パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
最近、シェアサイクルにハマっている。
近年、街なかに急激に数が増えている、レンタルスポットで借りられる電動アシストつき自転車。以前から興味はあったんだけど、僕の最大の趣味は酒を飲むことなので、飲めばすなわち飲酒運転となってしまう自転車との相性は悪い。と、思っていたものの、気ままな場所で借りて気ままな場所で返せるシェアサイクルならば、酒を飲んだら公共交通機関で家に帰ればいいということに気づいて以来、利用しまくっている。
つまり、家の近所をスタートしてなるべく行ったことのない方面に、30分~1時間弱くらいあてもなく進み、気になる飲食店があればその近くで自転車を返却。心置きなく店を堪能し、帰りは電車やら路線バスやらを駆使して帰ってくるというわけだ。
僕の住んでいるのは東京都練馬区で、そのくらいの距離感ならば、せいぜい乗り換え一度くらいで帰れるルートが見つかるのもありがたい。この「シェアサイクリングドリンキング」は本当にいい刺激とリフレッシュになり、すっかり僕の新しいライフワークになっている。
先日のある日。そうやって自転車を走らせていて気になったのが、「台湾茶房 桃李」という店だった。あたりをやたらと大学生らしき若者が行き来していると思ったら、どうやら「成蹊大学」の目の前らしい。ということは、吉祥寺の外れあたりか。やたらめったら走っていたら、意外と家からそんなに遠くない場所にいたというのもおもしろい。
ぱっと見は今風のカフェといった雰囲気で、ふだんの僕が積極的に入るようなタイプの店ではない。ではなぜ目が止まったかって、当然、店頭の大きな看板に並ぶ酒たちの写真と「300」の文字。さらに近づくと、小さく「Happy Hour」の文字も見え、これは立ち止まり確定案件だ。
じっくりと情報を読んでみる。あ、もう惚れた。桃李に。だって、ハッピーアワーの設定がおかしいもん。なんたって「平日終日」。つまり、午前10時半から午後11時まで、終日ハッピーな店というわけだ。土日祝日の、午後2時から7時まででもじゅうぶんハッピーなのに。
続いて「ちょい飲みメニュー」と書かれた看板を見てみる。うんうん、どれも大変魅力的。また、オープンから午後5時の提供というのも変わっている。普通こういうのって、どちらかと言うと夜限定だったりしないだろうか? 木曜のみ終日というのも謎設定だ。まぁ、平日の昼飲み大好物野郎の僕にとっては願ったり叶ったりなんだけど、すでにつっこみどころが多くて忙しい。
さらにホワイトボードも見てゆく。どうやらこの店は、台湾茶房でありながら「台湾らーめん」店でもあるらしい。そのラーメンの提供時間は、10時半から午後4時半までで、木曜日は終日? しかもハッピーアワーが午後2時から7時までと書いてある。ん? ええと、もはや情報がこんがらがってよくわからなくなってきたぞ......。一体、木曜ではない平日の午後3時すぎの今は、なんのお店の時間帯なんだ? 250円の「ミニ丼」の「からあげ丼」および「シュウマイ丼」が、写真だけで判断するに、どう見ても「丼」じゃないのもすごく気になる。
以上、これまでの情報を総合して判断するに、入る前からわかる。僕はこの店を「大好き」と断言してしまって問題ないだろう。
入店、即ハッピービール。小一時間自転車で(といっても電動なので疲れはないが)走った体にキーンと沁みる。
店内のおつまみボードメニューがまた、外のものともちょっと違っていて興味深い。特に気になった「台湾豆腐」「皿キャベツ」について店員さんに聞いてみたところ、台湾豆腐は、台湾名物の「臭豆腐」的なものではなくて、この店のメインである台湾ラーメンの「台湾ミンチ」を豆腐にのせたものらしい。また、皿キャベツは「ええと、美味しい......味をつけたキャベツです!」とのこと。はは、そんなの、頼まずにはいられない。それと大好物の「黒豚入り焼売」、台湾ミンチは、豆腐ではなくミニ丼ジャンルの「台湾丼」のほうで味わってみようかな、と注文を決める。
皿キャベツは、あ! 確かに美味しい味だ! 食感を残す程度にゆでたか蒸したキャベツを冷やし、ごま油塩系の味つけをしてある、のかな。ころころとした角切りチャーシューも入り、そのタレも味つけに加わっているのかもしれない。かなり好き。
シュウマイもばっちりだ。巨大で肉々しいそれをがぶりとかじると、肉の甘みと旨味に加え、ほんのりと異国風のスパイス感が漂い、いくらなんでもビールに合いすぎる。
台湾丼にも感動してしまった。シンプルに、ごはんの上の台湾ミンチがうまい! そもそも台湾ミンチとは、名古屋発祥のご当地ラーメン「台湾ラーメン」にのる定番の具。いくつかの店かで食べたことがあるけれど、ここ桃李の台湾ミンチはなかでもトップクラスに美味しい気がする。
粗めのひき肉に確かな噛みごたえがあり、あとからあとから旨味があふれてくる。容赦なく入った唐辛子の辛味もごきげんだ。添えられた高菜とともに白メシと融合する、その快楽的なまでの美味よ。
これは次回、台湾ラーメンも食べてみないといけないな。というかそもそもこのミニ丼は、そのリーズナブルさから考えても、ラーメン類のサイドメニューという位置づけなんだろう。量がちょうど良さそうだから深く考えずに頼んでしまったけれど、ちょっとお店に悪い注文のしかただったかもしれない......。
というわけで、せめて売り上げに貢献をと(言いつつ自分が飲みたいだけでもあるんだけど)、「チャーシュー」「味付煮卵」「レモンサワー」を追加。ただこれらも、果たして貢献できているのか? ってくらいに安いので、逆に申し訳なくなってしまう。
やっぱり、シェアサイクリングドリンキングは楽しい。思いもよらず、こんなにも昼飲みにいい店と出会うことができた。また絶対に来よう、と思いきや、ひとつ寂しいおしらせも。
なんと、壁の一角にあまりにもショッキングな「12月をもって閉店」の情報が(ちなみに今はもう12月)......。 とはいえ、「準備がととのい次第、当面 台湾ラーメン店として営業いたします」という希望に満ちた文面も添えられている。これ、店頭の看板類などの情報を総合的に見て想像するに、あれこれお客さんの要望に応えていたら、4年でわりと収集がつかなくなってしまったパターンなんじゃないだろうか。そこでいったん「台湾ラーメン店」として仕切り直すことにしたと。もちろん、僕の勝手な想像でしかないけれど、だとしたらなんて愛しい店なんだろう。
あの絶品台湾ミンチがある限り、僕はまたこの店に来るだろうし、加えて文面の「当面」の文字はいかにも怪しい。つまり、当面はラーメン店になるとして、やがてまた想像を超えた進化を遂げてゆく可能性が十二分にあるということだ。数年後、今とはまた違う、新しい「桃李」がここにある可能性は、けっこう大きい気がする。
そのひとつの節目に立ち会えたと考えれば、むしろ喜ばしいことなのかもしれないな。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】