ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

ここ何日か、仕事の締め切りが立て込んで外食、外酒をする余裕もないような日が続いていた。しかし、日課であるスーパーマーケットパトロールだけは欠かすことができない。日用品や食材など、買うべきものは常にあるし。というわけで、久しぶりに自炊の話。

仕事場にこもってその日のノルマをやっと終え、夜も深まり始めた時間にスーパーへ行くと、ひと袋税込み279円の「せり」が半額になっていた。ということは139円。お得だ。突然、ひらめく。 「せり鍋作ろう!」

半額でゲットした、せり 半額でゲットした、せり

せり鍋とは、宮城県の特産品であるせりを使った仙台のご当地鍋料理。せりの旬は9~3月で、寒い時期に、特に根っこが美味しくなるらしい。その他の具材は鶏肉、ごぼう、ねぎ、豆腐などが定番で、味つけは様々。とにかくたっぷりの根っこつきのせりが主役の鍋なんだそうだ。

と、偉そうに書いてはみたものの、僕はまだせり鍋を食べたことがない。知識だってもっとぼんやりしていて、上記は今、ネットで調べてみた内容をまとめてみただけのこと。ただ、毎年このくらいの時期になると、友達の酒好きたちがSNSなどで「今年初せり鍋!」とか言っているのをよく見るようになった気がする。しかもあっちこっちで。なので、ずっと頭の片隅に、「なんだかしらないけど、すごく美味しいんだろうな。一度食べてみたいな」という思いはあった。そのせり鍋を、突発的に今夜、やってみようと思い立ったわけだ。

さっそくそれ以外の具材も買い集める。鶏肉とごぼうが入るくらいのイメージはあったが、他はあいまいなので、好きな豆腐とねぎ、それから、なにかきのこを入れたくて、ちょっと珍しい長野県産の「はなびらたけ」というのを買ってみた。鶏肉は、お、1羽から2本しかとれない肩甲骨付近の肉であるという「チキンバックリブ」ってのがお手頃だ。骨つきだからいいだしも出そうだし、これはいい。味つけはまぁ、めんつゆでいいだろう。

と、ここまでお読みいただいてわかってきたかと思うけれど、今回の記事は最後までこんな感じで、僕のあやふやな知識をもとに進んでゆきます。せり鍋に強いこだわりや思い入れがあり、かつ、「自分は割と怒りっぽいタイプである」という方は、この先は自己判断でお読みください。決して「そんなのはせり鍋じゃない!」と僕に怒らないでくださいね。ただし、きちんと鍋にせりを入れたことだけは、神に誓って断言しておきます。

まずはせり以外の食材を まずはせり以外の食材を ぐつぐつ煮てゆく ぐつぐつ煮てゆく
鍋に、せり以外の野菜と豆腐を入れ、水を注いで煮立たせ、鶏肉を入れ、めんつゆで味を調整。あっという間に、普段から量産している「名もなき鍋」の完成だ。

名もなき鍋  名もなき鍋

試しにこの時点で味見してみたところ、僕はあまり鍋に入れることが多くないごぼうの甘みと香り、それから、脂とともにあとからあとから湧き出す鶏だしの濃厚な旨味があいまって、すでにものすごくうまい! ふだんから鍋はよく作り、食材はその時々の残り野菜などが中心となるが、この組み合わせはものすごくレベルが高いな。

ただし、今日の本編はこれから。根っこを特に入念に、よ~く洗ってざっくり切っておいた、ざるにいっぱいの、せり。

たっぷりのせりを たっぷりのせりを

鍋へ 鍋へ
キッチンで刻んでいる時点で青く爽やかな香りが印象的だったせりが、鍋のスープにぐんぐんと青草っぽい香りを加えてゆく。この大量のせりが入った時点で、いつもの名もなき鍋が「せり鍋」というなんだかすごいっぽいものに一瞬で変化するのも楽しい。そして、よ~く洗ったはずなのに泥っぽいような気がしてしまう根っこの見た目がワイルドだ。

さらにぐつぐつ煮込んで  さらにぐつぐつ煮込んで

人生初せり鍋! 人生初せり鍋!
あっという間にせりに火が通り、ついに完成。人生初せり鍋だ。器によそい、神経を集中して味わってみよう。

まず、さっきの時点で完璧と思えていたスープに、爽やかさとものすごい深みが加わっている。大げさに言えば、まるで魔法。せりって魔法が使えたんだ......。

そして本体。茎は、こんなにとろりとして見えるのに、鮮烈なしゃきしゃき感が残っている。切っていた時点の青っぽい印象から、香りがぐっと雅(みやび)になっている。葉っぱもまたしゃきしゃきなんだけど、うまいだしをよく吸って、たとえるならばなんだろう、たまに山菜の天ぷらを食べたときに感じる肉厚感というか。これまたうまい。

そしてやっぱり根っこ! せり鍋は根がうまいという話は本当だった。とろとろで甘く、ほんのりとした苦味のアクセントもいい。茎や葉よりも繊細なしゃきしゃき感、そっと噛むだけでしゃりしゃりっとほぐれる感じというか。まさに食の快感。

その後他の食材も食べてみると、当然どれも、極上スープを吸って美味しすぎる。特に、煮込んでもぷりんぷりんの食感が消えないはなびらたけは、新鮮さもあっていい。けれどもやはり、なにを食べていても、ずっと頭のなかに、せりの存在がある。せり鍋に限っては、他は脇役、主役はせり。大満足だ。

はふはふと夢中で食べすすめ、合間にビールをぐいぐい。あぁ、日本の冬にこんな幸せがあったとは......などとやっていたら、気づけばおおかたの具を食べつくしてしまった。残るは、シメ。

鍋のシメで僕がもっとも好きなのは、雑炊だ。次点がうどん。けれども今日はなんとなく「そば」な気がして、ゆでおき袋麺をひとつ買っておいた。鍋のシメにそばなんて、町田にある馬肉専門の大衆酒場「柿島屋」の「馬鍋」でしかやったことがない。なぜ今日、そう思ったんだろうか。ところがこれが大正解。

そばを投入し  そばを投入し
いただきます いただきます
各種食材から大噴出しただしは、がつーんと容赦なく味覚を刺激してくる。けれども鼻腔を抜けるせりの香りが、あくまでも全体を気品で包み込んでいる。そのスープが、細めのそばとベストマッチ。もちろん、ごはんやうどんでもうまかっただろう。けれど、せりとそばの存在自体に、なんだかただごとならぬタッグ感があるのだ。

いや~、ものすごいごちそうだったな、せり鍋。冬の間、根つきのせりがあったらたびたびやってしまうな、こりゃ。というか、初めて見よう見まねで、しかも半額のせりで作っただけでこんなに美味しいなんて、しかるべき店などで食べたら、一体どうなってしまうんだろう......。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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