ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

新宿駅構内に、昔ながらの立ち食いそば店があることは、かなり前から認識していたと思う。しかし、頭の片隅で「あるな」と思うばかりで、一度も入ったことはなかった。理由を分析するに、まず、新宿はそんなに頻繁に訪れる街ではないこと。それでいて、行けば通路の向かい側にある大好きな店「ビア&カフェBERG」に吸い込まれがちなことなどが考えられる。

先日、新宿で、日中の仕事と夕方の飲み会の間にけっこうな空き時間があった。昼食をまだ食べていなかったし、僕はこういうシチュエーションにおいて、喫茶店で時間をつぶすよりは一杯やれる店に入ってしまいがちな人間だから、当然BERGに足が向く。ところがこの日は、その横の立ち食いそば店「信州そば 本陣」の前で、ぴたりと立ち止まってしまった。というのも、看板にある名物メニューらしきが、やたらと魅力的なのだ。

「信州そば 本陣」「信州そば 本陣」

「肉MAX辛味そば」「温めうま味鶏そば」「白ごま坦々そば」「スパイシーカレーうどん」。どれも攻めている。ここ、こんなに尖った店だったっけ? 特に、温めうま味鶏そば。ひとつひとつのワードチョイスセンスが絶妙で、たまらなくうまそうに見える。入り口から見える券売機には、生ビール、ハイボール、冷酒、そば焼酎など、アルコールメニューも確認できる。よし、決まりだな。

「うま味鶏そば」(税込み680円)「うま味鶏そば」(税込み680円)

そば焼酎 水割り(540円) カウンター内の店員さんに食券を渡すと、ゆでおきそばにつゆをかけ、その上に、鶏の煮込み専用と思われる鍋から、鶏肉をどさどさっと盛り、ものの数十秒で鶏そばが完成。このわかりやすさ。すでに最高の立ち食いそばの予感だ。

まずはつゆをひと口飲むと、塩気は穏やかで、ほんのりと甘さを感じるところが特徴的。そこに、煮汁とともに容赦なく入れられ、脂の玉をキラキラと浮かせる鶏の旨味がこれでもかと加わって、じんわりと心身に沁み渡るうまさだ。

うまいつゆをたっぷりと吸ったそばうまいつゆをたっぷりと吸ったそば

細めで、ちょっとぼそっとした食感の麺がそのつゆをよく吸い、これまた素晴らしい。麺にコシや強いそばの香りを求めるのとは真逆の、立ち食いそばならではの美学の世界。 そして圧巻なのが、やはり鶏。ほろほろになるまで煮込まれたむね肉だろうか。それが、どう考えてもそばの量以上にたっぷりと入っている。水面下に沈んではいるものの、掘り出しても掘り出してもどんどん肉が現れる鶏肉天国。もはや「鶏そば」なのか「そば鶏」なのかもあやふやなレベルだ。

ざくざくのねぎや、つゆにこれまた良いだしを加えているしいたけ煮ともあいまって、食べすすめるほどに旨味が増してゆく。濃いめのそば焼酎水割りがぐいぐいすすんじゃってしょうがないぞ、これは。

鶏肉の量に圧倒される鶏肉の量に圧倒される
夢中で食べすすめ、そろそろ終盤戦かと思いきや、ごろっとハンバーグくらいの大きさの塊肉が発掘された時は、思わず笑ってしまったが。

まだこんなでかい肉が隠れていたとは!まだこんなでかい肉が隠れていたとは!

と、一発で僕の大好物になってしまった、本陣のうま味鶏そば。次は辛味肉そばも食べてみたいし、BERGにだって行きたいし。新宿を訪れる際の嬉しい悩みがひとつ、増えてしまった。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】

パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

パリッコの記事一覧