ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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生意気にもとあるTV番組に出演するという仕事のため、板橋駅に向かっていた。ところがスタッフさんが、前の撮影が押してしまって、1時間ほど予定が遅れるという。よくあることだ。ただ、僕は30分ほど余裕を持って現場に着いてしまったため、1時間半の空き時間ができてしまった。そういえば今日はまだ昼食を食べていないし、ちょうどいいから食事をしつつ、軽く飲んでおくか(番組の収録というのも、酒を飲む内容。念のため)。というわけで、店を探す。
そこで思い出したのが、駅から徒歩1分ほどの「瀧野川」という食堂の存在。いわゆる普通の定食屋なんだけど、かなり飲める店でもあって、何度か友達と行ったことがある。大陸系の、たぶん中国出身の女将さんが運営していて、なんというか、ものすごく不思議な魅力がある店としか言いようがないんだよな。あそこへひとり、じっくりと行ってみるか。
昼の11時から夜の11時まで、中休みなしの営業というのが、ディープな街、板橋らしい。そして、一見ごく普通の定食屋風なんだけど、飲み利用にも対応しまくってくれているところもありがたい。オーソドックスな定食メニューの他、店内の壁の上部にぐるりと単品の短冊メニューが貼られており、そのラインナップが絶妙にもほどがあるのだ。
まずは安定のホッピーセットを頼み、定食メニューを吟味。するとそういえば、ここでものすごく気になっているメニューがあったことを思い出した。定食メニューの「納豆定食」「コロッケ定食」に続く3番目「冷奴定食」の存在。他にも、「アジフライ定食」「ミックスフライ定食」「ハンバーグ定食」などなど魅力的なラインナップがたっぷりあるなか、誰が頼むんだろうか? それを、いつか自分が頼んでみたいと思っていたんだった。どんな内容なんだろう? 今日、確かめてみるのもいいかもしれない。
よし、いってみよう! というわけで、冷奴定食を注文。すぐに到着した冷奴定食が、まさに冷奴定食としか言いようがなくて微笑んだ。内容は、ごはん、みそ汁、漬物、そしてどーんと一丁ぶんの冷奴。そこに好サポート役として千切りキャベツにのった目玉焼きが添えられており、その過不足なし感が素晴らしい。そもそも僕は、家で冷奴をおかずにメシを食うのが大好きなのだった。いいな、冷奴定食!
シンプルな、ごくシンプルな木綿豆腐に醤油がかかっただけの味。それとほかほかの炊きたてごはんが、信じられないくらいに合う! 最高! しばらくその相性を無心で楽しんでいたら、念のために頼んでおいたサブメニューが届く。「生姜玉子炒」。
紅生姜がたっぷりと入った玉子焼きで、これをひと口つまみ、ぶっちゃけ絶句してしまった。たっぷりの油と中華風のだしと塩味。それがしっかりとついて焼きあげられたこの玉子焼きが、なんていうかもう、圧倒的にうますぎるのだ。そりゃあ、冷奴と醤油と白メシの相性は間違いない。けれども、この油たっぷり、紅しょうがたっぷりの玉子焼きが、いくらなんでも白メシと酒に合いすぎる!
豆腐と玉子焼きをおかずに無心に白メシをほおばりつつ、ホッピーのナカのおかわりもしっかりと堪能。なんだか妙に満たされた、板橋の午後なのだった。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X(旧Twitter)【@paricco】