ナイスなトンチキ英語表記、TANBO ATO ナイスなトンチキ英語表記、TANBO ATO
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、2020年に変更された「弘南鉄道の駅名標」について語る。

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少し前に、青森県を走る弘南鉄道の弘南線と大鰐(おおわに)線に乗りました。なんだかんだで乗車するのは10年以上ぶりで、のどかな田園風景を走る旧東急7000系の武骨な車両を久々に楽しみました。中央弘前駅のホームは相変わらず味わい深く、いまだにICカードにも未対応。落ち着くプチ鉄旅でした。

でも、ひとつだけ心がついていけないことが。それが駅名標の更新。かつての弘南鉄道の駅名標は、文字ギチギチ系の正方形に近い形でした。基本スタイルは白地に黒のすみ丸ゴシックで、色がところどころ薄く、サビも浮いてるという、いわゆる「ローカル線っぽい」昭和レトロな風合いが魅力でした。

それだけだと国内のほかの路線にもありますが、弘南鉄道の駅名標は英語表記がひときわ味わい深いのが特徴でした。例えば、「石川プール前駅」の表記は「ISIKAWAPŪRUMAE」と日本語ローマ字読みそのまま。「千年(ちとせ)駅」もヘボン式を使用しておらず、「TITOSE」。一番のお気に入りは「田んぼアート駅」。表記は「TAMBOĀTO」。か、かわいい。オール大文字なのもなんだかいとしい。声に出したい日本語。

しかし時代の波が来ました。2020年から駅名標が変更され、津軽の伝統工芸と雪景色が表現されたおしゃれなデザインになり、英語表記も一般的なヘボン式に統一されたみたいです。

大声で叫んでるような「ISIKAWAPŪRUMAE」はおとなしく「Ishikawa Pool」に、英語話者には正しく発音できない「TITOSE」は英語の発音に近い「Chitose」に、前衛的だった「TAMBOĀTO」は「Tambo Art (Paddy Field Art)」と洗練された表記になりました。

駅ナンバリングと韓国語・中国語表記も導入されており、すべてにおいて親切になりました。この駅ナンバリングは、大鰐線はリンゴ、弘南線はおにぎりのモチーフになっており、キュンとするかわいさです。素晴らしい。

しかし、「トンチキ英語表記がそんなに簡単になくなるわけがあるまい!」とTAMBOĀTOの残党たちを探してしまいました。ホームの待合室には、日本語で「田んぼアート駅」という表記のみ。実際の田んぼアートが見渡せる展望台への案内には丁寧にPaddy Field Art、と。そこにある路線図も更新されていました。

諦めて中央弘前に戻る電車に乗り込んだそのとき。それは現代アーティストの原高史(たかふみ)さんが手がけた鮮やかなピンクをあしらったアート列車でしたが、よく見たら東急時代のSHIBUYA109のつり革広告が。そう、弘南鉄道の車両は、東急時代の名残が色濃く残っているのが特徴です。

令和の時代に扇風機、今はなき東急東横店8階・東横食堂の案内、東横車輌の製造銘板。「ATOの残党が生き残るなら、この空間しかない」とドアの上の車内案内表示を確認すると、そこには小さく「Tanboato」の文字が! 大文字と小文字を使いこなしているけど、間違いなく、artがatoになっていました。ほかにも券売機の一部が旧表記のままだったり、隠れATOを2ヵ所確認。ほかに見つけた方、ご報告を。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。肝心の田んぼアートの題材は『ワンピース』のルフィとニカや、フェルメール「真珠の耳飾りの少女」。圧巻の光景なので青森へぜひ!
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!