カロリンスカ研究所准教授 東京大学客員研究員の上田ピーター氏。©Eva Lindbladカロリンスカ研究所准教授 東京大学客員研究員の上田ピーター氏。©Eva Lindblad

北欧スウェーデンで、「世界の非モテ男性研究本」が話題騒然となっている。しかも、その中には日本の著名な"あの童貞"も登場するらしい。

この研究本『我が道を行く――霧の中の非モテ男性たち(和訳)』の著者は、医師としてスウェーデンで仕事をするかたわら、各国の童貞率や性的不満などについて研究を行なっている上田ピーター博士。

ピーター博士はなぜ非モテ男性を研究することになったのか? そして、博士が注目する日本の童貞の特徴とは? 本人に話を聞いてみた。

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■世界から注目される、日本の童貞率

――スウェーデンで出版されたご著書が大評判だそうですね。

「今まで注意を払われてこなかった非モテ男性たちの実態に光を当てることができ、大手メディアでも取り上げられました。

欧米では童貞に対して、『女性やモテ男性を攻撃したり、国が女性を分配するべきだと主張する過激な人たち』というイメージがあるんですが、僕の本ではもっといろんなタイプの男性を紹介しています。

日本では『バキバキ童貞』としてYouTubeなどネット上で有名なぐんぴぃさんも登場します。ぐんぴぃさんの動画はスウェーデンのニュースでも流れたんですよ」

――博士は糖尿病などの循環器系を専門とする医師ですが、なぜ童貞の研究を?

「僕は母親が日本人、父親がスウェーデン人で、スウェーデンでは日本人男性に見られることもあります。今はK-POPのヒットもあって変わってきましたが、10年ほど前まではアジア人男性は非モテのステレオタイプでした。

2015年頃、欧米の大手メディアが『日本の童貞率は40%以上』と明らかに間違った報道をし、世界規模でバズっていました。『アジア人男性はモテない』というステレオタイプが強調され、非常に不愉快でした。僕は東京大学の公衆衛生の研究室にも所属していたので、ちゃんとした手法で日本の童貞率を調べてみようと思ったんです」

――結果はどうでしたか?

「40%よりは低いものの、18~34歳で25%という驚異的な高さでした。おそらく世界一高い童貞率でしょう。調査結果はまた世界規模でバズってしまいました。特に30代の童貞率が10%以上という結果が衝撃的でした。欧米の調査では1~2%なんです。

調べてみると、日本では年収との相関関係が非常に強いことがわかりました。同じ年齢で年収が100万円以下の男性の童貞率は800万円以上の男性の10~20倍。経済格差が性的格差につながっている可能性が高いのです」

■日本の童貞率が高い理由

――日本の童貞率が高い理由はなんだと思いますか?

「経済格差とも重なりますが、ひとつはスペック重視の恋愛観ですね。日本の婚活サイトを見ると、男性のプロフィールページでは顔写真と年齢に加えて年収が入っていることが多いんです。

これは欧米では考えられません。年収がひとつの条件としてオープンに評価されるのは、日本独特の文化です。経済格差が広がり、女性の求める経済レベルに達する男性の数が少なくなっていると考えられます」

――ほかにはどんな理由が考えられますか?

「恋愛市場では自分を売り込まないといけないわけですが、そこで苦戦する人の割合が高い、という仮説もあります。欧米は個人主義ですから、自分の意見を主張するトレーニングを子供の頃から受けています。

一方、集団主義が強い日本では、自己主張するスキルを身につける機会が少ないんです。昔はお見合いとか職場のあっせんとか、周りの人が結婚相手を見つけてくれましたが、今は恋愛も自己責任です。経済的なステータスの低い人は特に厳しいと思います。

それに異性愛者のカップルは女性のほうが少し若いことが多いですよね。少子化によって下の年齢の人ほど数が少なくなっているために、年下の女性を巡って男性の競争が激化しているという背景もあると思います」

――欧米と日本における、性愛に対する意識の違いも関係しているのでしょうか?

