ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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買いもので地元の駅前まで出た午後。どこかで遅いお昼でも食べて帰るかと思ったところで、久しぶりに"じゃない"メシをやりたくなった。
じゃないメシとは、飲み友達でライラーのスズキナオさんがかつて出したエッセイ本『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』をきっかけに、僕らのなかに生まれた概念。その名のとおり、いつもなら選ばないほうの店にあえて入ってみるとか、いつもなら選ばないほうの料理をあえて選んでみるとか。わざとそうすることで、想像もしていなかった美味しいものと出会えたり、自分のなかのまったく新しい感情に気づけたりといった楽しさと出会えるのだ。
ただ、人間というのはどうも、常に安定を求めてしまう性質があるようで、たったこれだけのことに、けっこう勇気がいったりする。けど、今日は決めた! じゃないメシだ!
さて、今いる駅前だけでも「ぎょうざの満洲」に「松屋」に「吉野家」。好きな個人店ならばさらにいっぱいある。けれども、これまで自分が行ったことのない店。そんなことを考えながらふらふらと歩いていたら、「なか卯」の前にたどり着いた。
なか卯! 盲点だった。いや、有名な店だし、好きな人は頻繁に行くんだろうけれど、少なくとも僕は記憶にある限り、ここ十数年はなか卯に入っていない。自分でもなぜだかはわからない。確か京風うどんとどんぶりものがメインで、親子丼が美味しいって噂を聞いたことがある。そうか、そもそも僕、外食で親子丼を頼むということがほぼない。それでの距離感かもしれない。よし、今日のお昼はなか卯に決定!
店頭でメニューを眺めると、想像以上にいろいろとメニューがある。うどんやそば、海鮮丼に、かつ丼、カレーもいいな。ただ、なか卯初心者ならばやっぱり親子丼だよな~と思いつつ見てゆくと、「ほろチキ親子重」なる気になるメニューを発見。しかも新登場だそう。四角いお重に、骨つきのチキンがどーんとのっていて、それが玉子でとじられているものらしい。なんて心躍るメニュー! しかも、定番の親子丼"じゃない"親子もの。これはもう、いってみるしかない。
念のため券売機のドリンクコーナーを見てみると、「缶ビール」があったので思わず注文。合わせて、お重がくるまでのつまみにと「京風つけもの」も追加してしまった。
よく冷えたビールをかわいいオリジナルグラスに注ぎ、まずはぐびり。うん、沁みる。さてお漬物もそろそろ......? と思いきや、ものすごい早さで親子重と同時に到着。四角いフタをいざ、ぱかっと開けると、おぉ、これは完全に初めてみる料理だぞ!
で、さっそくチキンに箸を入れてみて驚いた。肉厚の身が、本気でほろりほろりと、なんの力もいらずにほぐれてゆく。
これってどう考えても、あれに似てるよな。「すき家」のかつての名作「ほろほろチキンカレー」。と思ってあとから調べてみたら、やっぱり! 同じゼンショーグループなのか。そこから技術を引用してるとしたら、そりゃあうまいに決まってる。
ただ、当然ながらカレーとはまったく感覚が違う。まず、よくだしの効いた甘辛ふわとろ玉子&玉ねぎ、つまり味つけのベースがもう、完璧な美味しさだ。これが噂の、なか卯の親子丼か。ただ、そこに絡むのが備長炭を使ってじっくり焼いた骨つき鶏というのが新感覚で、骨の周りならではの肉の旨味というのかな、それと炭火焼きの香ばしい香りで、上品でありながら、ワイルドさもふんだんに感じられるような味わいなのだ。
って、なんだかごちゃごちゃと御託を並べてしまったけど、単純にひと言で言えば、これ、大好き! というだけの話。ビールにもばっちりだ。
肉が本当にとろっとろなので、序盤からもう、箸などまだるっこしいわ! という感じで、スプーンを使って飲むように食べつくした。添えられて出てきた柚子胡椒も、噛み締めるとほどよい酸味がじゅわっと広がるお漬物もいいアクセントで、とにかく大満足の1食だった。 こんなにうまい未知の料理が、自分の家の近くの、しかもチェーン店に存在していたなんて。やっぱり、じゃないメシは楽しい。
●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X(旧Twitter)【@paricco】