「麺の時代」に突入したラーメン業界。写真は麺へのこだわりの究極のかたちともいえる『和渦製麺』の「つけ麺(塩)」 「麺の時代」に突入したラーメン業界。写真は麺へのこだわりの究極のかたちともいえる『和渦製麺』の「つけ麺(塩)」
コロナ禍の影響も抜けてきたかと思いきや、空前の原価高騰が直撃した今年のラーメン業界。しかし、そういった逆風にも負けず、数々の人気店が新たな波を起こしている。そんな2023年上半期のラーメントレンドについて、TRYラーメン大賞の審査員を務め、年700杯以上を食べ歩く通称「ラーメン官僚」こと、田中一明氏に聞いた。

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「今年上半期の話題と言えば、何と言っても "つけ麺"がラーメン業界を席巻したことでしょう。昨年の後半ごろからハイレベルなつけ麺を提供する店が増え始め、今年ついに大ブレイクしたという印象です」

その背景には、ラーメン業界が全体として"麺の時代"に突入したことがある。

「今までのラーメン店は主にスープで差別化を図ってきました。しかし、特に首都圏では競争が激化した結果、ラーメン作りのノウハウが完全に浸透し、技術でも素材選びでも、スープだけで大きな差を生むことが難しくなりました。だから、2年ほど前から首都圏の人気店は"麺"での差別化にシフトしてきたのです」

これまでの人気ラーメン店といえば、浅草開化楼や三河屋製麺など有名な製麺所に自分の店に合った麺を作ってもらうことが一般的だった。

しかし、麺で差別化を図ることが重視されるようになると、各々の店が「自分の店でしか食べられない麺づくり」を志すようになった。その結果、「自家製麺」「極太手もみ麺」「もち姫(モチモチした食感が特徴のもち麦)等の今までラーメンに使われてこなかった麦を配合した麺」など、多様な工夫を凝らした麺が誕生している。

「その究極のかたちといえるのが、京急蒲田の『和渦製麺』の『つけ麺』です。『和渦製麺』は人気店『中華そば和渦』の新業態で、今年6月にオープンしたばかり。このつけ麺は、ひとつの麺皿に4種類の自家製麺が盛られ、それぞれ素材となる小麦の種類、配合から、太さに至るまで全く異なります。まさに麺を味わうための1杯であるといえるでしょう」

このように"麺"で個性を発揮する店が増えた影響で、舌が肥えたラーメンファンたちも、ますます麺に注目するようになった。

「こうした背景のもと、去年から今年にかけて、『もっと麺を味わってもらいたい』と考える店が急増しました。つけ麺は、麺があらかじめスープに浸っている汁そばとは異なり、麺がスープとは別の器に盛り付けられるため、麺の魅力をよりダイレクトに食べ手に伝えることが可能です。『麺を堪能してもらうにはつけ麺が最適』ということで、店側が積極的につけ麺の開発に乗り出し、今般の空前のつけ麺ブームへとつながっていきました」

しかも、そのブームは"魚介豚骨"や"鶏清湯"といった特定の味に依存するものではない。

「"昆布水つけ麺"をはじめとする淡麗つけ麺の人気は未だ衰える兆しがありませんし、クオリティが高い濃厚つけ麺を出す店も続々と誕生しています。あらゆるジャンルのつけ麺が押し並べてヒットしているのです。私が1990年代に本格的なラーメンの食べ歩きを始めてから随分と経ちますが、ここまでのつけ麺ブームは記憶にありません」

では、田中氏が注目する"麺にこだわったつけ麺"を出す人気店は?

「今年のつけ麺は本当に秀作ぞろいです。なので、この1年ほどの間に新規オープンした首都圏の店に限定して紹介しましょう。まずはクオリティの高い濃厚つけ麺を提供する3店舗から」

つけソバ いしいの「味玉つけソバ」 つけソバ いしいの「味玉つけソバ」

「つけソバ いしい」(千葉・国府台)
...2022年9月オープンのつけ麺専門店。こくまろなつけ汁を浸す前に、まず自家製の極太麺をシンプルな蕎麦つゆに浸して食べる。もり蕎麦のような食べ方も用意している珍しい店舗であり、濃厚なつけ汁とのギャップが忘れられない印象を残す。

つけ麺 神儺祁の「つけ麺(カレールー付き)」 つけ麺 神儺祁の「つけ麺(カレールー付き)」

「つけ麺 神儺祁」(東京・西巣鴨)
...熊本の行列店「魚雷」が2022年11月に東京初進出。魚介豚骨の濃厚スープと太麺が織り成す力強い味わいもさることながら、味変のために付くカレーのスパイスが麺と出逢い、未体験のハーモニーを生み出す。

宮元製麺の「素つけ麺」 宮元製麺の「素つけ麺」

「宮元製麺」(東京・南砂町)
...蒲田の人気店「宮元」グループの新ブランドとして、2023年3月オープン。屋号にもあるように自家製麺を特徴としており、もちっとした食感で、超濃厚なつけ汁に引けを取らない存在感を放つ。

「これら濃厚つけ麺は2000年代に大流行したあと、しばらく人気が落ち着いていました。それが再び台頭してきているのも今年の顕著な傾向です。もちろん、濃厚系以外にも注目すべきつけ麺はたくさんあります」

Tokyo Style Noodle ほたて日和の「帆立の昆布水つけ麺白(塩)」 Tokyo Style Noodle ほたて日和の「帆立の昆布水つけ麺白(塩)」

「Tokyo Style Noodle ほたて日和」(東京・秋葉原)
...昆布水つけ麺を看板メニューに、2022年12月の開業直後から秋葉原というラーメン激戦区でも屈指の行列店となった。がごめ昆布を身にまとった麺は、三河屋製麺と試行錯誤を繰り返しながら共同開発したもの。そんな絶品麺が、トリュフオイル、鰹塩、わさび、ホタテのカルパッチョで味変しながら楽しめる。

麺 ふじさきの「つけめん」 麺 ふじさきの「つけめん」

「麺 ふじさき」(東京・亀戸)
...こちらも2022年9月の開業直後からの行列店。麺もスープも自家製の同店は、ひとつひとつのメニュー開発に時間をかけるため、醤油から提供を始め、納得のいく味が完成してから塩、つけ麺とメニューを増やしてきた。そうしてこの春に提供開始した「つけめん」は、醤油つけダレのほか、塩や梅肉などをまぶしながら麺そのものを味わうこともできる。

「ご紹介したつけ麺は首都圏における最近の注目店のもの。ほんの一部に過ぎませんが、いずれもスープや具材もさることながら、まず"麺"のうまさに驚くと思います。スープの追求ではもはや極みに近づいたかと思われたラーメンは、"麺"の可能性を開拓することによって、世界を更に広げつつあるのです」