ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

「かに玉」および「天津飯」と縁の薄い人生を歩んできた。

子供時代から玉子料理は総じて好きなのに、なぜか。その理由は長らく漠然としていたけれど、今ならわかる。かに玉とは、かにの身やその他の具材を加えてふわりと焼きあげた玉子に、とろみのある餡をかけた料理。そしてその餡が、関西では醤油や塩味が基本であるのに対し、関東は甘酢味である傾向が強いらしい。

この、甘酢味というのがポイントで、酸味って、そもそも子供が好きな味ではないだろう。少なくとも僕はそうだった。そのイメージから、ずっと無意識的に避けてきたのだと思う。もしくは記憶にないけれど、自分の子供時代、かに玉を食べる機会があって、「好きじゃない」とかなんか言ったことがあるのかもしれない。それを聞いた母が、以来家で作らなくなったとか。

ところが自分が大人になり、いまだ好き嫌いの多い娘が食べられるものをなんとか増やしてやりたい。そんなことを思うようになって、スーパーでふと目についたのが「かに玉の素」だった。娘も玉子は大好きだから、もしかしたら食べられるかもしれない。買って帰って作ってみたのが、永谷園の「広東風かに玉」。これが、めちゃくちゃ簡単なうえ、甘酢味じゃなくて醤油ベースの餡で、ものすご~く美味しかった。今まで損してた。娘もおそるおそる食べていたが、それよりも自分が夢中になってしまった。

もっと知りたい! かに玉のこと。そしてまた、かに玉をごはんにのせた料理であると聞く天津飯のこと。これまでの人生で遅れをとってきたぶん、急激にそれらへの欲望が高まってきた。

どこかへ食べに行こう。そういえば以前、「餃子の王将」では、天津飯の餡の味を数種のなかから選べると聞いたことがある気がする。天津飯にだいぶ本気ということだろう。行ってみるか。

「餃子の王将」  「餃子の王将」

さっそく最寄りの王将にやってきた。カウンター席に着いてグランドメニューを検討する前に、まず目に入ってきたメニュー。それは「選べるサワーセット」。サワー1杯とおつまみ1品で税込み594円らしい。今日は人生初の天津飯祭りであるがゆえ、前夜祭は必要だろう。いこう。

「レモンサワー」  「レモンサワー」

つまみは「もやしナムル」「ネギチャーシュー」さらに期間限定の「中華風揚げ茄子」の3種類あるなかから、揚げなすを選んでみた。ちなみに王将には餃子が3個で159円とか、ミニサイズの麻婆豆腐が332円とかの「ジャストサイズメニュー」が充実していて、さらにサワー類も普通に安いので、よく考えたらあわててサワーセットにすることもなかったかな......などと考えつつレモンサワーをちびちび飲む。ところが、揚げなすがやってきて、自分の選択が間違っていなかったことを確信した。

「中華風揚げ茄子」  「中華風揚げ茄子」

酸味がしっかり効いた、ねぎたっぷりの中華風醤油だれ。そこにさくっとした衣をまとったとろとろのなすがたっぷり。これが、心身に元気をくれるような味わいでものすごくいい! かつお節が添えられているのも斬新だな、と思いきや、途中でたれに混ぜてみると、旨味と食べごたえがぐっと増してこれまたいい! 期間限定なのが悔しいくらいに好きだ。思わずサワーがすすみすぎ、紹興酒をおかわりしてしまった。

「紹興酒 小瓶(冷)」(418円)「紹興酒 小瓶(冷)」(418円)
紹興酒ってかわいい瓶のものも多く、中華食材店などでつい衝動買いしてしまったりするんだけど、やっぱり中華屋で飲むのがいちばんうまいよなぁ。たとえそれがチェーン店であろうと。

って、のんびり昼飲みを楽しんでいる場合ではなかった。今日の目的は天津飯だ。頼もう。

メニューを見ると「天津飯」の餡は確かに「甘酢」「塩ダレ」「京風ダレ」の3種類から選べるようだ(選べるのは東日本限定らしいです)。さらに「ナチュラルチーズトッピング」なんてのもある。いきなり知らないカルチャー。合うんだろうか? その横に「天津チャーハン」というのもあって、こっちもうまそうだ。

が、さらに別ページにどーんと、もうひとつの天津飯メニューを発見。「極王(ゴクオウ)天津飯」というやつで、説明によれば「特製醤油ダレに餃子の王将こだわりの玉子をとじた深いコクと旨味際立つ一品」だそう。「ダブル玉子仕立て」とも書いてある。オーソドックスなものと悩むけど......なんだかすごそうだし、今日はこれにしてみようっと!

「極王天津飯」(715円)「極王天津飯」(715円)
やがて目の前に到着。正真正銘、人生で初めて自ら注文した、記念すべき天津飯。なんだかすごい迫力だな。思わず上下左右いろんな角度から眺め回してしまう。

確実にうまそうな料理だ  確実にうまそうな料理だ

とろとろの餡が流れ落ちる様は、まるで名瀑とろとろの餡が流れ落ちる様は、まるで名瀑
ではいただきます。おずおずとスプーンを差し込み、ぱくり。うわぁ~! こ、これは、究極に陳腐な表現しか思いつかなくて恥ずかしいけれど、たまごがふわとろ! そこになめらかな餡が絡まり、こんなにもふわとろな食べものって他に思い当たらないレベル。ものすごく心地いい食感だ。

どう調理すればこうなるんだ どう調理すればこうなるんだ
味わいは、しっかりだしが効きつつも穏やかめなので、ごはんの甘みもしっかりと感じられる。それもあいまって、なんだか自分が食べているはずなのに、逆に天津飯に包み込まれているような気持ちになってくる。なんつ~優しい料理なんだ。

大ぶりの海老  大ぶりの海老

たっぷりのかにっぽい具材はかにかまなれど、頂点にふたつごろっとのる大ぶりの海老が、きちんとぜいたく感も感じさせてくれる。

スルスル、ぱくぱく。スプーンを口に運ぶ手はどんどん加速し、最後はもう飲むようにして、あっという間に食べつくしてしまった。なるほど、こういう料理だったんだ、天津飯。自分がめちゃくちゃ好きなやつじゃないの。あらためて、気づくの遅かった......。

それにしてもフォトジェニックな料理だ  それにしてもフォトジェニックな料理だ
王将のオーソドックス天津飯も3種の味でそれぞれ食べてみたいし、特に甘酢味には挑戦してみたい。さらに町中華で頼めばきっと百花繚乱の、かに玉/天津飯の世界が広がっていることだろう。なんともわくわくするし、しばらくこの世界にハマりそうだ。

●パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X(旧Twitter)【@paricco】

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