「砂漠の真ん中の狭いお墓の中で、遺体とふたりっきりで2週間発掘を行なうこともある。霊を信じているわけではないですが、怖いので調査前におはらいをします」と語る大城道則氏 「砂漠の真ん中の狭いお墓の中で、遺体とふたりっきりで2週間発掘を行なうこともある。霊を信じているわけではないですが、怖いので調査前におはらいをします」と語る大城道則氏

『インディ・ジョーンズ』シリーズが根強い人気を誇ることからもわかるように、考古学者という職業はオトコたちの心をつかんで放さない。そんな考古学者たちが実際に経験した怖い話、愉快な話を集めたのが『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』だ。

リアルな研究生活と奇想天外な発掘現場を、著者のひとりである大城道則(おおしろ・みちのり)駒澤大学教授に聞いた。

* * *

――研究者のリアルな現場の話で、それも「怖い」話にフォーカスした書籍というのは珍しいのではないでしょうか。

大城 そうですね。考古学の発掘現場にもいろいろありますが、たいていはお墓を発掘することになります。私も考古学者のはしくれですが、墓を暴くのは、やはりなんとなく薄気味悪いし、できればミイラなんか見たくない。

でも、考古学的発見や副葬品として納められた財宝は遺体と共にあるものなのです。なので、どうしてもお墓を発掘するしかない。そこで、発掘中に怖いことが起きないよう、調査隊では死者への敬意を込めて必ずおはらいをします。

――どんな手順でですか?

大城 日本のおはらいとは違って、羊をいけにえとして安全を祈願します。生きた羊を連れてきて解体するわけですが、毎回毎回やるので羊が気の毒だな、と思うこともありますね。

――発掘は遺体との対面となるわけですね。

大城 対面どころではありません。砂漠の中心にある狭いお墓の中で、2週間みっちり人骨を発掘するなんてこともあります。蒸し暑くて狭い空間でふたりっきり。

――確かに不気味かも。その上、肉体的にも大変そうです。

大城 体力が必要な作業ではありますね。ですが、ひとりで発掘するわけではなく、調査隊を結成します。ひとつの大学で構成するチームもありますが、だいたいベースとなる機関や大学があり、3Dマップを作る専門家や言語学の専門家などさまざまなメンバーを交えてチームをつくります。

長期間の調査ですから、せっかくなら好きな人たちとやりたい。ですから、普段からじっくり探して、メンバーを集めるのです。気の合う仲間と楽しくやるのが研究に長く取り組めるコツですね。

こういった調査隊は大所帯になりますから、不思議なことも起こると聞きます。

――どのような?

大城 私はエジプトやシリアなど、主にイスラム圏で発掘をします。砂漠の真ん中の集団共同墓地なんかを掘るわけです。こういうところを発掘しているとたまにいなくなってしまう人がいるそうです。幸い私の隊ではなかったのですが。現地に長く住む方から聞きました。

――砂漠の集団墓地で神隠しですか。

大城 恐ろしい話です。それから、調査地によっては各地域に独特なコミュニティや宗教があったりしますから、まったく違う世界観が体感できますね。

あるとき、あまり人の住んでいない砂漠に占い師がいるという噂を聞きました。私は占いを信じるタチではないのですが、話のタネに訪問してみようと考えました。ですが、地元の人が必死に止める。

なんでも「何年か前に旅行者が占い師のところに行った。占い師がコーヒーを使って占ったところ、死ぬと出た。その旅行者は後になって本当に死んでしまった」というのです。不気味になって訪問はよしました。

――考古学者なら皆そういう経験をするものなんですか?

大城 あまり研究者同士でそういう話はしないんですよ。なぜかはわかりません。人のお墓を暴いているっていう後ろめたさがあるのかもしれませんね。

――先生ご自身が体験した、最大のピンチは?

