ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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横浜の中華街でとある店を営む日本人店主に取材をするという仕事があった。取材はつつがなく終了し、夕方。当然同行の編集さんと、ちょうどいい時間なので食事でもして帰りましょう、という流れになる。
中華街は好きで何度も来たことがあり、そのたびにわくわくする街だが、食事となると店が多すぎてどこに入っていいかわからず、おろおろする街でもある。あそこって飲食店がどのくらい存在するんだろう? と思って今調べてみたら、中華料理店だけで200以上もあるらしい。そりゃあ、年に何度か行くくらいの僕に把握できるわけもない。
そういえばもう10年以上前、妻と中華街に遊びに行って、テイクアウト専門店(だったような気がする)で買った肉まんが、やたらと具沢山で、感動的に美味しかった。で、その次にまた中華街を訪れた時、ぼんやりとした記憶を頼りにその店を探すも、店名を忘れてしまっていてたどり着けない。最終的に、ここっぽいかな? と思った店で肉まんを買って食べてみると、記憶の味とぜんぜん違う。そしてまた、肉まんってひとつでけっこうお腹がふくれるから、じゃあここかな? ここかな? と食べ歩くのも難しい。結果、現在にいたるまでその肉まんに再会できていないという体たらく。そもそもあの店、本当にあったんだろうか......。
というような僕なので、まず店の見当がつかない。けれども今日は、心強い味方である地元の方がいる。そこでお好きな店を聞いてみると、「この近くなら『東北人家』というお店ですかね」とのこと。よし、そこ、行ってみます!
東北人家 本館は、「西門通り」と「九州町通」という通りが交差した場所にあり、横浜中華街では初めての中国東北料理専門店として、2012年にオープンした店だそう。ちなみに東北料理とはどういうものかというと、西はモンゴル、東は北朝鮮、北はロシアに近い旧満州地区の郷土料理で、たとえばクミンがたっぷり効いたスパイスをまぶした羊肉串とか、ああいうのが有名なんだそう。あ、それ、僕の大好きなやつ!
というわけで、期待を高めつつ入店。まずは、とドリンクメニューを見ると、なんと! ホッピーセットがある。町中華でホッピーセットがあるところはいい店、というのは僕の勝手な持論だけど(というかいい店じゃない町中華を探すほうが難しいんだけど)、そりゃあ本場中華だって共通だ。しかもセットが税込み550円、ナカ275円、ソト330円と、非常に良心価格。迷わず注文。
ごくりと飲む仕事後のキンキンのホッピーは、そりゃあもう至福。嬉しいなぁ、中華街の地元民おすすめの店で、体になじんだホッピーが飲めるなんて。 さて料理は......。ごぞんじのとおり、本場系中華料理店のメニューは、これ、頼んだら本当に出てくるの? ってくらいに膨大だ。そしてどれもこれもが興味深いし、魅力的。ここはもう、おのれの魂の声に耳をすまし、欲望に忠実にいくしかない。
パラパラパラとメニュー表をめくっていくと、お、この「豚背骨ガラ肉の特製醤油煮込み」って、いわゆる「醤大骨」ってやつじゃないの。メニュー名どおり、他の料理に使うために肉をとって、けれどもまだじゅうぶん肉がついている豚の背骨を、醤油などで煮込んだ料理。大好物なんだよな。しかもサービス品らしく、正規価格880円が660円に値引きされている! これはもう、いこう。
そして前菜ページからは......う~ん、やっぱりどれも食べてみたい。けど今日はこれかな。「じゃが芋細切りの唐辛子炒め」。さらに......あ、これもうまそうにもほどがある。「ラム肉・カキ・漬け白菜の酸味土鍋」。そしてさっきからちらちらと視界に入っていて、もはや頼まざるをえないのが、どーんと「東北人家名物」と打ち出された「東北人家焼きそば」。ただでさえ焼きそば好きの僕なので、そこに店名を冠されちゃあ、頼まないわけにはいかないでしょう。よし、今夜はこのデッキで!
あきらかに「手づかみでしゃぶって食べてくださいね」というメッセージが込められたビニール手袋とともにやってきた、醤大骨。骨の周りの肉ならではの旨味がたっぷりで、シンプルな醤油味でそれが引き立って。夢中でしゃぶってはいったん手袋を外し、ホッピーをぐびり。この忙しさはあれだ、かにを食べてるときのそれと一緒。
じゃがいもを細切りにして炒めさせたら中国人の右にでる者はいない。と、僕が勝手に思っているだけでそんなことはないのかもしれないけど、とにかくこういう中華屋で食べるじゃがいもの細切り料理の、なんとうまいことか。僕がかつて出会ったなかでいちばん細いんじゃないか? ってくらいに繊細に切られたじゃがいもとピーマンのしゃきしゃき感が、できれば無限に味わっていたい心地よさだ。適度な塩気と、辛味と酸味。けっこう気前よく入った豚肉も最高だ。っていうか、最高だ!
白菜漬けの酸味を生かした料理ってのも、これまた本場中華の醍醐味。滋味深いスープと、甘くて酸っぱい白菜、そこにラム肉と牡蠣という強烈な旨味食材ふたつが出会ってしまうとんでもない贅沢さ。あぁ......。 と、永遠に味わっていたい中華街の夜ではあるものの、ついにシメ的1品がやってきた。もちろん、「東北人家焼きそば」。
もう、見るからに僕の知っているソース焼きそばとは別もの。やたらと美肌感のあるストレートな太麺が、つやつやてらてらと輝き、そして醤油色に染まっている。
取り皿にとってズズズ、というか、ちゅるるとすする。うわ、へ~、この麺、もちもち系なんだ。たっぷりほおばって、噛めば噛むほど幸せ。そこに絡まる醤油味がまた。なんだろうこれ、きっと向こうの醤油なんだろうな。醤油味だからなじみというか安心感はあるんだけど、同時に異国感もある。甘味とコクがあって、それが炒められた香ばしさもたまらない。しゃきしゃきの青梗菜と豚肉という、最小限でありながら主張がしっかりとある具材たちも素晴らしい。こりゃあもはやシメじゃなくてつまみだ。ホッピー、2セットめいっちゃっていいですか......。
というわけで、勝手のわからない土地で地元の方におすすめの店を聞くと間違いないという、当たり前と言えば当たり前なお話でした。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X(旧Twitter)【@paricco】