「欧米では、性愛は人生の中で当然求めるべきものと考えられていて、パートナーがいて当たり前なので、30代で童貞とか処女だと、かなり肩身が狭いんですね。

それに対して日本では童貞・処女や独身の人がたくさんいるから、相手を見つけなくては、という気持ちが欧米ほど湧きません。2次元も含めて疑似恋愛やオタク文化、推し活の土壌も整っていて、非モテに優しい社会です」

――日本では付き合うことを決めてから性的な関係を持つことが多いので、そこに至るまでにコミュニケーション能力が必要です。欧米ではよりカジュアルに性的関係を持っているように見えるのですが。

「そうですね、欧米では性交渉が日本ほど重いものではないので、いわゆるコミュ力がそれほどなくても関係を持てる人が多いと思います。付き合っていない人と性的関係を持っても普通のことと見られます。日本の恋愛観が性的関係の停滞につながっているのかもしれません」

――日本の恋愛小説や映画、マンガ、ゲームには、出会いから紆余曲折を経て、最後にようやく結ばれるというストーリーが多いですが、その影響もあるのでしょうか?

「その仮説は考えられます。欧米では自分から行動を起こさないといけないとみんなわかっていますが、日本のポップカルチャーの恋愛観は、もっと受け身というかロマンチックです。自分から女性に近づくのではなく、運命的な出会いを果たした人と恋愛関係になるストーリーが多いんです。

僕が中学生の頃にハマっていたゲーム『ときめきメモリアル』が典型的です。男子高校生の主人公が複数の女性と運命的に出会い、外見、運動、知性などのスペックを上げていくうちに相手が興味を示してくれるという展開です」

――中学生時代にスウェーデンで『ときめきメモリアル』をやっていたんですか?

「はい、恥ずかしながら。それで日本的な恋愛観に染まってしまったので、その後にスウェーデンの恋愛市場で苦戦しました(笑)」

■「バキバキ童貞」が秘める可能性

――博士の日本の童貞率に関する研究がネットテレビの番組『ABEMAヒルズ』(AbemaTV、現ABEMA)で紹介されたとき、たまたま街頭インタビューに答えていたのが、ぐんぴぃさんだったそうですね。

「はい、日本人の友達から『おまえの研究で大変なことになってるやつがいるぞ』という連絡があって、調べてみたらぐんぴぃさんでした。ぜひ話をしてみたくて連絡を取り、彼のYouTubeチャンネルでコラボするようになりました。

当時、彼が芸人仲間と住んでいた『キモシェアハウス』に1ヵ月半滞在して、フィールドワークをしたこともあります」

バキバキ童貞を生んだ、『ABEMAヒルズ』の伝説的ワンシーン。©AbemaTV, Inc.バキバキ童貞を生んだ、『ABEMAヒルズ』の伝説的ワンシーン。©AbemaTV, Inc.

――欧米では肩身の狭い童貞が、日本ではお笑い芸人として受け入れられて人気を博しています。世界的には珍しいことですか?

「日本は欧米よりも童貞に寛容な社会です。スウェーデンではゲイとかレズビアンなどの性的指向は簡単にカミングアウトできますが、自分が童貞だとは友達にも言いにくいと思います。言われたほうも、どう反応すればいいのかわからなくて気まずくなるでしょう」

――日本のように非モテに寛容な価値観が、今後、欧米をはじめ、ほかの地域に広がっていく可能性はありますか?

「セックスレス、高齢化、ひきこもりなど、日本の社会問題が10年後、20年後に欧米で問題になることも多いので、可能性はあると思います」

キモシェアハウスのメンバーの一部。左から、プロポーズならた、ピーター博士、ガクヅケ木田、レンタルぶさいくキモシェアハウスのメンバーの一部。左から、プロポーズならた、ピーター博士、ガクヅケ木田、レンタルぶさいく

キモシェアハウスでのフィールドワークに励むピーター博士キモシェアハウスでのフィールドワークに励むピーター博士

――ところで博士の本では、非モテ男性が歩む4つの道が紹介されています。「欺瞞」「破壊」「自己改善」「撤退」の4つですが、これらはどういうものですか?

「『欺瞞』は恋愛工学とか恋愛マニュアルのように、見せかけの技術で女性にモテることを目指す道です。

『破壊』は冒頭でも触れたような、女性に攻撃的になったり、テロ事件を起こしたりする道です。

『自己改善』は、女性にとって価値ある男性になるために自分を磨くという、最も建設的な道です。

最後の『撤退』は、日本独特のものです。恋愛市場で敗れてつらい思いをするぐらいなら、撤退して童貞のままで生きるという選択です。ぐんぴぃさんが代表格ですね。

彼らの多くは恋愛感情や性的感情を2次元の疑似恋愛などにぶつけています。VR、AI、ロボットなどが進化していけば、リアルな世界で苦戦するよりも、自分の好みのタイプの女性のロボットやVRを選ぶ男性が増えると思います」

――ぐんぴぃさんのような日本の童貞文化は、欧米の非モテに「撤退」という新たな道を示したことになりますが、彼らにとって救いになるのでしょうか?

