佐藤喬さとう・たかし
フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。
日本文学史に燦然と輝く『源氏物語』。でも、その中で光源氏が今でいうクズ男のような行動を取りまくっていたことは意外と知られていないのでは? そんなクズエピソードを軸に、源氏物語の楽しみ方を解説。光源氏を身近に感じること、間違いなし!
1月7日から放送スタートするNHK新大河ドラマ『光る君へ』は、『源氏物語』の作者・紫式部が主人公。彼女や、源氏物語の主人公・光源氏のモデルともいわれる藤原道長を軸に物語は進むが、改めて源氏物語にも注目が集まりそうだ。
古典文学に詳しく、『みんなで読む源氏物語』(渡辺祐真編、ハヤカワ新書)の筆者のひとり、三宅香帆さんにその楽しみ方を聞いた。
「源氏物語は幼い頃に亡くした母の面影を求めて、光源氏が宮中で多くの女性と恋愛を重ねる平安文学。そう聞くとなんだか気後れしてしまいますが、身近に感じられる要素はたくさんあります。例えば、光源氏のダメエピソードなんかはその好例でしょう」
例えば?
「朧月夜(おぼろづくよ)というヒロインとのエピソードを紹介します。彼女は光源氏の政治上のライバルである右大臣の娘なのですが、光源氏は深夜に彼女の屋敷に潜り込み、『いい声じゃないか。自分は光源氏なんだから言うことを聞きなさい』とか言って押し倒すんです」
いきなりムチャクチャなエピソード!
「朧月夜のほうも『噂どおりだなあ』などと言いつつ一夜を過ごすんですが、光源氏らしいのはワンナイトで終わらせず、その後も、左遷された須磨から朧月夜に手紙を送ったりするんですね。クズと優しさとのバランスが取れているのが光源氏の魅力です(笑)」
三宅さんによると、源氏物語が今も読み継がれている理由には、紫式部の設定のうまさが挙げられるという。
「光源氏は桐壺帝、つまり天皇の息子ですから、極めて高貴な身分。だからこそ、朧月夜のような特別な地位の女性との恋愛も成り立つわけです。
でも紫式部がうまいのは、その光源氏を天皇にはしなかった点ですね。天皇になってしまったら誰とも恋愛ができませんから。天皇になれるけれどならない皇子、という最強の主人公が光源氏なんです」
ただし、源氏物語の魅力は上流階級のヒロインに限らず、中流階級の女性も多く登場する点にもある。
「光源氏は地方の女のコたちにも手を出すのが特徴で、それが物語に膨らみを与えています。光源氏が男同士で恋バナする場面では『ちょっと身分は低いけど和歌はたしなめるくらいの女のコが、ギャップがあっていいよね』という発言が飛び出ているくらいですし。
実際、男友達からその話をされた後に、光源氏は空蝉(うつせみ)というあまり身分が高くない女性にアプローチします。女友達と囲碁を打っている空蝉のところに夜這いのような形で会いに行くんですが、びっくりした空蝉は逃げてしまうんですね。それで光源氏は仕方なく、そこにいた女友達のほうと一夜を......」
やっぱりクズじゃん!
「そうですね(笑)。でも、後に光源氏は出家して尼になった空蝉を自分の家に住まわせていますから、やっぱり面倒見もいいんです」
三宅さんいわく、源氏物語の見どころのひとつは、後半にかけて「おっさん化」していく光源氏だという。
「朧月夜の頃は若くてイケイケだった光源氏ですが、40代になっても過去の栄光を忘れられず、失敗を繰り返すんですね。例えば光源氏は41歳のときに女三宮という女性と結婚するんですが、彼女はなんと18歳なんですよ。しかも最終的には若い男に寝取られてしまうし......」
中年になった光源氏は、今の中高年が若者のTikTokやInstagramになじめないように、若いヒロインたちとのギャップに直面していく。
「光源氏が35歳のときに、玉鬘(たまかずら)という娘くらいのヒロインが登場するんですが、光源氏はなんとか彼女をモノにしようと養女に迎え、和歌を送りまくるんですね。
当時の和歌は今でいうLINEみたいな日常のコミュニケーションツールだったんですが、光源氏はそれで玉鬘に『君はなんて美しいんだ』『ずっと君のことを考えている』とメッセージを送り続けるんです。
ところが玉鬘はドン引き。無理もないですよね。父親みたいな存在から求愛されても怖いでしょう。このように、プレイボーイだった光源氏が空気が読めないおじさんに変貌していくのが、個人的には中盤以降の見どころです」
ところで、大河ドラマの主人公は光源氏ではなく、あくまで作者である紫式部。平安時代にこんな物語を描くくらいだから、恋愛経験は豊富だったのだろうか?
「紫式部には夫と娘がひとりいましたが、夫と死別してからは特に恋愛話は聞きません。今でいうと静かな文化系の女子だったんじゃないでしょうか。実際、彼女の日記を読むと『あんな物語を描くくらいだから、さぞ恋愛上手なんでしょう』と言われてイラっとした、という記述があります」
そんな紫式部だが、とても教養に富む女性だったようだ。
「当時は貴族の女性でも平仮名の文章しか読み書きができなかったのですが、彼女は例外的に漢文を読むことができました。学者だったお父さんが弟に漢文を教えるのを横で聞いて覚えた、といわれています。
源氏物語にも彼女の漢文の教養をにおわせる場面がいくつかあるのですが、紫式部は意図的にそういうシーンを盛り込むことで、『漢文を読めない女子供の読み物』として物語を下に見ていた男性陣も読者にすることに成功したのです」
当時の女性としては極めて珍しい高い教養と、女官として見聞きした宮中のリアルがひとつの作品として総合されたのが源氏物語なのだ。
ところで、その紫式部は光源氏をどう思っていたのだろうか? 理想の男性?
「いいえ、原作にはたまに『どうしようもない男である』みたいな地の文が出てきますから、やっぱりクズ男だと思っていたんじゃないでしょうか。ただし、愛すべきクズですけれどね」
■NHK新大河ドラマ『光る君へ』
主人公は、『源氏物語』の作者として知られる紫式部(吉高由里子)。藤原道長(柄本佑)への思いや卓越した想像力で、光源氏="光る君"のストーリーを紡いだ女性を描く。複雑な権力闘争も見どころのひとつだ。脚本は『セカンドバージン』などで知られる大石静。1月7日(日)放送スタート
フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。