ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

フリーライターをやっているので、年内の連載原稿締め切りが、ひとつ、またひとつと終わってゆくたびに、あぁ、年の瀬だなぁと感じる。この「ハマりメシ」の原稿も、今回が今年最後。毎週毎週飽きもせず、欲望にまかせてあれこれ飲み食いしたもんだよなぁと、1年を振り返ってみるとちょっと笑ってしまう。

遅めの午後に原稿仕事がひと段落した年の瀬のある日。散歩がてら近所の石神井公園を通って駅前に行き、遅い昼食と、ついでに夜の買いものでもしに行くかと仕事場を出た。 紅葉も落ち着き、だいぶ寒々しさの増した風景と冷たい空気が、ほんのりとなぜか温かく、冬は冬でまたいいもんだよな。なんてのんびり歩きつつ、公園のボート池横にある売店「パークス石神井店」の横を通ると、前までのどこにでもあったような椅子やテーブルが、ちょっとゴージャスバージョンにリニューアルされていたことに気づく。

いい温泉旅館のテラスにありそうないい温泉旅館のテラスにありそうな

さらに、その裏手の僕のお気に入りスポットにあった、なんの変哲もないベンチ3つも、なんとベンチにクッション、さらにはテーブルつきの豪華リゾート仕様にグレードアップしていた。

もはやリゾート地だもはやリゾート地だ

こりゃあすごい! きっと気にしない人はまったく気にしないんだろうけど、というか、世の中の人の99.99999......%はそうなんだろうけど、異様に石神井公園が好きで日々入り浸っている僕にしてみたら、2023年のトップニュースだ。

たまらなくその居心地を確認したくなり、僕は急遽、ここでひと休み、というか、一杯やっていくことに決めた。

「氷結」と「スペシャルチーズフランク」「氷結」と「スペシャルチーズフランク」

さっそく売店へ行き、「氷結 シチリア産レモン味」(250円)と、期間限定らしきメニュー「スペシャルチーズフランク」(400円)を購入。裏手の席へ運ぶ。

快適な空間をひとりじめ快適な空間をひとりじめ

天国......これは完全に天国だ......。家の近所にこんな場所があるなんて、なんと恵まれた環境なんだろうと、あらためて思う。支払ったのは合計650円。それに対してこの心の余裕。石神井公園フォーエバー。

その構造上、店員さんがていねいに上にのせてくれたチリコンカンとチーズが早々に倒れて分離してしまったフランクフルトも、がんばって修復しながら食べると、確かにスペシャルな感じがしていいつまみになる。ところで、今まで考えたこともなかったけど、氷結レモンの産地「シチリア」ってどこだったっけ? 

もしかして、ここ? そんな妄想が、万が一なくもない気がしてくるくらいなので、やっぱり公園って偉大だな。 と、しばし優雅な時間を堪能し、ふたたびまた駅へ向かおうと思ったところでふと思う。あ、食事もここでとってしまうか。

「一番搾り」と「カレーライス」「一番搾り」と「カレーライス」
「カレーライス」(550円)と、飲みきってしまった氷結に続いて「一番搾り」(350円)を追加し、地元リゾート飲み延長戦。 僕はカレーが大好きで、特にこういう売店の何気ないカレーには独特の、なんともいえない魅力を感じざるをえない。妙にエモみの増してきた周囲の空気感にぴったりだ。

まるで「概念」のようなカレーライスまるで「概念」のようなカレーライス

おそらく店内仕込みではない、セントラルキッチン的な味わいだけど、塩気やスパイスなどの攻撃性は穏やかで、超絶まろやかで、甘味と酸味のバランスがばっちりな安心感のあるカレー。一見具なしに見えるが、ほろほろになった牛肉がけっこう入っていて、風味にも食感にも大いに貢献している。

こういうのでいい。いや、こういうのがいいこういうのでいい。いや、こういうのがいい

そして、この手のカレーには欠かすことのできない真っ赤な福神漬け。僕はこの仕事を始めて以来「この手のカレーには欠かすことのできない真っ赤な福神漬け」という文字列を、一体何度書いてきたんだろうか。そのくらい、この手のカレーには欠かすことのできない真っ赤な福神漬けが、大好きすぎるのだ。

よく、海の家やら、なにげない食堂やらの、わかりやすく言えば過剰に美味しすぎない料理に対して「こういうのでいい」という表現がされることがあり、僕もよく使ってきた気がする。しかしよく考えると、この「こういうの」こそが唯一無二の、多くの日本人にとって心落ち着く味わいであり、「こういうの"が"いい」ことのほうが、日常生活のなかに実は多いよな。なんてことを、近年よく思っているんだけど......たぶん、だいぶマイノリティな意見なんだろうなという自覚は、ちゃんとあります。

いい時間だったいい時間だった

地元で、心静かに、なんでもないけれども心に沁みるカレーライスを味わう時間。妙に年末っぽくてすごく良かったな。

というわけで、今年も1年間、ハマりメシにお付き合いいただき本当にありがとうございました。みなさまが良い年末年始を過ごされ、そして2024年にはさらなる大飛躍をされることを、公園のボート池の横から、強く強く願っております。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】

パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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