大城 不思議な体験というわけではないのですが、調査地でシャワーを浴びていたときのことです。裸電球がぶら下がっている、水も出たり出なかったりするようなシャワーでした。

一日中砂漠で発掘した後で砂まみれですから、リフレッシュできるのは日々の楽しみです。そこで、ふと裸電球がぶら下がっているなと気がつき、なんの気なしに触ってしまったんです。

――えっ!

大城 瞬く間に200ボルトの電流が襲い、感電しました。隣でシャワーを浴びていた先生がすぐに気がついて助けてくれましたが、そうでなければ死んでいたでしょう。九死に一生を得ました(笑)。

――危なかったですね。

大城 ほかには怖いというほどのことでもないのですが、やはり海外での調査という難しさがあります。国によっては、社会主義国だったり、独裁制だったり。持ち込んだ機材を逐一チェックされて、現地で書類を何枚も書かされたり。監視されたり、盗聴されていることもあります。めったなことはしないでおこうという気持ちになりますね。

――考古学は冒険ですね。

大城 そういう部分もあるでしょう。『インディ・ジョーンズ』やメディアの影響も大きいはずです。かくいう私もそういうものを見て、考古学者がカッコいいと思って研究者になったクチですから。

ですが、実際の研究や調査とはやはり違っている。このイメージを修正して、若い人材を育てる必要があります。

――昨今は、人文系の研究機関を取り巻く環境も厳しいと聞きます。

大城 そうですね。例えば、考古学ではひとつの遺跡の調査で発掘・記録・保存・遺跡の修復と最低10年はかかってしまいます。ですが、日本の研究助成金だと標準的な1クールは4年。ひとつのプロジェクトを長く続けたくても、制度上難しいのです。

また、調査受け入れ国では調査権の更新をしなければならないわけですが、政治状況などで更新がストップしてしまうこともある。

――苦労は多いですね。

大城 ですが、希望が持てるところも多い。例えば、政府や地方自治体による文化財の保護・保全が盛んになってきているため、大学院卒業後の就職先は増えています。

地中レーダー探査など新しいテクノロジーも導入されており、ますます裾野が広がって、調査・研究できることも増えている。若い人が志すのによい学問だと思っています。

ライトな読み味にしましたが、研究の魅力は伝わるように書きました。今回の本を読んで考古学に興味を持つ若い人が増えることを願います。

●大城道則(おおしろ・みちのり)
1968年生まれ、兵庫県出身。駒澤大学文学部歴史学科教授。専門は考古学・古代エジプト。博士(文学)、関西大学大学院博士課程修了。バーミンガム大学大学院エジプト学専攻修了。古代エジプト研究を主軸に、シリアのパルミラ遺跡とイタリアのポンペイ遺跡の発掘調査にも参加。著書に『神々と人間のエジプト神話: 魔法・冒険・復讐の物語』(吉川弘文館)などがある。YouTubeチャンネル『おおしろ教授の古代エジプトマニア』を運営

■『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』
大城道則 芝田幸一郎 角道亮介/ポプラ社 1760円(税込)
『インディ・ジョーンズ』や『トゥームレイダー』など、考古学者を主人公とするフィクションは多い。では実際の考古学者は、どの程度不思議な体験をしたり、あるいはロマンあふれる冒険をしているのか? 登場するのはミイラ、死体、犯罪、超自然現象などなど......。古代エジプトを専門とする大城道則氏、南米ペルーの芝田幸一郎氏、中国殷周時代の角道亮介氏の3人が、とっておきの恐怖体験談を開陳する

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室越龍之介

室越龍之介むろこし・りゅうのすけ

ライター・リサーチャー。専攻は文化人類学。九州大学人間環境学府博士後期課程を単位取得退学後、在外公館やベンチャー企業の勤務を経て独立。個人ゼミ「le Tonneau」を主宰。経営者やコンサルタント向けに研修や勉強会を実施したりすることも。Podcast番組「どうせ死ぬ三人」を配信中。

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