『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は引退が発表された日本最後のトロリーバスについて語る。
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富山県~長野県の「立山黒部アルペンルート」という観光ルートの一部を走る、日本最後のトロリーバスが、ついに引退すると発表されました。トロリーバスとは、バスと電車をミックスしたような乗り物。道路上空の架線から電力を取って走るので、法的には「無軌条電車」に分類される鉄道車両です。しかし見た目は、屋根から長い棒が出ている路線バス。この棒はトロリーポールという集電装置で、電車のパンタグラフみたいに架線から受電して車両を動かす仕組みです。
電気を使用するため、バスに比べて騒音も少なく排ガスも出ません。線路や停留所もいらないので、路面電車より設置費用や整備コストがかからないメリットも。電車と車のいいとこ取りをしているという点では、電気自動車の先駆け的存在といえるかもしれません。戦後、東京・大阪・横浜・名古屋など、全国の都市部で導入されましたが、地下鉄網の発達や自家用車の普及に伴い、都市部では1972年に姿を消しました。
今回引退が決まったトロリーバスは、96年から運行。大観峰(だいかんぼう)駅と室堂(むろどう)駅を10分で結ぶルートですが、見どころ満載です。まず、ビジュアルはバス。扉や座席の配置、そして使用しているゴムタイヤもまんま見慣れたバスのような感じ。なのに、モーター音は紛れもなく電車。路線バスの中でVVVFインバーターが鳴り響く違和感に加え、計器類や信号などの部品も鉄道のものなので、なんだか脳がバグる感覚です。対向車とのすれ違いでは、今や一部のローカル鉄道にしかないタブレットを使うし、単線なところも少しローカル線っぽいのかもしれません。
体感速度の速さも印象的。実際は最高速度が40キロしかないのですが、ぎちぎちに狭いトンネルをスピードを落とさずにヒュンと走行する疾走感がすごい。体感的にはカーブに入るときも速度が落ちないので、公共交通機関ではトップクラスにエキサイティングです。立山黒部アルペンルートは、電車・ケーブルカー・トロリーバス・ロープウエーなど鉄道ファミリーオールスターズがそろっているのですが、絶景のロープウエーより興奮しました。
しかし、このトロリーバスももう少しで姿を消します。劣化した部品の調達が難しくなったことから電気自動バスに移行するそう。明確な時期は発表されていませんが、2025年をめどに、という報道もあるので、まだ乗ってない人は今のうちです。
ちなみに多くの国で、環境保護の観点から近年トロリーバスが再評価されています。チェコの首都プラハでは、約50年前に一度廃止したトロリーバスが2018年に復活しました。イタリアやスイス、フランス、メキシコなどでも投資が増えているそうです。ドイツでは、パンタグラフを搭載したトラック=貨物版トロリーバス(トロリートラック?)が導入されています。
架線がない道路ではガソリンに切り替えるハイブリッド仕様ですが、パンタグラフが上がるときのトランスフォーム感はたまりません。スウェーデンやインドでもトロリーバスが試されている中、もし日本に導入されたら、運転に必要な免許を取得してしまうかも......。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。米サンフランシスコを走るトロリーバスの急カーブにしびれた思い出がある。公式Instagram【@sayaichikawa.official】