張りな僕は、それとガパオ、グリーンカレーの3種類が味わえる「Eセット」を注文。
加えて、せっかくだからそれをつまみに一杯やりたい。ドリンクメニューを見ると「ルーレットチャレンジ」なるものがある。ルーレットで「無料」が出れば大当たり。「半額」が出れば250円。「バケツ」が出たら、900円でバケツサイズのドリンクを頼まないといけないという、いわゆる「チンチロリンハイボール」スタイルのメニューだ。僕は、店にこれがあると頼まなければ気が済まない呪いにかかっている。おじさんひとりだとか、そういうことは関係ない。そこで「レモンサワー」を注文。
結果は案の定、無料でも半額でもなく「バケツ」。その後運ばれてきたレモンサワーが、本気でバケツに入っていて笑った。
と、とても昼下がりにおじさんがひとりで飲むものではない、パリピみのあるドリンクを飲みつつ待っていると、Eセットが到着。
うおー! ごはんがふたつに盛られ、ひとつの上には半熟の目玉焼き。その横に、ガパオとルンダンがたっぷりとあいがけでかかっていて、逆側にはグリーンカレー。なんてわくわく感のあるプレートなんだ!
グリーンカレーは、ココナッツミルクの甘さと爽やかな辛さが心地いい安定の味。こってりと味濃いめのガパオもうますぎる。そしてルンダン。確かに辛味はなく、そして味も穏やか。だけど、よく煮込まれた牛肉のこってりとした旨味はたっぷりで、卓上に豊富にある調味料をあれこれ合わせると、ひと口ごとにうまい!
終盤はフライドオニオンやパクチーを遠慮なく使い、全体を混ぜながらその混沌を楽しむ。飲んでも飲んでも減らないレモンサワーをぐびぐびと飲みながら。
あぁ、なんて楽しいんだ。だから夏って好きなんだよな。今年はさすがに暑すぎるけど。 と、ぞんぶんに夏気分を満喫した昼下がり。さて、家に帰って、せっかくだからこのEランチの絵でも、練習がてらに描いてみるかな~。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X(旧Twitter)【@paricco】