「そうとも言えますが、撤退を安易に受け入れることにも問題はあります。まだ恋愛体験が浅い10代に企業が2次元の恋愛を提供するわけですよね。それにのめり込んでしまうと実世界の恋愛市場からどんどん遠ざかり、普通に恋愛ができたはずの人もチャンスを失うかもしれません。

VRや2次元の恋愛にこもってしまう社会はどうなのか。本当にその人たちのためになるのか、という疑問は残ります」

――なるほど、確かにそうですね。

「ただ、2次元の恋愛は海外でも需要が相当あると思うので、2次元恋愛の先進国である日本がこの分野をリードしていく可能性は高いと思います。日本の童貞文化が世界の非モテ男性を救うのか、とどめを刺すのか......」

――「とどめを刺す」とは?

「実世界の恋愛より疑似恋愛のほうがいいといって『撤退』する人がどんどん増えていけば、当然、少子化につながり、人類滅亡の可能性も出てきます。これが人類の究極の進化なのか、それとも人類がオワコンなのか、ちょっとわかりません」

■非モテ研究の社会的意義とは?

――童貞研究は今後も続けていきますか?

「そうですね。2次元のキャラクターに対して恋愛感情を持つ人が何割ぐらいいるのかという研究は海外ではほとんどされていません。今後、VRやAIが発展したときにどうなるのか、潜在的需要を調査してみたいですね。

もうひとつは、スウェーデンで精子バンクを使って妊娠する女性の話をよく聞くので、そういう女性が実際に増えているのか、今後どうなるのかにも興味があります。

このふたつが組み合わさると、疑似恋愛や2次元の恋愛に走る男性と、ひとりで子供を産んで家庭を築く女性が並行して増えていくトレンドもありえるかもしれません」

――童貞、非モテ男性の研究の魅力はなんでしょう?

「彼らが表現する感情、葛藤、世界観は、恋愛感情を持つ誰もが一度は感じたことのあるものです。彼らを研究することによって、非モテ以外の男性の葛藤や気持ちも、より理解できると思っています。

欧米では『セックスポジティブ』といって、性を謳歌(おうか)しようという価値観がこの20~30年に進んできました。性的多様性はもちろん、たくさんの相手と性的関係を持ちたかったら、それもいいじゃないかというとらえ方です。

ただ、そこに参加できずにつらい思いをしている非モテの人たちのことも考えてもらいたいですね。それと、性的に活発ではない生き方もオッケーという見方もあっていいと思います」

――日本でも性教育が進んで性が解放されたら、童貞に優しい文化は終わってしまうのでしょうか?

「必ずしもそうではないと思いますが、童貞の肩身は狭くなるでしょうね。なので、恋愛市場における対人コミュニケーション術も性教育に含めて、恋愛力の底上げをしたほうがいいと思います」

――日本の読者に伝えたいことはありますか?

「僕は疑似恋愛とか2次元の恋愛があるのはいいことだと思いますし、童貞に寛容で優しい日本社会をポジティブにとらえています。その一方で、非モテ男性が歩む4つの道のひとつである『自己改善』の重要性も認知されるべきだと思っています。

恋愛市場では、フラれたり、相手にされなかったりして、つらい思いもします。でも、自己改善を通して趣味を開拓したり、魅力的な生き方を考えたり、新しい発見や楽しいこともあるはずです。ぜひトライしてほしいですね」

●上田ピーター 
1985年生まれ。2012年、スウェーデン・カロリンスカ研究所医学部、ストックホルム商科大学商学部を卒業。2014年、カロリンスカ研究所で医学博士を取得。2014~2016年に米ハーバード大学公衆衛生大学院で博士研究員を務める。2019年、日本の異性間性交渉未経験者についての論文が世界的な注目を浴びる。以降、「童貞」「草食化」「恋愛格差」などをテーマに研究中。

スウェーデンで話題騒然のピーター博士の著書『Man gar sin egen vag――Riktningar i sexloshetens dimma(我が道を行く――霧の中の非モテ男性たち)』スウェーデンで話題騒然のピーター博士の著書『Man gar sin egen vag――Riktningar i sexloshetens dimma(我が道を行く――霧の中の非モテ男性たち)』